第22話 小さな訪問者2
「……探したよ」
振り返るとすぐ近くにエイベルの顔があって、ジェフリーは思わず飛び上がった。この流れ、今日で二度目だ。
エイベルはにっこりと笑い、ジェフリーの手の中の薔薇に目を留めた。
「それ、庭園の花だろ?」
「うっ。勝手に取ってごめんなさ……」
「どうして謝るんだ? そんなにうちの花を気に入ってくれるなんて嬉しいなぁ。うちの庭師もきっと喜ぶと思うよ。……セオ!」
エイベルが呼びかけると、離れた場所で作業をしていたセオが振り返る。
「こっちに来て」
「私ですか?」
セオは立ち上がり、珊瑚色の髪を靡かせながら三人のいるガゼボへと近付いてきた。そして状況を確認するように、サングラス越しに周囲を見た。
ケーキを食べ続けるアルマ、震えるジェフリー、妙に凄みのある笑顔を浮かべるエイベル。これはどんな状況だろうか。
「セオ。この子が花に興味があるみたいなんだ。ぜひ庭園を案内してあげてよ。ちゃんと目と目を合わせて、ね」
エイベルは意味ありげに笑う。セオは戸惑ったようにサングラスに触れた。
「大丈夫でしょうか。彼も倒れてしまうんじゃ……」
「うーん、それもそうだな。ジェフリーには厳しいか」
「……何の話?」
怪訝な顔をしたジェフリーに、エイベルはそっと耳打ちをする。
「実は、セオは目からビームを出せるんだ。並の男じゃすぐにやられてしまうはずだよ」
「ビーム!?」
「でも、耐え切れたらかっこいいだろうなー。そんな姿を見せられたら女の子も惚れちゃうだろうなー」
エイベルが棒読みでそう言うと、ジェフリーはハッとしたような顔になった。
(これは……ルマを振り向かせるチャンスだ!!)
ジェフリーは勢いよくセオを見上げた。
「僕は強いから大丈夫だ! さあ、かかってこい! 早く目を見せてみろ!」
「…………わかりました」
セオは遠慮がちにサングラスを外す。
ダークブラウンの瞳と目が合った瞬間、ジェフリーは頭の中が真っ白になった。
「!?」
魔法にでもかけられたかのように全身の力が抜け、視界が傾く。
椅子ごと倒れそうになったジェフリーをエイベルがさっと支えた。
そのとき、背後でドターン! と派手な物音がした。振り返ると、丁度その場にやってきたロシュがもろに『美』をくらって倒れていた。
「ロシュ。どこ行ってたの」
「申し訳ございません。今の今までジェフリー様の行方を探していました。こんなところに来ていたとは……」
「とりあえずその血、拭きなよ」
「……はい」
ロシュは真顔のままハンカチで鼻血を拭った。
エイベルが倒れかかった椅子を完全に起こすと、椅子の上のジェフリーは意識を取り戻した。
「ハッ……僕は今、何を……」
目の前に再びサングラスを着用したセオが立っていて、ジェフリーはハッとして背後を振り返る。エイベルはフッ……と笑った。
「残念だなジェフリー。君の負けだ」
「そんな……!」
「さあ、ジェフリーは部屋で勉強の続きを……」
「ねえねえ、ルマ。この後僕と一緒に……」
「ダメだ。ルマは忙しいんだ」
「お菓子食べてるだけで暇そうだよ!?」
「いいや、これがルマの仕事なんだ」
「そもそも、なんでエイベル兄さんが答えるの!? 僕はルマに聞いてるのっ!」
「ルマは俺のお世話係なんだ。つまり、ルマに関する全権は俺にあるんだ」
「なんか今日のエイベル兄さん意地悪だ!」
「俺はいつも通り優しいだろ?」
二人は小競り合いを始めてしまった。
アルマは目の前の出来事に一切のリアクションを示さず、淡々とお菓子を口に運んでいた。
(仲が良いのね……)
呑気にそんなことを考えていたアルマだったが、その日、小競り合いはアルマの目の前で幾度となく繰り広げられることとなった。
食事のとき、アルマの隣にジェフリーが座ると、エイベルは椅子を持ってきてその間に割り込んだ。そしてジェフリーがアルマにアタックしようとする度、ジェフリーの口に食べ物を突っ込んで黙らせていた。
