第22話 真実が知りたいです

 いつも悪態をついている警官も、さすがに女の涙には弱いようだった。


 彼らは一瞬たじろいだ様子を見せて、


「……泣いたって罪は消えないぞ……」


 そう捨て台詞を残して、保健室から消えていった。


 ……


 美築みつきが死んだ。

 美築みつきはもう、この世にいない。


 あの優しくて明るくて頭の良い美築みつきが、どうして……


美築みつきとは、1年生のときに知り合って……」気がつけば、私は語り始めていた。言葉にして外に出さないと、破裂しそうだった。「私が1人で昼食を食べてたら、美築みつきが話しかけてくれたんです……」


 大学に進学して友だちができるか不安で……誰かに話しかけたいけれど勇気がでなかった。


 そして孤立しかけて心が折れそうになったときに、彼女は現れた。


美築みつきは……」涙でうまくしゃべれない。「いつも私に優しくしてくれて……ずっと明るくて、彼女と一緒にいると心が安らいで……」


 彼女はずっと笑顔だった。いつだって優しくて太陽のように暖かくて……


「講義でわからない所があれば教えてくれたし……どこから聞いたのか私の誕生日も祝ってくれて……」誕生日なんて教えていなかったのに、調べてまで祝ってくれた。「いつか恩返ししなきゃって……ずっと、思ってたのに……」


 恩返しができないまま、別れることになってしまった。

 もう二度と、彼女とは会えない。そう思うだけで心が痛い。胸が張り裂けそうなほど苦しかった。


「……なんで……? なんで……美築みつき……」


 なんで美築みつきが死ななければならなかったのだろう。どうして彼女が、あんな目に合わないといけないのだろう。どうして美築みつきが……


 最終的に私はしゃべることもできなくなって、ただメソメソと泣いていた。涙だけが溢れて止まらなくなって我慢できなくなっていた。


「とにかく、今日はゆっくり休むと良い」ねこ先輩の声は、いつも以上に優しかった。「話し相手がほしいのなら、いつでも連絡して良いぞ。どうせ暇だからな」


 暇なのは暇らしいねこ先輩だった。ただ他にやりたいことがあるだけなのだ。


 話し相手になってくれるのはありがたい。話題が話題だけに、恭子きょうこには連絡が――


「そうだ……恭子きょうこ……恭子きょうこになんて説明すれば……」

恭子きょうこ?」

「私と美築みつきの親友です。恭子きょうこは私より、美築みつきとの付き合いが長いから……」


 小学生の頃から一緒だと言っていた。私たち3人グループは美築みつき恭子きょうこのグループに私が加わって完成したものだった。


 その恭子きょうこにかける言葉が見つからない。美築みつきが死んだと聞けば、私以上にショックを受けるだろう。


 でも、いつかは連絡しないといけない。いつかは話し合わないといけない。恭子きょうこの苦しみに、少しでも共感してあげないといけない。


 そう思っていると、突然スマホが振動した。マナーモードのスマホにメールが来たようだった。


 差出人を見ると、


「……恭子きょうこ……」


 恭子きょうこからのチャットだった。3人グループへのメッセージじゃなくて、私個人へのメッセージ。


美築みつきの件は聞きました】思わずスマホを持つ手に力が入る。【とても悲しいと思いますが、変な気は起こさないでください】


 変な気……

 私が美築みつきの後を追ってしまうことを心配してくれたんだろうな。こんな時でも私の心配をしてくれるなんて……


 時間をかけて返答を考えて、送信する。いつもならもっと簡単に長文が思いつくのに、時間をかけて少ししか送れなかった。


恭子きょうこは大丈夫? なにかできることがあったら、なんでも言ってね】

【ありがとうございます。では、しばらく1人にしていただけるとありがたいです。今の私はたまちゃんと冷静に話せる自信がないです】


 冷静になんて話さなくても良いのに……一緒になって泣けば良いのに……


 もっと……弱いところを見せてほしい。恭子きょうこはいつだって冷静で、泣いている姿なんて見たことがない。


 そんな恭子きょうこが最大の親友を亡くして……私はなんの力にもなれない。ただ傍観することしかできない。


 なにか恭子きょうこの力になりたい。なにか恭子きょうこにしてあげたい。唯一残った私の親友を助けてあげたい。


 できることは、1つだけに思えた。


ねこ先輩……」私は涙を拭って、「……私、この事件を解決したいです。美築みつきを殺した人が……許せないんです……!」


 私の親友を殺した相手が許せない。私の親友を悲しませた相手が許せない。この世から葬り去ってやりたい。


 警察はもう頼れない。あんな人たちと一緒に捜査はしたくない。

 探偵もいない。いつも頼っている恭子きょうこには頼れない。美築みつきは、もういない。


 今の私が頼れるのは、ねこ先輩だけだ。


「……」ねこ先輩が返答に間をもたせるのは珍しかった。「2つ忠告がある」

「……なんですか?」

「僕は探偵でもなんでもない。正確な証拠や100%の確証を探すことは難しいだろう。せいぜい80%程度の推測しかできない。真相に行き着かなかったのなら、そのときは諦めてくれ」

「……はい……」


 諦めないけれど。先輩が諦めるのなら、私だけでも調べるけれど。どれだけ時間がかかっても、必ず……


 それに、ねこ先輩の言う通り80%でも良いのだ。それが手がかりになれば……


「もう1つ忠告だ」こっちの忠告のほうが本命らしい。「調査の末に、キミにとって都合の悪い真実が明らかになることもあるだろう」


 ……都合の悪い真実……


 美築みつきが自殺ということだろうか。もしかして……私が追い詰めていたのだろうか。


 だとしても……


「都合が悪くても、真実が知りたいです」


 もしも私が美築みつきを追い詰めてしまっていたのなら、謝罪しなければならない。

 彼女の墓前で土下座しないといけない。恭子きょうこにも誠心誠意謝らないといけない。


 なんにせよ……私は真実が知りたい。どうして美築みつきが死ななければならなかったのか……その事実だけが知りたい。

 

 それまで……泣くのはお預けだ。

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