第7話

アサは高校から帰宅し、リビングに向かう。

アサの部屋は、与えられていない。


この家は一等地にあるから家賃が笑えるほど高い。

だがしょせん成人男性一人が生活するだけの間取りだ。


部屋はリビング・ダイニング・キッチンが一体化した部屋と、寝室のみ。

アサに与える部屋がないのも当然である。


なので、アサは結局リビングを占領するようにして暮らすこととなった。


「ん?」

視界の端に映った背の高いチェストから、何かがはみ出ているのがわかった。

アサはわずかな罪悪感を抱きながらも、そっと近寄る。

どうやら何枚かの紙が挟まって、チェストの引き出しが閉まりきっていないらしい。


「だらしないなぁ、もう」

アサは挟まっている紙を取り出す。

「ぎゃ」

手に取った紙を見て、アサは素っ頓狂な声を出した。


紙は、物件のチラシだった。

明らかに一人暮らし用の物件ではない。

アサは口をポカンとあけたまま、数枚のチラシに次々と目を通していく。


広めのキッチンが売りの物件や、アサの高校に近い物件には、ご丁寧に赤ペンで丸が付けられていた。

内覧の日にちがメモされた付箋が貼ってあるものまである。


「うそだぁ……」

ホラー小説でも読んでいる気分だ。

怖いのに、手が止まらない。

アサは深く息を吐きだすと、何事もなかったかのように、元の通りにチラシを引き出しに挟む。


ここ最近の蒼馬はおかしい。


アサの純粋な感想である。

元々アサの料理を手放しでほめるなど、大げさな男ではあった。

だが、それでは説明できないほど、蒼馬はおかしくなっている。


いい例が、リビングに溢れている蒼馬からのプレゼントである。

モデルの仕事をした時には、「似合いそうな服が合った」と撮影で使われた服を買い取り、アサに渡してきた。

ドラマの撮影で地方に行った時は、ボストンバッグの限界までお土産を買ってきた。


アサは私服に着替えて、夕食の買い出しの準備を始める。

蒼馬は今朝、日が昇る前に家を出た。横浜辺りで撮影らしい。

どうせ今日もまた、山盛りの土産を買ってくるのだろう。

アサは少しだけ、頬を緩ませた。




(ここまでくると献上というより、搾取してるみたいだな)

アサは玄関に置かれた大量の買い物袋を目にして、そう思った。


夜になり、連絡通りの時間に蒼馬は帰ってきた。

大量のお土産を入れた買い物袋を、両手いっぱいに抱えて。


「いやぁ、腕ちぎれるかと思った」

「バカなの?」

これから二泊三日の旅行にでも行くのかというほどの大荷物に、思わず突っ込む。


「バカって、ひどくないか?」

「事実だよ。一人暮らしの男が、こんな大量にお土産買うか? 完全に怪しいだろ!」

アサはリビングを指さして続ける。

「第一見てみろよ! この前の地方ロケの土産が、まだあんなにある!」


リビングには、手狭なキッチンの棚には入りきらなくなったお土産の菓子類が、これでもかと積まれていた。

せめても日が当たらないようにと、アサがリビングの隅に寄せているが、限界は近い。


「いや、今回はお菓子とかじゃなくてな……」

 蒼馬は鼻歌交じりに、一番大きな買い物袋を漁る。

「じゃーん。傘だ!」

「なんで四本も傘買ってくんだよバカ!」


自慢げに鼻の穴を膨らませる蒼馬に、アサは頭を抱える。

そんなアサを慰めるように、蒼馬は肩に手を置いて語り始めた。


「いや、この傘は横浜にある有名な傘屋で買ったんだ。デザインは世界的に有名なファッションデザイナーが担当しているらしい。アサは適当に買ったビニール傘しかないだろ? 無機質なビニール傘一本だなんて、高校生には少し物足りないかと思ってな」


「だからって、別に一本でいいよ……」

「どれの柄がいいか、わからない」

蒼馬は「ほら」と、傘を開いてアサの目の前に並べる。


アサは一度ため息をついてから、右端のネイビーの傘を指さした。

シンプルだが深みのある色で、どこか冬の海を思わせる。


「これか?」

「それ」

「はい。さしてみて」

蒼馬は嬉しそうに傘を渡す。


リビングにいるのに傘を笑顔で手渡す蒼馬も、それを受け取って傘をさす自分も滑稽で、アサは思わず吹き出してしまった。

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