第25話 全ての巨悪を見つけた果てに

——イルナルガ伯爵邸。


使用人達も寝静まり、もぬけの殻のように静かな伯爵邸。

もうすぐ雨でも降り出すのか、分厚い雨雲が月だけを残し夜空を覆い隠している。

見張りを務めている兵士は、門と、玄関の入口に配置されている。

「数は全部合わせて六人。寝室の前には誰も居ないな。」

「まずは密入の証拠を集めなくちゃ行けないわ。ハルムン、心当たりはある?」

茂みに隠れながら、様子を伺うユリーベルとハルムン。

ハルムンは魔法で作られた地図をユリーベルにみせる。

それは、イルナルガ伯爵邸の見取り図のようだった。

「一番怪しいのは、庭の外れにある倉だな。わざと人に見つからないように、認識阻害の魔石が埋められている。」

「魔石……かなり高価なものよね。わざわざそんな物を使うなら、確かにそこが怪しいわ。でも、良く魔石が埋め込まれている倉を見つけられたわね?」

魔石は名の通り、魔力が込められている石だ。

この帝国にはそもそも魔力を持つ人間は少なく、魔石は魔塔の魔道士達によって作り出されている。

その為、魔石一つで家が一棟立つ程高価な代物だ。

ハルムンが作った見取り図には、正確な蔵の位置も示されている。

「まあ魔石なんて、俺にしてみりゃあただの石ころだからな。とりあえずは此処に向かうんだろ?」

「ええ。その為にもまずは——門番には寝ていて貰いましょう。」

ユリーベルの影がゆらりと揺れる。

ユリーベルの手が指し示す方向に、影は勢いよく伸びていき、門番の背後から峰打ちを狙った。

「ぐはっ……なに、が……」

音もなく、静かに倒れる門番達。

周囲に他の人の気配が無いことを確認してから、ユリーベル達は茂みから出る。

「……ふう。それじゃあ、行きましょうか。」


静まり返ったイルナルガ邸。

ここに来るのはあのお茶会ぶりだった。

——まさか二度目が、こんな形での来訪になるなんてね。

ハルムンが怪しいと言っていた倉は、庭園を抜けた先にある。

ユリーベルは、ハルムン先導の元倉まで走り出した。

その時、横目で見た先には、お茶会を開いた白い椅子とテーブルも見える。

そんなに前でも無いのに、何故だかあのお茶会がとても懐かしく感じる。

ユリーベルは胸をぎゅっと掴まれるような痛みに襲われながら、倉へと向かった。


「——ここだ。」


ハルムンの立つ先には、イルナルガ邸を囲む柵が見える。

その先は木々が、暗闇の中で微かに風に揺れていた。

ハルムンが手を前に突き出すと、パリンと何かが割れる音がする。

その刹那、今までそこに無かったはずの大きな倉がハルムンの前に現れた。

地面には、粉々に割れた魔石の破片が散りばめられている。

「嘘……本当にあったのね……」

「なー?俺の言った通りだろー?」

ふん、と自慢げなハルムンに少しムカつきながら、ユリーベルは倉の南京錠に手をかける。

ユリーベルの操る影が南京錠を壊し、厳重に隠されていた倉は二人の手によっていとも容易く開けられた。

「ここまで手際がいいと、俺たち怪盗とかに向いてそうだな?」

「そうね。色々終わったら怪盗団でも名乗って、貴族の宝でも片っ端から奪いましょうか?」

「……お前も冗談とか言うんだな」

まあ、怪盗云々は置いておいて。

確かにここまで手際がいいと、何か罠でもあるのではないかと勘ぐってしまう。


「——開けるわよ。」


ぎぃっと重く軋む音。

中に明かりは無く、ユリーベルの視界の先は真っ暗な闇だった。

ハルムンは魔法で明かりを作ると、その光に当てられるように倉の品々は眠りから目を覚ます。

「……これは……。」

そこに保管されていたのは、様々な絵画や彫刻品などの美術品。歴史的に価値のありそうな、壺や家具などの骨董品。

そして、様々な武器や武具が厳重に保管されていた。

ホコリ一つもつかないように、布でしっかりと覆っている。

そのベールを脱がすと、多種多様な品物がキラキラと輝いていた。

ユリーベルはその一つ、小皿を手に取ってその裏側を見る。

知らない文字で書かれたそれは、恐らく製作者の名前だろう。

「これは——間違いなく密入で手に入れた物ね。」

倉の奥に進むと、床の響きが一瞬変わった。

変わった部分をもう一度靴で踏み、音を確認する。

「こりゃあ、隠し通路だな。音の反響する感覚からして、地下通路か。」

ハルムンも気が付いたらしく、ユリーベルが考えていた事を言い当てる。

「ええ。恐らくこの地下通路はオークション会場に繋がっているのでしょうね。そうすれば誰にも見られず、会場まで品物を運べる。」

イザーク・イルナルガとの直接的な面識は無いけれど、伯爵家当主でありながらこんな事をするとは。

しかも、魔石を使ってまで存在を隠し、秘密の地下通路まで作った。

そこまで徹底しているのだから、エンティーは恐らく本当にイザークの悪業を知らないのだろう。

「これで決まりだな。んじゃあ……」

「——まだよ。」

ユリーベルは、ハルムンの言葉を遮る。

これで決まり。確かに、イザーク・イルナルガが秘密裏に高価な品物を輸入し、それをオークションに出していたという証拠は掴めた。

