第5話 薬茶と鍛錬
――アルは家に帰るとレノのために一角兎の角を粉々に磨り潰し、森の中に生えていた野草と一緒に煮込んで薬を作り出す。見た目はお茶に近いが味は最悪でレノは一口飲んだだけで吐きそうになる。
「うぷっ……!?」
「吐くなよ、ちゃんと全部飲みな」
「うぐぐっ……ぷはぁっ!?」
一角兎の角と野草を煮込んだ薬茶はあまりの苦さに普通の子供なら耐え切れずに吐き出してしまう代物だが、レノは必死に我慢して全部飲み切る。すると身体中が暖かくなり、疲れが一気に吹き飛んだ。
「はあっ、はあっ……身体が軽くなった?」
「どうだい?私の薬茶は効くだろう?どんなに疲れていてもこいつを飲めばすぐに元気になるからね」
「どんな疲れも……」
アル特製の薬茶を飲んだだけでレノは体調を完全に取り戻して疲労が嘘のようになくなった。アルはレノが元気になると薬の残りは瓶に詰めた。
「病気の時や疲れが取れないときは今度からは自分で作って飲むんだよ」
「あ、はい……あの師匠、それの作り方を教えてくれますか?」
「あん?別にいいけど結構手間が掛かるよ?」
レノはアルから薬茶の作り方を教えてもらい、一角兎の角以外の材料も教えてもらう。時間は掛かるが作り方自体は簡単でレノでも簡単に再現できた――
――薬茶の作り方を教えてもらった日の晩、レノは夜中にこっそりと薬茶を用意して小屋へと向かう。彼は緊張しながらも木箱に隠していた吸魔石を取り出し、事前に用意していた薬茶を一口飲む。
「うぷっ……まずい。けど、元気が出てきた」
薬茶を飲んだことでレノの肉体は力が湧きあがり、この状態で吸魔石に触れた。昨日と同じように吸魔石に両手で触れた途端に力が奪われていく感覚に襲われるが、前回と違って冷静に対処する。
(落ち着け、取り乱すな……まだ大丈夫だ)
レノは吸魔石に触れていると輝きが徐々に強まり、それを見てレノは吸魔石の性質を思い出す。魔法書によれば吸魔石は名前の通りに魔力を吸い上げる道具であり、吸魔石が輝いているのはレノの魔力を吸収している証拠だった。
前の時と違って冷静にレノは吸魔石に力を吸われる感覚を体感し、自分の体内の魔力の存在を感じ取ろうとした。だが、魔力を感知する前に先に体力の限界を迎えそうになると彼は木箱の角に吸魔石を押し付けて無理やり引き剥がす。
「このっ!!」
限界を迎える前にレノは吸魔石を両手から離すと、一気に疲労感に襲われて床に倒れた。まるで全力疾走をした後のように身体中から汗が流れ、意識も朦朧としてきた。
「はあっ、はあっ……きつい」
吸魔石に触れた後は根こそぎ体力を消耗するため、事前に用意していた薬茶が入った水筒に手を伸ばす。味は最悪だが薬茶を飲むことでレノは体力の回復を図る。
「んぐぅっ……ぶはぁっ!!」
薬茶を飲み込んだお陰で身体の疲れを吹き飛ばし、どうにか体力を取り戻したレノは身体を起き上げる。最悪な気分ではあるが身体の方は動けるまでに回復していた。
「はあっ、やっぱり何度飲んでもまずいなこれ……でも、お陰で助かった」
前回の時はまともに動けるまでかなり時間が掛かったが、薬茶のお陰で今回は比較的早く動けるまでの体力を取り戻す。流石に完全に体力を取り戻したわけではないが、この薬茶を飲めばある程度の体力は回復できる。
我慢しながらレノはもう少しだけ薬茶を飲むと改めて吸魔石に視線を向けた。体力さえ取り戻せば吸魔石にもう一度触れる事はできる。
「今度こそ!!」
意を決してレノは吸魔石に触れると再び力が失われる感覚に陥る。それでも三度目ともなると流石に慣れてきてレノは動じない。
(この感覚……そうだ、この感覚だ!!)
