第13話 ご両親の許可は貰ってます

 「高橋でーす。お邪魔しまーす」


 アルバイト一日を終えた俺は、毎回と言っていいほど、中村家で晩ご飯をいただいていた。


 いつものことだ。それに晩ご飯だけじゃない。実はアルバイト中の朝ご飯、お昼ご飯まで中村家で世話になっている。


 もうほんっと感謝しかないよ。


 中村家での農業アルバイトは肉体労働がメインだ。それ故に披露しきった肉体は、食事と睡眠等で回復する。


 で、俺はめちゃくちゃ食べる方なので、中村家でご飯を食べられることに非常に助かっている。


 いつも自重しなきゃって思いながら、どんぶりで白米をおかわりしまくってる。


 ご飯が美味しいってのもあるが、美女たちと食事するともうそれだけでオカズの役割を果たしてしまう。


 きっと三姉妹が水着で食事してたら、俺は炊飯器に顔を突っ込んで白米にありつくことだろう。


 俺は何を言ってんだろう。


 とまぁ、前置きが長くなってしまったが、そんな俺は本日も中村家にお世話になることにした。


 アルバイトを終えた俺は、瓦屋根が特徴の一軒家の方で浴室を借りてシャワーを浴び、身を清めてから晩ご飯をいただくのである。


 一通り支度ができた俺は、今度は中村家が普段生活で使用している、比較的新築のような見た目の家に行き、さっそく玄関の戸を開けた。


 「あ、カズ君」


 「遅いわよ」


 「あと少し来るのが遅かったら、先にいただいているところでした」


 廊下を渡り、リビングへ向かうと、三姉妹が既に食卓を囲っていた。


 いや、三姉妹だけじゃない。


 「ふふ、焦らなくても大丈夫よぉ、


 中村 真由美さん。


 、おっとりとした性格の人妻だ。さすが三姉妹の母と言うべきか、その美貌は母譲りと言わんばかりに美しい。


 またカジュアルショートに加え、出るとこ出たスタイルが特徴な人妻だ。とてもじゃないが、子供を三人産んだ容姿とは思えないほど非常に若々しい。


 この前、冗談で『おいくつですか?』と聞いてみたところ、『永遠の十七歳よぉ♡』と返ってきたが、その目は全然笑ってなかった。


 俺も笑えなかった。笑っていいのかさえわからなかった。


 冗談で返されたのに、場が冷え切ってしまったのは言うまでもない。


 そんな美人人妻は、農家として避けては通れない中腰作業が十数分以上続くと、腰に手を当てて『年ねぇ』と呟いてしまうのが口癖である。


 ちなみに彼女は俺のことを『泣き虫さん』と呼んでくるが、その理由はまた別の話だ。


 「今日もお仕事頑張ってくれてありがとう。助かったよ、高橋君」


 で、女性陣の中に男性が一人、中村――


 「......。」


 「?」


 中村――なんとかさん。


 恰幅の良い中年男性で、三姉妹の父だ。


最近、太り始めているのが自他ともに認めるところである。本人は幸せ太り云々言っているが、まあ、貫禄があるように見えなくもないので、体重を落とせなんて誰も言わない。


 で、名前なんだけど、未だにわからないんだよね。覚えてないとかそういう類じゃないんだよ。


 シンプルに聞いたことが無い。知らない。


 俺が中村家で働いて二年経つが、びっくりするくらい聞いたことがない。


 だってこの場に居る皆は、父親のこと名前で呼ばないもん。


 「カズ君、黙り込んでどうしたの? の話聞いてる?」


 「を無視したくなる気持ち、妹の私にはわかります」


 「そんなこと言ったら、が泣いちゃうわよ」


 「あらあら。言わんこっちゃないわぁ。、泣かないのぉ」


 とまぁ、このように割りと在り来りだけど、一家の大黒柱を名前で呼んでくれないから、アルバイトの俺も雇い主の名前を知ることができない。


 バイト申し込んだときに自己紹介してくれなかったんだよなぁ。『中村です』って。


 で、いつまで経っても知ることができず、一ヶ月、一年、二年と月日が過ぎ去っていったのであった。


 じゃあ俺はなんと呼んでいるのか。


 わからないから、“雇い主”と呼んでいる。


 でもそのまま声に出して呼べないから、雇い主の“や”だけ取って、“やっさん”って呼んでる。


 本人は親しみを感じてなんかいいねとか、特に気にした様子じゃなかったから、今も“やっさん”と呼んでしまっているのだ。


 「いえ、なんでもないです。それよりご飯食べましょ」


 俺が食卓の席に着くと、皆で手を合わせていただきますをした。


 メニューは陽菜が伝えてくれた通り、肉じゃがである。他には焼き魚に、小松菜のおひたし、きんぴらごぼう、ポテトサラダ、味噌汁、自家製根野菜の漬物など和食がメインとなっている。


