第20話 道の先を進む者を、先輩という

「にーくー!」


 なんというか年頃の少女とは思えない声を上げて、シェリエが焼きあがった肉をどんどんと消費していく。

 ばくばく、という擬音こそがふさわしい食べっぷりに、周囲はやや引いていることにも気づいていない。


「喜んでもらえてよかったわ」

「シェリエ嬢は美味しそうに食べるよね」


 上級生二人の優しさが、逆に翔とアイナにいたたまれなさを感じさせる。


「なんというのか、その……」

「うちの食欲モンスターがすいません」


 別に二人のせいでもないのに、なぜか謝ってしまう。


「気にしないで。あまりいい肉ではないから心配だったけれど、杞憂みたいだし」


 提供されている料理は、二日続けてのバーベキュー。ただし、いわゆる日本式の焼肉だった。

 大玲は肉の品質を気にしているが、翔からすればタンもカルビもロースも、どれも上質の肉に思えるほど、きれいな肉である。

 さらに、タレも市販ではなく、料理もできるメイドが作ったらしい特別製で、それがまた食欲をそそる。

 実際、シェリエの勢いは別格だが、翔もアイナもフランクも、ずいぶんなペースで食べている。

 それだけの品質の肉を、あまりいい肉ではない、と評する大玲はやはりかなりの資産家なのだろう。

 仲もよくなっていることもあり、翔は率直に尋ねることにした。


「大玲先輩はかなりの資産家ですよね? ご実家はどういったお仕事を?」

「ああ、将来の職業としては気になるわよね」


 ともすれば誤解されかねない質問の意図を正しくとらえて、大玲は気軽に応じる。


「期待に沿えなくて悪いけれど、わたしの父は公務員よ。この別荘も、島の本宅もわたし個人のものなの」

「え?」


 耳を疑う回答――特に後半部分――に思わず翔は眼を点にした。聞いていたアイナとフランクも似たような表情をしている。


「隠すことでもないわ。わたしは投資でちょっと稼がせてもらっているの」

「ちょっと、という規模じゃないように思えるね」


 少し気恥ずかしそうに話す大玲に、フランクが突っ込んだ。基本的に聞き役に回っていたフランクにしては珍しい様子だった。

 しかし、それも無理はない。翔達はそう思った。

 何しろ、マギス島の土地建物は高い。島が小さく、留学してくる学生という需要は尽きることがないからだ。そのうえ、別荘となると両手で少し余る程度の数しかない。


「ねえ、参考までに地元はどこなの?」


 全くの好奇心であろうシェリエの質問だったが、これで香港と言われた日には耳を塞ごう、と翔は判断した。

 もっとも、流石にそれは杞憂だった。


「わたしの家は上海よ」

「上海ねー。まだ行ったことがないわ」

「そうなの? わたしはアメリカにも別邸があるわよ。それから、日本にもね」


 チラリ、と翔にわざとらしい流し目を送ってくる。どこまで教えてくれるのか聞いていたい気はしたが、金の話は終わりらしい。


「それで、それだけの資産家なのに、どうして魔動機にのめりこんでいるの?」

「あら? 当たり前のことを聞くのね」


 気を利かせたアイナの話題転換に乗る形で、大玲は嫣然と微笑む。


「『不死』を欲しがる人は多いのよ。わたし以上の資産家や、権力者には特にね」


 その瞳には、危険な光が宿っている。

 さながら、闇色の光に吸い寄せられる、哀れな蝶のような。

 あるいは、世界の闇に挑む、血気盛んな活動家のような。


「……あなた、それを売りつける気?」


 得体のしれない力に気圧されないよう、瞳に力を込めたアイナが、端的に尋ねる。


「さあ? どうかしら」


 もちろん、大玲は答えない。

 東洋と西洋、二人の黒い魔女が、一瞬だけその視線を真正面から合わせる。


「危ないことはやめなさいよ」

「ありがとう、わかっているわ」


 それは、本当にほんの一瞬だけ。二人以外は、気づかない一瞬。

 フランクが冷蔵庫から、ペリエを取り出して、開けた。

 ぷしゅ、と気の抜けた音が小さく響いた。


「ねえ、翔」

「はい?」


 何事もなかったかのように声をかけるフランクに、翔も軽く応じる。


「この合宿が終わったら、少し身体の動かし方を教えてあげるよ」


 そのまま、もう一本のペリエを翔に投げて渡す。


「いつかきっと、君に必要になる」

「……そうなんでしょうか」

「うん」

「…………そうなんでしょうね」


 翔もまた、ペリエの栓を開けた。投げたせいか、炭酸水が音を立ててあふれ出てきた。


「わわわっ!」


 慌てたようにキッチンタオルをとって拭く翔の姿を、フランクは優しい瞳で見る。


「さて、どうなるかな」


 騒がしい夕食を終えて、二日目の夜は静かに過ぎていく。




「急用ができてしまってね。先に失礼するよ」


 そう言い残して、フランクはさっさと帰ってしまった。

 その背中が夜の闇に消えるまで見送りながら、翔はフランクのことを改めて考える。

 フランク=ダルク。17歳。高校2年生に相当する、マジックスクール2年生。

 出身はフランス。高名な、それこそ誰でも知っているレベルで高名な聖女を祖先に持つ、ダルク家出身。

 アイナによると父がマギス島で働いていたこともあり、アイナとは入学前から面識がある。

 スクールでの成績は概ね優秀。ただし、魔力が少なく、一部実技が絶望的。そのために総合的にはそれほど目立つ成績ではない。

 それよりも、数多くの女性に声をかける、いわゆるアモーレの国の住民として有名であり、その小柄さ、見た目の幼さから怪しげな魅力を持っている。

 けれど、と翔は脳内でまとめた情報を否定する。いや、追加する。

 この二日間で見せた姿は、まったく違った。


 彼は、魔動機に対する十分な知識を持っていた。

 彼は、鋭い反射神経と運動能力を持っていた。

 彼は、繊細な魔力操作を見せた。

 彼は、政府が開発したという反射の魔法を使いこなした。


 ――そんな彼の目標は、『不死』


 翔は考える。

 その目標は、少なくとも島に伝わる範囲では、歴史上誰も成功していない。

 それでも、フランク=ダルクという魔法使いはその目標へ一歩、一歩、進んでいるように思える。

 自らの知識、能力を研鑽して。高名な名家の知識を使って。さらには、政府とも協力して。

 科学的な考えを学び、政治の動きすら理解して。

 たどり着けるともわからない目標に、真摯に進む。

 それが、翔がこの数日で抱いた、フランク=ダルクという尊敬すべき先輩の姿だった。

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