第51話 今まで、ありがとうございました

 チャットを送信しようとしてスマホを取り出した瞬間、スマホが振動し始めた。


 ねこ先輩からの着信……


 ねこ先輩は別行動で同じく20年前の事件を調べているはずだ。連絡が来たということは、彼も情報を掴んだのだろう。


 私はスマホを耳に当てて、


「はい」

『今どこにいる?』


 ……ちょっと焦ってる声に聞こえた。


「調査中、ですけど……現在地は、えーっと……」


 私は近くの電柱を見て、このあたりの住所を伝える。


 すると、


『そうか。重大な情報を仕入れたから共有したい。今からそっちに行くから、待っていてくれ』

「え……あ、はい」重大な情報ってなんだろう……「……電話越しじゃダメなんですか?」

『少々不都合だ』他の人に聞かれたくない話題なのだろうか。『それから、1つ聞きたいことがある』

「なんでしょう」

尸位しい教員の、普段の授業態度を教えてほしい』


 ……

 授業態度……?


「……なんで今さらそんなこと……」

『考えてみれば、僕は尸位しい教員のことを何も知らないからね。少し気になったんだ』

「……できれば他の人に聞いてほしいんですけど……ちょっと行かなきゃいけないところができたので」

『そこで待っていてくれ、と言っているだろう?』………………『まぁ世間話だとでも思って付き合ってくれ。移動時間の暇つぶしだよ』


 私のところに来るまでの暇つぶし……


 私もねこ先輩へのプレゼントのために世間話したからな……少しくらい付き合ってあげよう。最後になるし。


「わかりました。尸位しい先生の授業態度、ですね」

『ああ。評判が悪かったことだけは知っている』

「それがすべてだと思いますけど……」私も尸位しい先生の講義は好きではなかった。「なんというか……教科書を見るだけ、というか読み上げるだけというか……」


 教科書の画像を画面に映し出して、読み上げる。

 それが尸位しい先生の講義。


 頭の良い人ならそれだけで理解できるのかもしれないが、私には無理だった。


『ふむ。他の特徴は?』

「そうですね……講義時間は無視することが多かったです」

『時間を超過していたということか?』

「超過というか……自分がやると決めた範囲をやったら終わる、って感じです。だから早く終わることもあれば、かなり長引くこともありました」


 1から5の範囲をやると決めていたら、そこで終わり。授業の残り時間なんて関係ない。20分とかオーバーしていてもお構いなし。


 チャイムが聞こえていなかったのではないか、とか疑うレベルのマイペースっぷりだった。


『……なるほどね……』

「どうかしたんですか?」

『最後の謎が解けた』最後の謎……? 『講義動画の謎だ。やはりあれは録画動画だったんだ』

「録画……どうやって、ですか?」


 尸位しい先生に録画を頼んだところで受け入れられない。

 

 だから事前録画は不可能だと思っていたのに……


『その事も含めて、直接話そう。近くの喫茶店とかで待っていてくれ』

「わかりました」返事だけはそうしておこう。そして、「先輩」

『なんだ?』

「今まで、ありがとうございました」お礼だけ言っておこう。プレゼントが渡せないのは残念だ。「私のわがままに付き合ってもらっちゃって……本当にありがとうございました。おかげで……決着がつきそうです」

『……』ねこ先輩の声音が変わる。『何度も言うが、その周辺で待っていてくれ。変な気は起こすなよ』


 やはり先輩は私の変化に気づいているようだ。


 ならばなおのこと、従う訳にはいかない。


「では先輩。少し準備があるので……今までお世話になりました」

『待て。まだ――』


 申し訳ないと思いつつ、私は通話を切る。間髪入れずにねこ先輩からまた着信が来たが無視することにした。


 そうして私は目的の人物にチャットを送信した。


【今から会えない?】

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