 どれも美味しそうで、眺めているだけで口から涎が溢れ出そうだ。


 「はい。和馬、あーん」


 と、良妻こと陽菜ママが、右隣に居る俺におかずを挟んで差し出してきた。美味しそうな肉じゃがのジャガイモである。


 あの、陽菜さん、お気持ちは嬉しいんですが、ご両親も食卓に居るので......。


 ちなみに各々の食卓の席は、俺の左隣に千沙、斜め右前に葵さん、斜め左前に真由美さん、真正面に雇い主である。


 少し前までは俺が雇い主の隣だったんだけど、今は何故かこうして一家のお父さんを真正面に食事をしなくてはいけなくなった。


 両手に花、正面に鬼という表現が正しいだろうか。


 おかげさまで、プレッシャーで食が細くなったよ。


 具体的には、いつもおかわりする白米が三杯から二杯に。あんま変わらんな。


 そんなこんなで困惑した俺が中村ご夫妻を見やると、


 「? ぼさっとしてないで、食べなさいな。続けて?」


 などと、まるで当たり前のことのように、続きを催促する人妻はどこか楽しげで、


 「おい、高橋ぃ。俺の目の前で娘とイチャつくとはいい度胸だなぁ!!」


 などと、ドスの利いた声で威嚇してくる雇い主はお怒りである。


 雇い主に関しては、さっきまでの穏やかな性格はどこに行ったのだろうかと問いたい。


 まぁ、俺が逆の立場だったら、こんな股間に脳みそが詰まったような男に、おかずを食べさせるなんて行為を娘にしてほしくないな。


 「ちょっと、陽菜。今日は私が兄さんの彼女当番ですよ。これで兄さんが陽菜とイチャイチャし始めたら、浮気と認識しますから」


 と、ご両親が居る食卓の場なのに、トチ狂ったことを言う妹であったが、当の本人である中村家ご夫妻は全く気にした様子はない。


 それどころか、


 「食事中に喧嘩しないのぉ」


 「おい、高橋ぃ! ちゃんと!!」


 このように、まるで繰り返される日常の一部を眺めているような達観した面持ちをしていた。


 そう、薄々お気づきかもしれないが、この“彼女当番制度”は中村ご夫妻公認なのである。


 もう一度言おう。


 日替わり定食感覚で毎日彼女が変わる“日替わり彼女制度”は、中村家三姉妹の親である真由美さんと雇い主が公認しているのだ。


 だからさっき、雇い主が『ルールを守れ』などと怒鳴りつけてきたのである。


 俺は陽菜から差し出されたジャガイモをパクっと咥えこんでから咀嚼し、飲み込んだ。


 「高橋ぃ! ルールを破る気か――」


 「はい、千沙。あーん」


 俺は雇い主の怒声を無視して、付近にあったおかずを箸で摘んでから、左隣に居る千沙に差し出した。


 ポテトサラダである。千沙ちゃんの小さなお口でも一口で食べられるよう、量を考えて摘んだ一品だ。


 千沙はそれを当たり前のことのように、躊躇すること無くパクついた。


 そしてそれを味わった後、勘の良い千沙ちゃんは俺らと同じく付近のおかずを箸で摘んで、自身の前に居る母親に差し出した。


 焼き魚である。それも骨がぴよっと顔を出している身の一部だ。


 骨無いところ摘めよ、と言いたくなったが、無粋なことを言うのはやめよう。


 千沙ちゃんだから仕方が無い。この一言に尽きる。


 「はい、お母さん。あーん」


 「え、え? 私ぃ? そこは泣き虫さんでしょう......」


