第27話 ズィオの連れ

「大事な話ねぇ」

 ワインの注がれたグラスをズィオに渡しながら、ロンディーネは少年のことを、相手に悟られない程度に注意深く観察した。

 皺が寄ってはいるが、着ているシャツはそれなりに上等なモノだ。スラックスも仕立ての良いものを履いている。

 髪の毛はしばらくカットしていないのか、伸びるに任せているように見えるが、それでも手ぐしで出来る限り整えた跡が見てとれる。

 歯並びも綺麗だし、ケアが行き届いている。何より賢そうな顔つきをしている。

 ズィオが何処かから拾ってきた子供なのだろうが、この界隈に屯する、身寄りのない子ども達の中にはまずいないタイプだ。

 少年の正体を図りかねているロンディーネに気付いたのか、ズィオがイタズラっぽく口角を上げた。

「こいつは留置所帰りさ、ほっときゃ少年院行きだったのを、さっき引き取ってきた」

 そう言うと、ズィオはグラスをロンディーネの方に少し傾け、乾杯の仕草をしながら一気に半分ほど呷った。

「少年院?」

 ズィオの口から告げられた思いもよらない言葉に、ロンディーネは改めて少年の姿をまじまじと見つめた。

 ロンディーネも、ズィオと同じ組織に奉職するエージェントの一人だ。

 この店で店主の代わりに店を守っているのも、マリオットの裏社会の情報が行き交うこの店にいれば、組織にとって何かと有益だからだった。

 指令を受け、老いた店主の後添えの座にうまく入り込んだロンディーネは、今ではすっかりレストランの主人と化している。

 そしてロンディーネ自身、少年院上がりで今のカプランという場所にいる。そんな彼女だからこそ、少年院という言葉と、目の前の育ちの良さそうな少年の間にある埋めがたいギャップを敏感に感じていた。

「何したの?」

 そんな言葉が口を衝いていた。ロンディーネは少年に声を掛けたつもりだったが、彼は遠慮しているのか、それとも答えたくなかったのか、何も言わずただじっとロンディーネを見ていた。

 感情の全くうかがい知れないその顔が、ロンディーネにはどこか不気味に感じられた。

「暴行と監禁、てところか?大人二人を人質にして立て籠ったんだよ。まぁ立て籠りは行き掛かり上仕方の無かった事だとは思うけどな」

 ズィオは無言を貫く少年に代わって、事のあらましをロンディーネに語った。

 ズィオの口から語られる話を、ロンディーネはただ黙って聞く事しか出来なかった。目の前にいる無口な少年の大胆さと後先を考えない行動力に、感心とも呆れともつかない感情を覚えていた。

 一方で、組織から逃げ通すための抜け目ない作戦と行動にもそら恐ろしさを覚えた。

「只者じゃない、そう考えてるでしょ。だから拾ってきたの?」

 少年の前にエスプレッソの入ったカップを差し出しながら、ロンディーネはズィオに尋ねた。

「それをこれから交渉するのさ」

 そう言うと、ズィオは少年の方に身体を向け、パンツのポケットから自分のスマートフォンを取り出した。

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