第42話 地下ダンジョンは危険がいっぱい

 あの痴女(遺憾である)襲来事件から何日か経った。

 校庭の大穴も塞がり、授業も通常通り。

 強いて言うなら、生徒会と警備の人が、痴女(大変遺憾である)の襲来に備えて目を光らせているぐらいだろう。


 グッドエンドを目指す私たちの活動……なんかあまり進んでないというか、引っ搔き回しているだけな気もするが、魔王の武具の出現待ちなので、今は一旦休止。


 エミルと一緒に買い物を楽しむも良し、友達候補のエレオノーラさんたちと仲良くするも良し、これを機にアオイさんに正式に友達になりませんかって伝えるも良し、楽しい学校生活の始まりだ。


 そんな日楽しい学校生活の中で私は――


「グヘヘヘヘヘェ!」

「そっちに行ったわよ」

「お、教えている暇があったら、倒しちゃってくださいよ~!」


 ――地下ダンジョンを攻略していた。


「このぉ!」


 緑色の小人みたいな魔物……ゴブリンをアポカリプスで体勢を崩し、そのままサッカーボールのように蹴る。


「ぎゃひぃいいい~!」


 元から体重の軽いゴブリンは、遥か彼方で壁に激突して動かなくなる。


「い、色んな意味で危機でした……」

「安心なさい。この世界のゴブリンは、いわゆる『弱いゴブリン』よ。夜目も利かないし、人間の顔の高さまで跳躍するみたいな身体能力もない。ちょっと運動神経が良い子供ぐらいで、武器と飛び道具さえ注意すれば、ただの雑魚よ」


『違います! 私が心配しているのは、薄い本的な心配です! 巣穴に連れ込まれていろいろされちゃう系のどぎつい奴です!』とか言ったら、初心なアオイさんは下手すればこの地下迷宮を破壊しかねないのでやめておく。


(それにしても、地下ダンジョンか……)


 地下ダンジョン……正確には、元魔王城でもある魔法学校地下。

 学校内で変な声がするという噂を元に、色んな事件(なんか恋愛相談とかもあった)を解決しながら調査を進め、ついに見つけた場所。


 ちなみにアオイさんは絶対あると踏んでいたらしいが、私はただ、みんなで学校探偵の気分を味わっていたらなんか見つかったぐらいの認識。

 そのため、まさかこんな場所を歩く事になるとは思わず、今も少し戸惑っていた。


「不思議な場所ね。魔法研究施設のように見えるけど、造りは礼拝堂に近いわ」


 周りを調べながら話すアオイさん。

 ここは負けじと、さすが魔王の地下ダンジョンですよね! と、それっぽい事を言って、役に立つアピールをしようかと思ったが、たぶんゴミを見る目で見られるんだろうなぁ……


「……どうせくだらない事を考えているだろうから先に言っておくけど、貴女は役に立っているわ。貴女が私を守ってくれているから、こうやって、ゆっくり施設を調べられているのよ」


 そんな事を思っている私に、最高の言葉を送ってくれるアオイさん。

 うん、大好きです、結婚を前提に友達になってください。


「もちろん、閉じ込められないように地下入り口で待機してくれているエレオノーラたちと、挟撃されないように、後ろで敵を倒してくれているグリムにも感謝しているわ」


 悪役令嬢『レムリア・ルーゼンシュタイン』であるアオイさんが、こうやって周りを頼ってくれるようになるのは凄く嬉しいけど……そこは私だけを特別扱いしてくれてもいいんだけどな。


(……はっ! いけない、いけない。この前みたいに、不貞腐れるところだった)


 この前、凄く楽しそうにエレオノーラさんたちの事を語るから、ちょっと……いや、かなり不貞腐れてアオイさんに迷惑をかけてしまった。


 アオイさんの良さを周りが知って、仲良くなるのとてもいい事!

 独占欲出してメンヘラで重い女になるなんて言語道断だし、ちゃんと注意しないと!