 「いえ、流れ的にお母さんです」


 きっぱりと言い切る娘に、真由美さんは若干戸惑いつつも、千沙が差し出してきた焼き魚の一部をその口に含んだ。


 無論、お行儀の良さをなるべく欠かさないよう、一緒に口の中に含んでしまった魚の骨は彼女の咀嚼途中に取り除かれた。


 その後、真由美さんが前例に倣って、左隣に居る夫へ、箸で摘んだおかずを差し出した。


 梅干しである。ちゃんと種がインしてるやつの。


 なぜ人妻が梅干しを選んだのかはわからない。一種の照れ隠しと捉えるべきだろうか。


 「ま、真由美?」


 「ほ、ほら。早く食べなさいな」


 「い、いや、しかし......」


 「千沙が『流れ的に』と言ったでしょう? 嫌ならいいわよぉ」


 と、真由美さんが少しだけ照れながら言うと、雇い主は慌てて奥さんから差し出された梅干しを頬張った。


 「おいじい゛、おいじいよぉ」


 雇い主は男泣きで梅干しを味わっている。


 日頃娘たちが居る手前、あまり奥さんに甘やかしてもらえないからか、雇い主は降って湧いた幸せを噛み締めていた。


 さっきまで俺に怒っていた様子が嘘のような果報っぷりだ。


 この様を見ると、日頃の彼の扱いを改める必要があるのではないかと、思わず中村家女性陣に問い質したくなる衝動に駆られる。


 それ故か、ゴリゴリという梅干しを咀嚼する音が、真正面の席に居る俺の耳元にまで届く。


 雇い主、種くらい吐き出せよ......。


 そんな浮かれていた雇い主は、この晩ご飯を食べさせ合うという行為を彼の番で止めるべきであった。


 間違っても、次は自分がおかずを差し出す番などと思っちゃいけない。


 だって次の相手は、


 「はい、葵。あーん」


 長女むすめだからだ。


 雇い主は葵さんの好物であるきんぴらごぼうを差し出したのだが、結果は案の定であった。


 「わ、私はいいよ。自分で食べるから」


 「なッ?!」


 そう、思春期を過ぎたとは言え、JDは自分の父親から何か食べさせてもらおうとは思わないのだ。


 恥ずかしいとか、生理的に無理とかそういうのじゃない。


 娘ってそういう生き物だから。


 どこの家庭もそうとは限らないけど、大体の場合で娘はそういう生き物だから、『パパ、臭い』などと呼吸するかのように言えるのである。


 「い、いや、葵、、さ。ね?」


 「い、いや、知らない」


 “いや、知らない”。


 きっとそれは適切な言葉じゃないはずなんだろうけど、明確な拒絶感が溢れ出ていた。


 「「「「「......。」」」」」


 場が静まり返る。


 葵さんを責めた方がいいのだろうか。


 できれば家族である他の女性陣が言ってやってほしい。空気読めとかさ。


 でも三人はだんまりだ。葵さんの気持ちがわからないでもないからだろう。


 家族じゃない俺が責めるべきじゃないだろうが、言いたい。言ってやりたい。だって居た堪れないもん。


 しかし、それでも俺は言えなかった。


 下手に口出ししていいのかわからなかった。


 そう、こんなのが中村家とバイト野郎が送る日常の一部であった。

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