けれど、一つ。ここには無いものがある。


「——ここには、人間がいない。」


イザーク・イルナルガは美術品、骨董、武具の他にあるものを密入していた。

それは——人間だ。

サルファからの司令の手紙にも記されていた。

イザークの一番の罪。

それは——人身売買。

帝国で禁じられている奴隷制度は、人身売買も犯罪として禁じている。

この倉には隠し通路があった。ならばきっとその先に……。


「屋敷の中で品物となる人間達を管理しているとは考えられない。そんな事をすれば、少なからず使用人に怪しまれるわ。だからこの地下通路の先には二つの目的がある。一つはオークション会場。そしてもう一つは……。」


ユリーベルは影を使い、床を破壊する。

破壊した床の下には、地下通路へと続くであろう階段が隠されていた。

「——行きましょう、ハルムン。」

「へいへい。でも、その人質を見つけたとして、お前はどうするんだ?」

「シュベルバルツ領にある孤児院に預けるわ。お姉様がいつもその孤児院に寄付金を渡しているから、お金の面も問題ないし。」

だがそれは、この階段の先に待っている子達が正常な人間ならの話だ。

イザークの手によって、何か薬を投与されていたり、拷問によって自我が破壊されていたら、ユリーベルには助ける術がない。

兎にも角にも、この階段を降りない事には何も分からない。

「行きましょう。全ての証拠を抑えに。」

ユリーベルは階段を降りる。

その度に、彼女の履くヒールがコツンコツンと音を響かせた。

彼女の背中を追うように、ハルムンも続く。


ハルムンが作った明かりのお陰で、地下通路の視界は良好だった。

石で作られた地下通路は、人一人がやっと通れる程の幅しかない。

これではオークションに出す品々を運ぶのには一苦労だろう。

途中までは長い一本道だった。

突貫工事にしては、中々に整備された道。

地下通路を十分ほど歩き進めると、そこには分岐点があった。

真っ直ぐに続く道と、右に続く道。

「どちらかがオークション会場で、どちらかが人間達の保管場所ね。」

ユリーベルは、自分の影に手をかざす。

ユリーベルの影はぐにゃりと変形し、右側を指さした。

「そう。そっちなのね。」

ユリーベルは、影が指を指した方向に進む。

「なんでこっちだって分かったんだ?あの影、何か自我でもあるように見えたが……。」

「自我と呼べるほど、完璧なものでは無いけれどね。あの子は私の指示に従ってくれるのよ。暇な時は話し相手にもなってくれるし。」

「たまに、お前の友達の居なさは俺を虚しくさせるな、ユリーベル……。」

「貶しているのかしら。というか私は別に友達なんて居なくても不自由無かったからいいのよ。そうね、強いて言うなら自分自身が友達……みたいな?」

「何それ、おじさん泣ける!」


今ここでぶん殴ってやろうかしら!

という苛立ちを必死に理性で押さえ込み、ユリーベルはハルムンを無視しつつ先へと進む。

足を進める速度を落とさずにいると、微かな啜り泣く声が聞こえて来た。

「……い。……いよ。……会いたいよ、お母さん……。」

小さな子供の切望する声。

ユリーベルは速度を早め、その声のする方へと進む。

はあはあと息を切らせながら全力疾走で直進すると、目の前がきらりと光を反射する。


薄暗い中、鉄格子の中に何十人もの子供がぎゅうぎゅうに押し入れられていた。

服とも呼べない布切れ一枚で肌を隠し泣きながら、その場に立ち尽くしたユリーベルを見つめる子供。

髪は短く切られ、肌は痣や生傷が残り。やせ細った体は骨がくっきりと浮かび上がっている。

「ここが……。」

生臭い匂いが充満する。

まるで牢獄の中に捉えられた罪人のような子供達の姿に、ユリーベルは目を細める。

それはまるで、未来の自分の姿にそっくりだった。

未来で、処刑を待つ、哀れな自分の姿が重なる。

「助けて……助けて……お姉ちゃん……」

ここまで見れば、もう何も言うことは無い。


——イザーク・イルナルガは腐っている。


こんないたいけな子供達を拉致し、オークションにかけ、自分は大儲けをしようだなんて。

今にも腸が煮えくり返りそうになりながら、ユリーベルはハルムンに頼み事をした。

「ハルムン。今すぐに屋敷に行くわよ。」

「はいよ。俺はお前の共犯者だ。何だってやってやるよ。」

ユリーベルはその場を去る前、鉄格子ごしに懇願する子供に手を伸ばしそっと掴んだ。


「待ってて。私がもうすぐで皆を解放してあげるから。」


涙で目を腫らした子供は、ぐすっと鼻水を啜りながらこくんと頷く。

「待ってる……待ってるね、お姉ちゃん。お願い、皆を助けて……!」

ええ、とユリーベルは固く頷き、くるりと振り返る。


「帝国に仇なすもの。全ての巨悪を討ち滅ぼす。それが——シュベルバルツの者としての責務よ。」



そしてユリーベルとハルムンは地下通路を戻り、いよいよイルナルガ邸の屋敷に乗り込んだ。

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