第7話 神矢の力
「なあ、あんた。エルフって言うんだろ? よかったら一緒にお茶でもしないか?」
「その耳って本物なのか? 触らせてくれよ」
二人分のコーヒーを買って戻ると、フィーネが二人組の男に絡まれていた。確かにエルフは物珍しいが、国から失礼なことははしないようにと言われているのだ。
それなのに、あいつら頭おかしいんじゃないか?
「あなたたち何かしら? 私は今友人とデートを楽しんでいるの邪魔をしたらただじゃおかないわよ」
フィーネは男たちを冷たくあしらっている。そもそもだ。フィーネはすでに魔物を倒しているくらい強いのだ。魔法が使えなくても、見たところ格闘技もしていないようなただの一般人に負けることはないだろう。
とはいえ騒動になったらまずい。すぐに助けねばと思った時だった。
「そんな冷たいことを言わないでくれよ、エルフちゃん」
「そうだよ……俺たちはエルフが大好きなんだよ」
男の一人が軽薄な口調でフィーネの肩を抱こうとして……、彼女がさっと避ける。そして、俺は気付いてしまったのだ。フィーネが震えていることに……
俺は馬鹿だ……男よりも強いとかではないのだ。まだ慣れない世界で、しつこく男に言い寄られるというのがどれだけ女の子に恐怖を与えるかなんで想像できなかったのだろう?
気丈にふるまっているフィーネが、どれだけ恐怖しているかなんてエルフ語でつぶやかなくてもわかった。先ほどとは違い俺は全力で彼女のほうへと駆け寄った。
そう……全力だ。
「あ、すいません。この子、俺の連れ何ですよ。男慣れしていなんでナンパは勘弁してもらえますか?」
「なっ……」
「神矢……」
三メートルの距離を一瞬で詰めたのだ、男からすれば瞬間移動でもしたかのように見えたかもしれない。俺がフィーネと男たちの間に割り込むと、驚愕の声をあげる。。
そして、背中からフィーネの安堵の声が聞こえてくる。
「お前、いきなり来て何なんだよ!!」
ビビッててんぱったのか、男がいきなり殴りかかってきやがった。いや、まあ、もっとましな止め方あったよなと反省する。
だが、俺がずいぶんと遅い拳を冷静に受け止めると男の顔が驚きに染まる。
「なっ」
当たり前だ。この世界に精霊はいないので魔法は使えなくなった。だけど、俺はこれでも異世界で英雄だったのだ。竜輝ほどではないが戦える。
普段は目立ちなくないので本気は出していないが、様々な魔物と戦ってきたのだ。人間の……しかも、素人なんて相手にもならない。ゴブリンよりも多少強い程度である。
「そのー、フィーネも怖がっていますし、このままひいてもらえると助かるんですが……」
「なっ、お前がこの子のデートの相手だったのか……いっつ……」
俺が笑顔を浮かべながら男の手を握っている手に力をいれるとミシミシと嫌な音が響き、男の顔が痛みに歪んでいく。
そろそろだな……
男の骨にひびが入る前に解放してやる。彼の手を離すと、慌てて俺から距離をとった。
「くっそ、行くぞ!!」
「おい、このままやられっぱなしでいいのかよ……それにおまえ……エルフが本当に大好きなんだろ? ようやく生のエルフに会えたって感動してさっき半泣きしてたじゃないか!!」
あれ、なんか話が変わってきたぞ……こいつらナンパじゃなくて、マジでエルフが好きでフィーネについ声かけただけなんじゃ……
「いいから行くんだよ!! あのエルフたんの顔を見ろよ!! 俺たちは彼女を怖がらせてしまった……これ以上話しかける権利などない!! こわがらせてすいませんでしたーーー!!」
「せめて写真くらいとりたかったし、エルフ耳をなでなでしたかったぁぁぁ!! そこの男、エルフとカップルとかうらやましすぎるぅぅぅぅ!!」
あれ、これ俺が隠していた力を使う必要なかったんじゃ……ちゃんと、説明すればわかってくれたんじゃ……
男たちは頭を下げて去っていく。そして、俺はこの身体能力の高さをどうごまかそうかと……と思いながら振り向いてフィーネに声をかける。
「大丈夫か? 一人にしてわるか……うおおお?」
「怖かった……助けてくれてありがとう」
衝撃と共に暖かい感触に包まれる。フィーネが俺に抱き着いてきたのだ。童貞である俺はいきなりのことにとても、てんぱってしまう。
この慎ましいもやわらかい感触はおっぱ……じゃないかった。まじ、こっからどうすればいいの?
俺の胸元に顔をうずめるフィーネ相手に抱きしめていいのかもわからず、手は彼女の背後で浮いたままである。
『やっぱり、シィーヤは私の英雄ね。大好き』
「な……」
こいつエルフ語だからって何ていうことを……これじゃあ、俺も勘違いしてしま……待った、なんでこいつは俺の異世界での名前を知っているんだ。
「なあ、フィーネ……俺がシィーヤって誰から聞いた?」
「……!!」
俺の言葉に今度はフィーネが驚きの表情で目を見開いた。そして、顔を真っ赤にして震える声で訊ねてくる。
「ねえ……なんで、エルフ語でつぶやいたのに、私の言葉がわかるのよ?」
「あ……やっべ……」
今度は俺が情けない声をあげるのだった。
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次回はフィーネの視点になります。
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