三度目にしてレノは遂に体内に流れる魔力の存在を感知することができた。吸魔石に触れた両手を通して身体の中に熱い何かが流れていることに気が付き、その何かこそが魔力だと確信する。
身体の中に流れる魔力を感じ取ったレノは吸魔石に触れた両手を通して魔力が吸収されていくことに気が付く。吸魔石に奪われていく魔力をどうにか抑えようとしてみるが上手くいかない。
(くっ……限界だ)
魔力を感じ取ることはできたが操作するまでには至らず、レノは吸魔石を引き剥がすと床に倒れ込む。流石に二度も吸魔石に触れたせいで体力は殆ど失われ、必死に腕を伸ばして水筒の中に入ってる薬茶を全て飲み込む。
「ぶはぁっ!?げほっ、げほっ……」
薬茶を一気に飲み込んだせいで気分が悪くなるが体力は少し回復した。どうにか身体を起き上げるとレノは頭を抑え、魔力を失うと頭痛を覚えることに気付く。
(流石にこれ以上は無理そうだな……)
これ以上に吸魔石に触れるとどうなってしまうのか分からず、薬茶も切れたのでレノは家に戻ることにした――
――自分の部屋のベッドに戻るとレノは身体を横にして眠りにつこうとしたが、薬茶の影響なのか目が冴えて眠れない。どうやら薬茶は体力を回復させるだけではなく、眠気を抑える効果もあるらしい。
「……眠れない」
明日も早いのにレノは一向に眠気が起きないことに困り果て、身体は疲れているのに眠れないことにもやもやとする。仕方ないのでレノは眠気が来るまで暇つぶししようかと考えると、先ほど吸魔石を触れた時のことを思い出す。
吸魔石に触れたお陰でレノは遂に体内に流れる魔力を感じ取ることができた。意識を集中させてレノはもう一度自分の魔力の流れを感じ取る。
(これが魔力か……何だか不思議な気分だな)
全身に流れる血液と同じように魔力は身体の中を巡回しており、吸魔石に触れた際は体内の魔力は両手に集まっていた。そこでレノは自分の意思で魔力を一か所に集めることができないのかを試す。
(こんな感じかな?それともこうか?)
レノは睡魔が襲い掛かるまでの間、魔力をどうやって操作するのか試行錯誤を行う――
――それから一週間後、レノは夜を迎えると薬茶を所持して小屋の中に引きこもる。吸魔石に触れることで自分の魔力を感じ取れるようになったが、今度は奪われる魔力を体内に抑える練習を行う。
最初の内は魔力を上手く操れずに吸魔石に魔力を吸いつくされそうになったが、何十回と繰り返していくうちに魔力を体内に留められるようになった。
「はあっ、はあっ……もう一度」
薬茶をがぶ飲みしてレノは体力を取り戻し、もう家の中の薬茶の材料は底を尽きかけていた。今夜までに魔力操作の技術を身に付けなければならず、覚悟を決めたレノは最後の挑戦を行う。
「くぅうっ……負けるかっ!!」
吸魔石に吸い上げられそうになる自分の魔力を体内に押し留め、全身から汗を流しながらも必死に耐え抜く。ほんの少しでも集中力が途切れると根こそぎ魔力を奪われるため、一瞬の油断も許されない。
最初の頃はレノが両手で触れた途端に淡く輝いていた吸魔石だったが、魔力を吸収しなければ吸魔石は光を放つことはなく、吸魔石が輝かなければレノが魔力を体内に押し留めることを証明する。
(魔力を操れるようになれば魔法を使えるはず……きっと、もう少しだ!!)
どんなに苦しい思いをしてでもレノは魔法を使うために頑張り、吸魔石を利用して魔力操作の技術を磨く――
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