第41話 昔話

 地味な捜査をするつもりはない。


 だから捜査は打ち切り。


 ねこ先輩はそう言った。


 なんで彼は突然、そんなことを?


「え……?」突然のことで、頭が真っ白になりかける。「終わりってこと、ですか……? ここまで来て?」

『ああ。だから言っただろう? 僕は探偵じゃない。真実に行き着かなかったのなら、諦めろと』


 それは最初に言われたけれど……


「だ、だからって……ここで終わりだなんて……」


 せっかくここまで来たのに……? 地味な捜査を続ければ犯人が特定できるかもしれないのに? その地味な捜査というのがなにかは知らないけれど……


『僕もそこまで暇じゃないってことだ。僕の中で犯人に行き着けるビジョンはできたからね。これ以上の捜査は無意味だ。僕は探偵じゃないから、犯人になんて興味はないよ』


 ……違う……これはねこ先輩の本心じゃない。


「違いますよ……そんなの……だって先輩、言ってたじゃないですか。って。私たちを調査しに来た警察官は理想から外れているって」


 だからねこ先輩は捜査に協力してくれた。真実を明らかにして警察官を見返すために捜査をしていたはずだ。


 だから……犯人を見つけないと意味がないはずなのだ。


 こんなところで投げ出すなんて、あり得ない。


「途中で捜査を投げ出すのが、理想の警察官なんですか?」

『違う』

「だったら……」

『人を不幸にしないのが理想の警察官だ』人を、不幸にしない……? 『そもそも事件が起こった時点で理想からは離れているんだ。事件を未然に防いで被害を防ぐことが理想だ。それは探偵も同じだ』


 事件を未然に……

 そもそも探偵や警察官が出番になる時点で、誰かが不幸になっているということか。


 だから……だから事件が起こってしまった以上は……


『だからこれ以上の捜査は無意味だよ』

「そんな……ここまで来て」到底、納得できる話ではない。「犯人が、わかる寸前なんでしょう? なら……あと少しだけ……」

『ああ。真実は明らかになる。ここで僕たちが捜査しなくても、いつか警察がたどり着く』

「それはそうでしょうけど……」


 最後までごまかせるわけがない。


 だって10時から11時9分の間に尸位しい先生の研究室に入った人が多いわけがない。容疑者を絞り込んで……いや、もうすでに絞り込まれているだろう。


 逮捕は時間の問題。


 だけれど……


「自分で気づきたいんです……警察から告げられるんじゃなくて、自分で」


 美築みつきを殺した犯人を、私の手で。


 受け入れるつもりなのだ。


「どんな結末だって……どんな真実だって受け入れます。だから……」


 ……


 本当はわかっているだろう。


 もう誰が怪しいかなんて、私はわかっているはずだ。


『……』


 長い沈黙だった。自宅にいるというのに心臓がバクバクと鳴っている。


 どんな真実だって受け入れるつもりだったのに、知らないうちに気がつかないフリをしていた。


 ここが最後のターニングポイントだ。


 最後まで知らないフリをするか……それとも真実と向き合うか。


 長い沈黙の後、先輩が言った。


『少し、昔話をしてもいいか?』

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