(でも、ちょっとだけ、構ってほしいなー……なんて)


 そう思いながら、いつの間にか私の前を歩いているアオイさんに、背中を指でつつく軽いスキンシップをしようとする。


「……しつこいわね」


 その瞬間、アオイさんは、取り出した魔導銃から光弾を放つ。

 アオイさんの使うマジックアロー……光球を銃弾ぐらいに圧縮して放つ魔導銃。

 弾速、弾道も操作可能で、命中と同時に全衝撃が開放、魔法金属だろうと粉々に粉砕するという、もはや、チート装備として転生勇者に配られるレベルだろう。


 その証拠に、向こうでここに住み着いていたゴブリンの体に、大穴が開いているもの。


「……? どうかしたのかしら?」

「ナンデモゴザイマセン」


 ……うん、スキンシップを諦めよう。

『この緊迫した状況でスキンシップありがとう♪ ……スキンシップ返しは、この弾丸でいいかしら?』 とかなったら、10回は軽く死ねる。


「……それより、調べなきゃいけないものが見つかったわよ」

「え……?」


 目の前に広がる巨大なロビー。

 おそらくこの地下迷宮の中心部であり、中央には巨大な魔法陣。


「この魔法陣……魔王を宿す儀式のものに似てる……」


 あのときは、儀式中の乙女あるあるの『肌色比率』のせいでそこまで覚えていないが、特徴が似ている。


「貴女もそう思ったという事は、私の気のせいじゃないわね」


 そして、アオイさんが詳しく調べようと屈んだ瞬間に……


「え……!?」


 ヤサクニから黒い光が放たれ、肌色比率が増大。

 痴女と評判(とにかく遺憾である)の魔王モードになる。


「……あ、わわっ!」


 そして、私とアオイさんをアポカリプスの防御フィールドが包み……


 ――ガギィィィンン!!!!


 フィールドと何かが接触し、地下迷宮を揺るがす程の轟音が響き渡った。


「……攻撃された!?」

「アオイさん! こっちに!」


 アオイさんを近くに呼び、広域防御から、狭域の強固な防御フィールドに切り替える。


(……強い敵がいる!)


 私が使う魔王の武具のヤサクニは、自動で発動し、アポカリプス……魔王の力による防御をしてくれるが、タダでというわけではなく、力を発動するときに私の魔力を消費する。

 今回は、少し離れた二人を覆う広域防御だったとはいえ、相手の一撃を防ぐだけで、魔力が半分近く持っていかれた。


 それはつまり、とてつもなく強力な一撃だという事だ。


「……少し耐えていて」


 そう言いながら、周辺に大量の光弾を出して浮遊させるアオイさん。


「……結界代わりよ。さっきみたいな攻撃をされても多少は衝撃を緩和できるし、明かりにもなる。そして何より、何かに触れたら反応があるわ」


 さすがアオイさん。

 現状の大問題を即座に理解していた。


(……どこにいるの?)


