消え去る海神様に、願いを込めて。

ゆうらしあ

広大な海に1つの白い領域

プロローグ

 1ヶ月前は楽しみにしていたクリスマス。雪がパラパラと降り、最高のホワイトクリスマス、その筈だった。


「別れよう」


 自分で言った言葉に、頭の中が真っ白になる事が分かる。

 相手の言葉が出ない時間に、段々と込み上げて来る不安。目の前の光景に別れの言葉を発したという事実が突き付けられ、それらに押しつぶされそうになる。


「なんで……っ」


 目の前に居る人物は顔を歪めた。

 最初に会った時の優しかった筈の目が、今では蔑むのを超えて呆れた様な、そんな濁った目に変化していると感じる。


 好きだった、それなのに……あぁ。もうダメだ。


「あっ……」

「っ………じゃあね」


 もう、これっきり。もう2度と会えない。

 そう思った、高1のホワイトクリスマスだった。


 ◇


 不快な、気持ち悪い、昔の夢を見た。

 厚着をしてベトベトした身体、寒さで身体の端々はうまく動かず、ただただ体の奥底から込み上げてくるドス黒い感覚が僕を飲み込んだ、そんな懐かしくも、忘れられないあの日。


 今日の朝にあの夢を見るなんて、神様は態と僕を苦しめているんじゃないかと、ふと思う時がある。


 よく宿題をやってない時に限って先生に当てられたり、今日は疲れてるからやりたくないなと思った時に限って班のリーダーになったり、彼女と別れクラスの皆んなからもバカにされたり……僕は恐らく神様に嫌われている。このクソ暑い状況も相まってそうだとしか考えられない……。


「涼ーっ! 早く行かないと新幹線遅れるよーっ!!」


 大きく溜息を吐きながら果てしなく照りつけて来る太陽を見上げていると、前を歩いている姉の優空ゆあの声が聞こえて来て、僕、白崎しろさき りょうはうだる暑さの中髪を掻き上げ、手を挙げて返事をした。


 優空の後を追ってキャリーケースにリュック、肩掛けのダッフルバックを持って大荷物で駅へと乗り込む。


 日付は夏休み終了2日前の8月20日。僕は今日、長年住み慣れたこの都会から離れる。


 つまりは転校、引っ越しだ。

 こうなったのは、両親の都合で2人とも海外に転勤になったから。両親はどちらも医者で、これから何年か海外で仕事をするらしい。

 本来家族なら一緒について行くべきなのだろうが、僕と優空は行かない事にした。


 優空は今年受験を控えており、友達と別れたく無いという理由で。

 僕は彼女にフラれ、クラス中から……いや、学校中から避けられていたという理由でだ。


 なら僕は海外に行くべき。そう考えるべきだろうけど、僕が海外で生きていけるとは思えない。そして、今の状態で明るい人格が多い海外で生活して行ける程、僕のメンタルは強くない。



『学年1のマドンナにこっぴどくフラれたガリ勉』



 誰が付けたのかそんなあだ名が付けられ、皆んなに避けられ続ければ、誰であろうと不登校になりたくなるだろう。



 まぁ、それでも僕はーー



 それを抜きにしても、をしてしまった。そして、この現状を甘んじて受け入れている自分が居る。




 だから『此処から離れる』。

 効率的……とは言い難いが、僕の断固とした我儘とも取れる決断に、両親は何かを感じたのかそれを許し、心配性の優空ももどかしそうに了承してくれた。優空は同じ学校だったから、何となくは事情は分かっていたのかもしれない。



『ーーより、3番線ーー』


 ゴオォォォォォォォォォォ。



 新幹線が着いた音が響き、ボーッと駅のホームから覗く局所的に見える青空から下へと視線を下ろす。


「ほら、行くよ」

「ーーあぁ」


 優空に服の袖を引かれ、僕は新幹線の中に入った。中に入り暑さが軽減され、座席が向かい合った席が空いていたので僕達はそこに座った。


「はい、これ水。長い旅になるだろうから小まめに水分補給して行こうね」


 優空は僕に先程自販機で買ったのか、冷たい天然水のペットボトルを手渡してくる。僕はそれを無言で受け取り、新幹線のドリンクホルダーに置いた。


 気が効くなぁ。

 そんな事を思いながら、正面に視線を移動させた。


 眉目秀麗、両親と同じで医者を目指していて、僕よりも1つ上の高校3年生。受験を控えてる為に、今回優空は僕の付き添いの1泊2日のプチ旅行。


 黒く長い髪は腰まで伸びて、それはまるで透き通るかの様に柔らかく、エアコンの風を受けている。典型的なお嬢様の様な白いワンピース。そして麦わら帽子の様なツバのある大きな帽子を被っている。

 僕の姉とは思えない程の容姿の良さと優秀さ……いや、僕が家族の中で唯一の欠陥品なのか。


 そんな姉を見つつ、僕は座席にもたれ掛かって窓の外を見た。


 吐き気を催す様な人の波。遠くに見える幾つもあるホームが並び、青髭のサラリーマンや、キッチリと後ろで髪を纏めているキャリアウーマン。オシャレな腕を組んだ若いカップルさえ何処かに遊びに行くのか、こんな朝早くの電車に乗っている。


 僕がこんか気怠るくしていても、誰も僕を見ようともしない。


 こんな景色も、お爺ちゃん達の家に行けば見れなくなるんだろうな。



『これより3番線はーー』



 そんな事を思っているとアナウンスが聞こえて、ガタンと車両が揺れ始める。

 優空が小さな声で「動いたね」と言うのが耳に入る。僕はこれから都会から母方の実家……田舎へと転校するのだと少し不安になりながらも、その不安を飲み込むかの様に天然水と一緒に身体の奥底へと追いやった。


 透き通る水が体へと染み込んで行く。不純な物が何も入ってない天然水。ペットボトルの向こう側では、優空が持って来た小説に視線を下ろしている。


 ーーあぁ。とても綺麗だ。


 僕は小さく息を吐いて、座席へもたれ掛かった。


 2回ぐらい乗り換えをして、約7時間ぐらい。あまり寝られなかったし、寝て行こう。

 僕は周囲の音が聞こえない様に、ノイズキャンセリングのイヤホンを耳栓代わりに付けて眠りに入るのだった。

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