訴えられても困るのでお付き合いはお断りしたい

鎔ゆう

気になるけど踏み出せず

 余り注目を集めなかった改正刑法が最近施行された。

 まだ誤解も多く充分に理解が進んだ、とも言えない状態だが、それでも影響は少なくなさそうな、そんな改正刑法。

 何の話だってか?

 Boy Meets Girl な俺にとっては、場合によっては死活問題となる法律のことだな。


 詳細は省くが改正刑法の名称は「不同意性交等罪」と「不同意わいせつ罪」だ。

 名称だけ見ると「不同意」の「性交」や「わいせつ行為」は罪、と読める。


 いやいや。元より、そうじゃないのと思うのだが。

 同意も無い行為は「強姦」であり「強制わいせつ」なのだから。

 じゃあなんで改正刑法が、と言えば「強姦」や「強制わいせつ」では加害者目線だったが、被害者に寄り添った刑法ってことで。

 今まであった「強制性交等罪」「準強制性交等罪」が統合され「不同意性交等罪」に。「強制わいせつ罪」「準強制わいせつ罪」が統合され「不同意わいせつ罪」になった。

 すでに改正刑法での逮捕者も出てる。「不同意わいせつ罪」で。


 統合前の法と統合後の法で何が違うのか。

 一番の違いは意思表示なのだと思う。

 つまりは女を食った男の言い分が、時に罷り通ることがあった。相手との同意があったと思ったから抱いたと。明確な意思表示を示されず、勘違いさせた女の落ち度なんてのが、言い訳として。この場合は「拒絶しなかった」って感じで。

 でも、これは被害者側からしてみれば、とんでもない言い分となるわけで。


 例えば恐怖で支配しておいて「拒絶してない」イコール「同意していた」なんてのは、とんでも屁理屈でしかない。

 声を上げることができないのは、痴漢被害でもすでに周知されているはず。

 不意を突く混乱、恐怖などで体が硬直してしまい、意思に反して体が言うことを聞かない、そうだ。


 だから、こんなふざけた言い分が通らないよう、具体的な事例を以て改めたのが改正刑法の「不同意性交等罪」と「不同意わいせつ罪」なのだ。

 複数の構成要件があり、いずれか充たせば罪となる。

 まあ、その辺は追々事例を以て説明するが、結果、俺としても安易に口説けない。

 口説くまでは良しとしても、その後、どうやって関係を進展させればいいのか。


 仮の話として。

 お付き合いしてください、いいですよ、となって無事に付き合い始めたとしよう。

 徐々に距離を縮めるのか、一気呵成に攻めるのか、まあ人によると思うが。

 あくまで仮の話として。


「俺ら、付き合ってひと月くらいだよね」

「うん。そのくらいかな」


 じゃあ、そろそろ関係性の進展を、なんて思って行為に及びたい。

 その時に自宅に誘ったとする。

 まあ互いの信頼関係はそれなりにある、そう思ったのか誘いに乗って自宅に来てくれた。

 勿論、自室だからベッドもあれば机も本棚もある。

 暫し歓談ののちに二人でベッドに腰掛け、雰囲気もいいし、これはイケるだろう、なんて。

 そっと肩に手を回し抱き寄せ、キスを迫りとりあえずは成功した。


 じゃあ、さらに次へと進もう。

 これは許してるに違いないし、きっと期待してるんだろうなんて。

 しかし、服を脱がす段階になって若干の抵抗を見る。


「いいよね?」

「あ、えっとね」

「付き合って結構経ってる。お互いを知ったと思うからさ」

「で、でもね」


 いいじゃんいいじゃん、もう俺のリビドーは止まらないんだよ。

 ベッドに押し倒し服を剥ぐと、幾らかの抵抗もあれど無事に事を成した。

 めでたく思い通りに次のステップを踏み出せたし、今後はもっとお互いを知って行こうなんて。

 自宅デートを終えて彼女を送り届ける。

 彼女可愛かったなあ。なんか初々しい反応が良かったし。


 なんて思っていたのも束の間。

 警察官が自宅にやってきた。


「不同意性交等罪で逮捕状出てるから」


 人生詰んだ瞬間である。

 なぜ? 何がどうなって、どうして俺は取り調べを受けているの?

 刑事の話では彼女から被害届が出たと。


「同意無しに迫ったんだって?」

「え?」

「彼女は拒絶できなかったと言っていたが?」

「え?」


 今回の「不同意性交等罪」で懸念されるのが、これ。


「あのね、同意を得ないで事に及んだら罪になるんだよ」

「え、でも。断らなかったし、だったらいいと思うんです」

「意思表示ができないケースって、往々にしてあるんだよ」


 嫌だと思っても明確に示せない。迫る俺を見て恐怖を抱き体が硬直した、そう証言しているらしい。

 当然だが、同意をしたわけでも無い。

 家に帰ってから体の震えが止まらなかったと。


「い、いや、でも、だって」

「したんだよね?」

「あ、でも」

「したんでしょ? 同意も無しに」


 今考えると確かに明確な同意は無かったかもしれない。でも、受け入れてくれたと思うじゃん。

 なのになんで、と疑念は消えず。

 その後、起訴され有罪判決を食らい、深く反省しているということで、拘禁五年の実刑判決が出た。

 この法律の有期刑の下限である五年だ。刑務所暮らしが待っていたわけで。


 明確な意思表示ができないケースを想定したのが、今回改正され施行された「不同意性交等罪」なのだ。

 この場合、該当した項目は以下。


「予想と異なる事態との直面に起因する恐怖または驚愕」


 彼女にその気は無かったし、キスで止まると思っていた。だが事はさらに先へと進み行為に及ばれてしまった。拒絶する意思表示は少なく、抗うにも体が恐怖で固まり、思うように動くことも声を出すこともできず。

 結果、犯されたと。


 でも、付き合っていて互いに意思確認したと思っていたのに。

 なんてのは通じなくなったのだ。


 これを防ぐには事前に同意を得て、なんて話もあるが、現実的な話として「事前の同意」にどこまで効力があるのか、だ。

 口約束程度で効力を発揮するなら「不同意性交等罪」なんて要らない。

 つまり、さらに踏み込んだ同意を得る必要がある。

 踏み込むとは何を指すのか。

 証拠として最も効果のあるものが「公正証書」だ。公証役場で作成してもらう。


 今までなら、こんなケースでの証書を発行することは無かった。だが今後は必要になるかもしれない。

 自分の身を守るための手段として。


 目の前に憧れる女性が居るってのに、俺は指を咥え眺めるしか無いのか。

 他の男に取られるかもしれないし、取った男がのちのち訴えられるかもしれない。自分が逮捕されなければ、それでもいいが。


「どうしたの? なんか見つめられると」

「あ、悪い」

「あ、それで? 呼び出したのって」


 無理だ。

 だって、永遠にプラトニックな関係なんて、純愛系小説でもない限り不可能だし。

 リスクが大きすぎるんだよ。


「あ、なんかちょっと、お茶でもって気分だったから」

「そう?」


 スマホを見て「あ、もうこんな時間」とか言ってる。

 まあ俺に気があるわけじゃないのは分かってた。一歩どころか微塵も踏み出せるわけがない。


「じゃあ、そろそろ」

「そうだね」

「ここは奢るよ」

「そう?」


 じゃあってことで、今回は奢られておくそうだ。


 虚しい。

 まあ、憧れてはいても気が無いんじゃ、その先なんてあるわけも無いし。

 これはこれで助かったと言えばいいのか。


 なんか、面倒臭い世の中になったなあ。

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