 ここは開けた広いロビーであり、散らばった家具の様なものはあるが、隠れられる場所などない。

 ――なのに、敵がいないのだ。


「反応なし。マジックアローの数を増やしてもう一度……」

「……危ない!」


 光弾の隙間から、黒い人影の様なものが現れ、そこから槍の様なものが突き出される。


 本来なら、アポカリプスによる絶対防御の範囲下にある限り、何もしなくてもいいだろう。

 どんな攻撃だろうと、フィールド内の、強力な重力や磁力によってあらゆる攻撃を弾くか、逸れていくからだ。

 だが、分かっているのに私は迷うことなくアオイさんを助ける判断をした。

 ヤサクニが教えてくれたのか、それとも私の感なのか分からないが、その判断は正しかった。


「……ぐっ!」


 その黒い槍は防御フィードを突破し、私の脇腹を掠めた。

 もし何もしなかったら、アオイさんの体を貫いていただろう。


「……よくもぉ!」


 アオイさんがその黒い人影に向かって銃撃し、さらに結界にしていた光弾を全弾放つ。


「……グヌゥ!」


 銃弾を受けた人影から発せられる声。

 確実に攻撃が当たったのだが、姿が消えると同時にまた消えていき、光弾も素通りしていく。


「……出てこい! 出てこないなら、この地下全てを破壊するわよ!」


 本気になったアオイさんは、マジックアローと呼べないレベルの、巨大な光球を出現させる。

 ……まずい、あれは完全にキレてる。


「ア、アオイさん、落ち着いて! ここを壊したら、天井に潰されて死ぬのは私たちですから!」

「その前に逃げればいいでしょ!」


 アオイさんにしては珍しく、というより初めて見るぐらい完全に冷静さを失ってる。

 これは、本当に地下ごと破壊しかねない。


「…………」


「えっ……?」

「……出てきたわね」


 相手も同じ事を思ったのか、それともここを破壊されるのは困るのか、宙に浮く黒い人影が現れる。

 飛んでるという事は、そういう系の生命体なんだろうか。


「粉々にしてやる!」


 巨大な光弾が小さな光弾に分かれ、黒い人影を完全に包囲する。

 だが、黒い人影が一瞬だけ姿を消し、光弾をすり抜けて突撃してくる。


「……やはり、ずっと姿を消しているというわけにはいかないようね」


 その瞬間、黒い影を包囲していた光弾が後ろで爆発。

 起爆までできるのかあの光弾……危険物すぎる。


「……ヌゥ!?」


 後ろからの急な爆風で体勢を崩す黒い影


「……その罪、死んで償いなさい」


 そして、魔導銃から放たれる弾丸が黒い人影を貫き、そのまま地面へと落ちて動かなくなった。


「さすがです、アオイさん」

「……」


 私の言葉を無視して、早足で私の元に近づき真顔になるアオイさん。


「……怪我を見せなさい」

「あ、大した事ないです。ちょっと掠めただけで……ひゃわぁ!」


 そして、思いっきり上着を脱がされる。

 なんか、みんなこれやってくるけど何?

 ヤミヒカ世界ではこれ流行ってるのだろうか?


