失地回復を図るのは無理

「何か言いたいことはありますか」

「そんな気はありませんでした」


 裁判所に出廷させられ「不同意性交等罪」による審問の最中だ。

 被告人席に立たされ言い訳を述べよと。


「同意を得たと思ったわけですね」

「そうです」

「どのような言動を以て同意を得たと思いましたか」

「特に抵抗も無かったので」


 一部で懸念されていた事態。本当にごく一部だとは思うが。

 パートナーとの信頼関係があれば、本来問題になるはずも無いことだ。しかし、一部で声高に叫ばれていたもの。

 後日「同意してなかった」と言われ、逮捕されるなんて。

 同意した事実をどう確認するのか、なんてのもあった。

 某サイトの記事で目にしてコメント欄を読んでいはいた。その時は自分には関係無いなんて、高を括っていたのだが。


 同意を得たと思ったから行為に及んだ。だが、後日そこに同意は無かったとして、告訴からの逮捕、そして裁判。まさに懸念していたことだ。

 被害者の両親によるものだった。被害者本人は心理的負担の大きさから、躊躇していたらしい。まあ、根掘り葉掘り状況を聞かれる。負担にならないわけがない。

 被害者にしてみれば思い出したくもないことを、延々と供述させられるのだから。


 俺にしても行為の全てを曝け出されるわけで。

 客観的に何をしたのか洗いざらいな。

 ポルノ小説を朗読してる気分だった。


 男の俺でも気恥ずかしさを感じるのだから、女性はもっと負担になるのだろう。

 やらかした俺が言うのもなんだが。


 後日、判決が下り実刑となった。法の改正前であれば、被害者側が立証すべきことも多く、無罪を勝ち取れることも多かったらしい。改正後は難しくなったのかもしれん。


 これもパートナーとのコミュニケーションの不足から来たものだろう。

 男ってのは勝手な思い込みが激しいからな。にこにこしてるから大丈夫だなんて思い込む。相手の内心を知ろうともしない。

 相手の内心を知るには、円滑なコミュニケーションが不可欠だ。

 いつも大丈夫だったから、今回も大丈夫とか、男の思い込みは女性から見て、甚だしく異常な部類なのだと理解したよ。


 女性はおしゃべりだ。

 放っておくと一方的にどうでもいいことを、延々話し続けてくる。

 だが、そこできちんと対処しておけば、問題に至ることは無いのだ。


 右から左では、いつかこうなるわけで。


 男は自分にとって興味の無いことは無口になる。

 だからこその「聞き上手たれ」だ。

 適切な場面で相槌を打つ、声に出して同意する、時に共感して見せる。異論反論なんて望んで無い。コミュ障ってのは、女が話してる最中に口を挟むからな。そして、己の知識で以て結論を導こうとする。それがさも正しいかの如く。

 だがな、そんなのは男の自己満足であって「黙ってろ」と内心思われているんだよ。

 そして男の存在がストレスになる。


 不満が溜まれば意思疎通にも支障が出る。

 結果がこれだ。


 じゃあ、どうするのか。

 女性同士の会話を分析すれば分かることだ。

 まず誰かが口火を切る。周囲は「だよねぇ」「うんうん」「分かるぅ」だ。そして次の誰かが新たなネタを振ると「だよねぇ」「うんうん」「分かるぅ」だ。

 延々繰り返される。これを聞いている男は、話に脈絡が無く支離滅裂と受け取るわけだが。


 これを応用すればいいだけで。

 話始めたら「だよなぁ」「うんうん」「それだね」でいい。

 ある程度話すと途切れるから、その際に新たなネタを提供してやればいい。勝手に話し始めるぞ。芸能人の誰某って、だの、あの俳優、名脇役だよな、とかな。間違っても政治だの経済なんてネタにしない。ネタはテレビドラマや配信からヒントをもらえば済む。

 話始めたら「だよなぁ」「うんうん」「それだね」を繰り返せばいい。

 そうすることで、女性も気分が良くなる。


 話を聞いてくれるし好きなネタも振ってくれる。話しやすい男だと認識してもらえる。

 ストレスを抱えることも無く、一緒に居て心地良さを感じ取れるってわけだ。

 間違っても「話聞いて無いでしょ」なんて言わせちゃ駄目だ。こいつ、要らねえに繋がるからな。

 勿論、それだけじゃないけどな。

 時には感心せしめてやるのも手だ。会話の中で「すごおぃ」とか「さすがぁ」とかな。女性は男と違い、こっちの話を聞いてるから、感心すれば称賛してくれるぞ。まあ、ヨイショって奴だが。女性は煽てるのも上手いから、調子に乗らないように。

 決して自慢げじゃなく、さりげなくが基本だ。知ったかだの、自慢は鼻につくだけで不快感を持たれる。

 男に多いのが、上から目線で知識を披露するアホ。そんな奴は煙たいだけで女性に嫌われる。


 分かっていて失敗した。どこかで生返事をしていて、徐々に鬱憤を溜めていたのだろう。

 驕っていたと思う。

 深く反省だ。

 今更だけどな。最早復縁は無いわけで。新たな出会いも、無理だよな。性犯罪者の烙印を押されたのだから。


 収監されずっと悔やんでいたが、ある日、手紙が届けられた。

 読んでみると手紙の文字が歪んで見えてしまう。


「あなたが裁判所で最後に見せた表情を忘れられません。やったことは許せないですが、それでも私はあなたを許し、私の元へ戻ってくれることを望みます」


 君は……。

 本当にすまないことをした。


 こうして収監後、幾年。無事に出所すると、しっかり出迎えてくれるパートナーが居た。

 笑顔で「久しぶりだね。すっかり老けてる」だそうだ。

 今後のことをどうするか、しっかり話し合って決めようと。

 だが、その前に腰を九十度に折り曲げ、しっかり頭を下げて謝罪を。


「申し訳なかった。俺が浅はかで愚かすぎた」

「いいよ。反省したんだよね」

「あの手紙。あれで心底反省することができた」

「だったら許す」


 彼女が告訴しなかった理由は、供述による心理的負担よりも、俺を犯罪者に仕立てたくなかったからだと。きちんと話し合いをして、二度と同じことを繰り返さなければ、それで良かったのだとか。

 しかし、両親は娘可愛さから告訴しろと強行され、結果、苦しめてしまったと謝罪された。

 謝罪が必要なのは俺なんだがな。


「あれが無ければ、俺は今も気付けなかったと思う」


 だから、結果オーライなんだよ。

 男はバカだ。言われても気付けないし、気持ちを汲み取ることもできない。手痛い思いをして初めて理解するものだ。

 取り返しが付かないところまで追い込まれ、やっと気付くことができたのだから。


 俺は彼女に一生頭が上がらないだろう。迎えに来てくれて受け入れてくれるのだから。

 こんなケースは万にひとつすらない程に稀だろう。

 訴訟沙汰になる場合は、完全に相手に対して憎しみしか無いからな。

 妙な期待は抱かないことだ。


「なぁに?」

「シャバの空気は美味いなあ」

「何それ」


 彼女を見つめていたら疑問に感じたようだ。思わず惚けたが。

 腕を取り体を寄せ「溜まってるでしょ?」って、出所後に即ありなのか。確かに塀の中は禁欲そのものだったからなあ。


「私も同じだからね。何年も待ったんだから」


 これが同意って奴だ。

 当然だが、その話には乗る。しかし調子に乗ることは二度と無い。

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