第53話 これで終わりですから

 恭子きょうこは復讐相手に近づくために友達を作った。

 だったら……私もその標的の1人なのだろう。


 かがみ景子けいこさんを自殺に追い込んだのは……私の父親なのだろう。


「私のお父さんは、もうこの世にいない。そしておそらく美築みつきのお父さんも」美築みつきは自分の家族について語りたがらなかったが……「だからその子供である私たちを狙ったんだよね」


 その血が生きていることが許せなかったから。景子けいこさんを殺しておいて、子供を作って幸せになっているのが許せなかったから。


「殺す相手が少なくなったのは幸いでした」こんな時でも、いつもの恭子きょうこの表情だ。「本来なら本人たち……たまちゃんと美築みつきの親ごと殺すつもりでしたからね。勝手に死んでいたのは腹が立ちますが……まぁ結果としては同じでしょう」


 自分で殺すか、勝手に死なれるか。


 もしかしたら恭子きょうこは自分の手で復讐を遂げたかったのかもしれない。


 だけれど私と美築みつきの父親は、すでに亡くなっていた。だから……復讐が子供に飛び火した。いや……父親が生きていたとしても、結局狙っただろうな。


「さて……たまちゃん」恭子きょうこは優しく笑う。悪魔の笑みは、優しいのだと実感した。「私が罪を認めた理由……わかりますか?」

「……なんとなく……」迫力に負けて、一歩後ずさってしまった。「もう、隠す必要がなくなったから……だよね」

「はい。だって、私の復讐はこれで終わりになりますから」


 私を殺すから。最後の復讐対象をこの世から葬り去るから。


 もうその後のことは、どうでもいい。警察に捕まろうがどうでもいいのだろう。


「なんでたまちゃん、1人できたんですか?」近づいてくる恭子きょうこが怖いけれど、これ以上逃げてはいけない。「ねこ先輩についてきてもらえば良かったのに」

「……ついてきてもらったら、止められるからね」

「……?」


 私はカバンの中から、目的のものを取り出す。


 家で手に持ったときより重く感じた。いつも料理のときは使っているはずなのに、まったく違うもののようだった。


「……」恭子きょうこが私の取り出したものを見て、「……その包丁で、私を殺すんですか?」


 だから包丁を持ってきた。恭子きょうこを止めてあげられるのは私しかいない。


 そう、思っていた。


「そうしようと、思ってたよ」


 恭子きょうこを殺して終わりにしようと思っていた。このオンライン会議殺人事件を終わらせようと思っていた。


 だけれど……


「それは、やめたよ」私は包丁を恭子きょうこの前に投げ捨てる。「私のこと、殺していいよ」

「……」さすがの恭子きょうこも驚いたようだった。「……たまちゃん……それ、意味わかって言ってます?」

「もちろん」子供じゃないんだから、死ぬことの意味くらいわかっている。「でも、いいよ。恭子きょうこに殺されるのなら……それで本望だよ」


 それで恭子きょうこの復讐が成し遂げられるのなら、私も嬉しい。


 最初から相談してくれたら良かったのに。そうしてたら、協力してあげたのに。私の命くらい、喜んであげたのに。


 恭子きょうこという親友にしてあげられる、最後のこと。


 復讐の手伝い。私の命を差し出して……それで終わり。


 私の命で事件が終わるのなら、それでいいんだ。


「……そうですか……」恭子きょうこは私の包丁を拾い上げて、「……いいんですか? 容赦は、しませんよ。もう私は……親友を殺してますからね」


 すでに美築みつきを殺しているのだから、私を殺すことに躊躇なんてないのだろう。


 私だってもう覚悟はできている。心音は驚くくらい正常だ。


 でも……


「最後に1つ、聞いてもいい?」

「なんですか?」

恭子きょうこは私と美築みつきのこと……本当に友達だって思ってくれてたの?」

「……答えづらいことを聞きますね……」即答してくれたら良かったのに。「最初は……なんの感情もありませんでしたよ。ただ復讐対象に近づいただけ……本当にそれだけでした」

「……じゃあ、今は?」

「……友達だと、思っていますよ」恭子きょうこは包丁を握りしめて、「そんな事を言う権利は、私にはありませんけど」

「そんなことないよ」


 いつまでも友達だって約束した。だから恭子きょうこは、私の友達。たとえ殺されたって、それは変わらない。いつまでも、変わらない。


「では、さようならたまちゃん」恭子きょうこは笑顔で包丁を振り上げる。「しばらく痛いと思います。叫びたかったら、我慢しなくても良いですよ」

「いいの? 捕まっちゃうよ?」

「構いません。私の復讐は、これで終わりですから」

 

 恭子きょうこの復讐の手伝いができる。


 ずっと恭子きょうこに恩返しがしたかった。私に優しくしてくれた恭子きょうこにお礼がしたかった。


 こんな形だけれど……お礼ができてよかった。恭子きょうこが喜んでくれてよかった。


 恭子きょうこへのプレゼントは……私の命だ。


 そのまま……包丁が私に向かって振り下ろされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る