「……たしかに、掠めた程度のようね。毒や呪いとかもなさそうだわ。回復魔法かけるからじっとしてなさい」

「あ、あの、こんなの唾つけとけば治ります。今は魔力は温存しておいた方が……」

「……治るまでその傷口舐め続けられたくなかったら、じっとしてなさい」


 そのまま、回復魔法を使ってくれるアオイさん。

 私の傷をなめ続けるアオイさん……なんか変なのに目覚めそうだ。


「……」


「ア、 アオイさん!」


 落ちた黒い人影がまた現れる。

 だが、人の姿を完全に保てておらず、幽霊のようだ。


「……しつこいわね。今はこの子の回復が優先。このまま去るなら見逃してあげるわよ」


 だが、それでも黒い人影は攻撃しようと動き、今度は黒い影でできた巨大な剣を振り下ろそうとする。


「……警告はしたわ」


 素早く後ろを振り向き、銃を構えるアオイさん。


「グオオォォォオ……」


 だがその瞬間に、紅い光線が黒い人影を貫き、動かなくなる。


「……二人とも、無事?」


 そこには、挟撃を防ぐため、後方に陣取り、戦ってくれていたグリムがいた。


「……凄い音がしたから来た。余計なお世話だった?」

「そんな事ないよ。ありがとう、グリム」


 グリムのブラッディレイを受けた黒い人影は、溶けるように消えていく。


「なんとか勝てましたね」

「……いえ、してやられたわ」


 そう言いながら、アオイさんが黒い人影が消えた地面を指差す。

 そこはまるで地面が抉れたかのようになっていた。


「あそこに何かあったか覚えている?」

「あ、魔法陣……」

「偶然なのか、証拠隠滅なのか、どちらにせよ、してやられたわね」


 明らかに魔王に関係するものだったので、あれを調べられないのはたしかに痛手だ。


「地上に戻りましょう。細かい部屋の調査が残っているけど、そこはドローンを使うわ。今は、貴女の治療と安全確保が優先よ」


 アオイさんの言葉に頷き、私たちは地上へと戻っていった。


 ///////////////////////////////


「……」

「……そんな目で見なくても、反省しているわよ」


 校長室にて、ヴラムに思いっきり睨まれながら紅茶を飲む。


「今回私は完全に別行動しているので、貴女を責められる立場ではありませんが、せめてスコールは護衛に連れて行ってほしかったですね」

「……返す言葉もないわ」


 本当に、今回は完全に私のミスだ。

 収穫無しというわけではないが、反省点があまりにも多すぎる。


「良い機会ですし、レムリア嬢が怪我したら冷静さを保てなくなるのは直した方が良いかもしれませんね」

「……その失敗をした事を、貴方に伝えた記憶がないのだけど?」

「レムリア嬢が怪我をして、貴女がミスをした、それだけで、容易に想像がつきますよ」


 全てを見透かしたような顔で笑ってくるヴラム。

 この駄蝙蝠め。向こうの世界の弱点である銀の弾丸でも打ち込んでやろうか。


「さて、今回の件について、私の知っている範囲で答えていきましょうか。まずは、貴女たちが発見した場所ですが、おそらく過去の魔王城にもありました」

「……おそらく?」

「その点については後でお答えします。まずは、こちらについてお答えしましょうか」


 そう言いながら、ヴラドは自分のスマホに表示されている写真を出す。

 ……カメラで撮っておいた、あの魔法陣の写真を。


「その前にお聞きしたいのですが、報告によると手掛かりは完全に失ったとあったのに、何故こんな写真があるのですか?」

「私がそれを持っている事をあの場で語ったら、あの黒い人影が襲ってくる可能性が高いからよ」

「黒い人影は、まだ倒していないと?」

「……そう考えるのが妥当なのよ」


 魔法生物なのか、そういう魔物なのか分からないけど、あの黒い人影からは感情のようなものを感じなかった。

 そんなのが証拠隠滅を図る理由なんて、黒幕を守るためぐらいしか思いつかない。


 今頃その黒幕は、秘密を守ったと祝杯でもあげているのだろうか。

 魔法陣を消され、苦戦するだけでなく、あの子に怪我をさせてしまうなど、いろいろしてやられたが、ここでは私の作戦勝ち。

 あえて汚い言葉で言わせてもらうならば、ざまあみろだ。


「正解です。さすがですね。本当に貴女は、レムリア嬢の事で頭に血が上らなければ完璧だ」

「……どういう意味?」


 ムカつく言葉を吐きながら、駄蝙蝠は続ける。


「まずこの魔法陣。これは魔王が作った術式のものです。おそらく、幽鎧帝を作りだしたものでしょう」

「作りだした?」


「幽鎧帝は、一般的に知られている伝承では巨大な鎧騎士ですが、本来はレイスと呼ばれる幽霊に近い魔族で、鎧に宿っているだけです。魔王は人の死体からレイスを誕生させていて、この魔法陣はそのときに用いていたものです」


 幽霊……それならば、あの攻撃も合点がいく。

 おそらく、体が意識のある魔力のようなものなのだろう。

 それを使えば、どこからでも武器を作りだせるし、固まらずに四方に散って空気のようになってしまえば、姿は見えないし攻撃も当たらない。


「そして話を戻して、その地下施設は、おそらく幽鎧帝が率いる幽魔部隊の詰所です。幽魔部隊はいつもどこからともなく現れる集団で、どこにいるか仲間ですら知りませんでしたが、こんな地下施設があったのですね」

「という事は……」

「ええ。おそらくその黒い人影は、幽魔部隊の生き残りという可能性もありますが、貴女が苦戦するという事は、おそらく幽鎧帝でしょう。つまり……」


 ヴラムは、目を閉じ、あまり額に手を置いて残念そうにしつつしっかりとした口調でこう言った。


「……幽鎧帝は、私たちの敵という事です」


 ///////////////////////////


「……あ、アオイさん! 助けて~!」

「余所見とはいい度胸ですね、ご主人様」


 ヴラムとの話が終わるまで、この子を待機させていた場所……食堂に向かうと、何やら騒がしくししていた。


「反省した! もう反省したから、その気持ち悪い敬語やめて~!」

「何が気持ち悪いですか。これからは、勝手に行動する度に、この状態で接しますので、覚悟しやがれください、ご主人様」


 そして、いわゆる優男スマイルを出す駄狼。

 はっきり言って……


「……気持ち悪い」「気持ち悪い~!」


 こういうとき、本当に同じ人間なのかと疑いたくなる程合わないのだが、今回は完璧に二人の考えが一致する。


「反省してるみてえだし、今日はこれぐらいで勘弁してやるか。残りの調査は俺たちと、ドローンとかいう機械でやっとくから、お前らはさっさと帰って休め」


「……そうさせてもらうわ。ほら、帰るわよ」

「うう……あの張り付いたイケメンスマイルが這い寄ってくるぅ……いい声なのに、全然似合わない喋り声が響いてくるよぉ……」

「……どんだけ聞かされたのよ」


 呆れながらこの子を引きずっていくと、途中でステーキや巨大なロブスターを食べつつ、ジュースを楽しむグリムがいた。


「相変わらず、よく食べるわね」

「……動いたからお腹空いた」


 あそこに住み着いていたゴブリンは相当な数がいたようで、グリムが陣取っていた場所は死骸だらけだった。

 おそらく、相当『動いた』のだろう。


「今日は助かったわ、グリム」

「……これもお仕事。それに……」


 そのままロブスターに被りつきつつ、こっちを見る。


「……いい仕事の後のご飯は最高」


 余程美味しいのか、幸せな笑顔のグリム。


「程々にしておきなさい。様子を見つつだけど、明日もあの地下に潜る可能性があるわ」

「……はむ」


 完全に食事モードだが、一応話を聞いているようで頷くグリム。

 そんなグリムを置き、レムリアを引っ張りながら、待たせている馬車へと向かう。


『……幽鎧帝は、私たちの敵という事です』


 ――歩いている最中、ヴラムの言葉が蘇ってくる。

 幽鎧帝が敵になるのは別にいい。

 というより、こちらがレムリア陣営な時点でどうせ敵対する。


(……次はミスしない。確実に仕留める)


『レムリア・ルーゼンシュタイン』として決意しながら、屋敷へと戻っていった。

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