さらには、アルマが車庫で歴史書を読んでいると、ジェフリーがやってきて自信たっぷりに蘊蓄を語った。しかし、エイベルが誤りをチクチク指摘して言い負かせていた。
こんなことが一日中続き……あっという間にジェフリーが帰る時刻になった。
馬車に乗り込む直前、ジェフリーは足を止めてアルマの方を振り返った。
「ルマ」
「なあに?」
ジェフリーは早足でアルマの元に戻ってくる。そしてアルマの手を取り、手の甲に口付けを落とした。
「!」
「僕、君に相応しい男になるから。だから……それまで待ってて!」
ジェフリーの顔は真っ赤だが、眼差しは真剣そのものだ。
アルマが驚いて視線を返すと、すぐにエイベルが現れてジェフリーを引き剥がした。
「こら、いつまでくっついてるの」
「エイベル兄さんなんで怒ってるの」
「怒る? 俺が? そんなわけないだろう。いつも通りの笑顔だ」
「目が笑ってない! なんか怖いよ!」
エイベルから逃れるように、ジェフリーはささっとその場から離れる。エイベルは軽く腕を組んでその様子を見送った。
「早く家に帰りなよ」
「やっぱり声も怒ってる!」
「怒ってないって言ってるだろ」
「絶対怒ってる!」
ジェフリーは馬車に乗り込む。扉が閉まる前にアルマは声をかけた。
「じゃあね、ジェフ」
そう呼ぶと、ジェフリーは目を見開く。
ぱあっと顔を明るくすると、満面の笑みを浮かべた。
「うん! またね、ルマ!」
こうして、ジェフリーを乗せた馬車は走り去っていった。
ジェフリーが帰ると周囲は一気に静かになる。騒がしい一日だった。
(……それにしても)
アルマは手の甲に視線を落とす。
子供だと思っていたが、最後の告白には不覚にも少しだけドキッとしてしまった。
(十年後にエイベルに似た美男子に成長してたらどうしようかしら……)
「ルマ。何ニヤニヤしてるの」
「ヘッ!? してませんよ」
「してた。…………へえ。ふーん。ああいうのが好みなの」
「違いますよ!」
必死に否定するが、何故かエイベルは疑いの眼を向けてくる。
やがて、エイベルは拗ねたような顔をした。
「どうせルマもいつか知らない男と結婚しちゃうんだろ。俺のことなんか忘れて……」
「エイベル様?」
「俺を一人にしないって言ったのに置いていくんだね。ルマは嘘つきだ……」
「えっ!? 」
恨みがましい目を向けられ、アルマは動揺した。なんだかエイベルの様子がおかしい。
……いや、それ以前に今日一日エイベルの様子は変だった。どうも大人げなかったというか、やたらとジェフリーに突っかかっていたような……。
そんなことを考えるうちにエイベルの手が伸びてきて、アルマの髪を梳くように撫でる。
(!?)
「ルマ……ルマ〜」
「あ、あの……」
「ずっと俺の傍にいてよぉ……」
(やっぱり変だわ!!)
アルマがオロオロとしていると、突然ぎゅっと抱きしめられる。
好きな相手からの抱擁にアルマの心臓は早鐘のように打ち付ける。しかし、その一方で困惑を覚えた。
(……待って。何か違う気がするわ、これ)
アルマ本来の望みは何だったか。今一度思い出してみよう。それはエイベルと仲良くなること。もちろん、恋愛的な意味で。
「ルマ……」
蠱惑的な赤の瞳に見つめられ、自然と顔が熱くなる。しかし、その眼差しから感じ取れるのはあくまで慈愛だけだ。
(確かに距離を縮めたいとは願ってたわ……)
エイベルが『ルマ』を大切に思ってくれていることはわかった。しかしこの現状は、本来望んだこととはかけ離れている。
エイベルから向けられている愛情は、あくまで人形やペット、もしくは妹を可愛がるようなものだ。かつて願ったような甘い関係とはほど遠い。
(こういうことじゃなくて、私はエイベルと結婚したいのよー!!)
やがてエイベルは頬ずりをしてきた。
嬉しい。なのに何かが違う。
アルマはもどかしさを感じたまま、エイベルの腕の中でされるがままになっていたのだった。
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