最終章 勇者たちの選択

第42話 最後の戦いへ

「日聖!」


 目を覚ますと既に空は明るかった。

 早朝に出発する予定だったのだが、恐らく疲れもあって寝過ぎてしまったのだろう。

 だが今はそんなことを悔やんでいる場合ではない、日聖がいなくなったことが1番の問題だ。


「靴がない……」


 少し部屋を見渡して柊彩は違和感に気がつく。

 果たして本当に疲れていたとして、敵が襲ってきたことにも気付かずに寝たままになるだろうか。

 いくら平和になって数年経ったとはいえ、長年のくせから何かあればすぐに起きるはず。

 それに靴がないのもおかしい、もし誰かが攫いにきたのならば恐らく日聖の身柄を拘束してすぐに逃亡を図るはずだ。


 ここから導き出される結論は──


「出ていったのか?自分から」


 柊彩は一度部屋に戻る。

 するとぐちゃぐちゃになったテーブルの上に、昨日は無かった1枚の手紙が置いてあった。




“勇者様へ


まずは最後のご挨拶を直接ではなく、このような形でお伝えしてしまいすみません。


紗凪さんのおかげで聖教会を脱出し、勇者様とお会いしてから今日に至るまで。

短い間ではありましたが、勇者様のアシスタントとして過ごす日々はとても楽しい日々でした。

お会いした勇者様の仲間の皆さんも素晴らしい方ばかりであり、私のことも『仲間』と言って良くしてくれて本当に嬉しかったです。


これ以上仲間を巻き込みたくはない、けど私のことを見捨てることもできない。

迷宮の中で勇者様は私にそう話してくれましたね。

実は少し前から私も同じことを考えていました。


私がこれまで共に過ごしてきて、勇者様が一番楽しそうにしている時は、いつも仲間の皆さんの誰かがそばにおられました。

勇者様にとって皆さんはかけがえのない大切な存在であり、皆さんにとっても勇者様は大切なのでしょう。


そんな皆さんをこれ以上私の問題には巻き込みたくないのです。

きっと私と共に皆さんのそばを離れたら、勇者様は一生後悔することになる、皆さんにも悲しい思いをさせてしまう、そんなこと私には耐えられません。


だからこの問題は私がなんとかします。

勇者様は何も気にしないでください、始めからこうあるべきだったのです。

これまでのことはすべて、私が勇者様を巻き込んでしまっただけなのですから。


勇者様は私のことなど忘れて、皆さんと共に新しい人生を歩んでください。

ずっと誰かのために戦い続けた勇者様が、これからはただ自分のためだけに生きて、笑って過ごしてほしい。

私は心からそう願っております。


最後になりますが、アシスタントとしてこんなにも楽しい時間を過ごさせていただき、本当にありがとうございました。

こんな私でも勇者様のお手伝いができたこと、心より嬉しく思います。

もう二度と会うことは無いでしょうが、聖女として最後まで祈り続けております。

勇者様たちの人生に、幸の多からんことを。


清月日聖”




「……あのバカ」


 日聖からの手紙を読んだ柊彩は、それをグジャグジャに握りしめ、破り捨てた。

 それはある種の決意表明であった。

 この手紙を最後の手紙にはさせない、彼女との最後の思い出になどさせはしない。


「気にするな?忘れろ?そんなことができたら、最初からお前を匿ってなんかねーよ」


 顔を上げた柊彩の瞳には強い決意が宿っていた。

 再び剣を腰に携え、戦いの準備を始める。


「お前の思い通りになると思うな、こんな状況も全部ひっくり返してやる。それを可能にしたのは日聖、お前なんだからな」


 そして最後にカメラを用意し、ゆっくりと配信開始のボタンに手を伸ばしていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その頃、都心3区にある聖教会本部にて。

 聖教会のトップである教皇と国のトップである総理大臣、その二名が密会を行なっていた。


「清月日聖が自ら来た、だと?」


「既に本人であることも確認し、現在は身柄を拘束している」


 聖教会側の報告を受けた大臣は頭を抱える。


「その反応はどうした」


「それだけなら嬉しいことなのだがな、昨日大変な事態が起きた」


「大変な事態?」


「Sランク迷宮『ベリアル』が何者かの手によって消滅させられた」


「なっ⁉︎」


 今度は教皇の方が驚き、椅子から立ち上がる。


「それでは計画は⁉︎」


「Sランク迷宮の兵器化に関しては失敗だ」


「なんだと⁉︎これまでどれだけ教会が魔物のコントロール技術に資金を提供したと思っている!リスクも大きかった、一度は清月日聖に察知されかけたほどだ!それが失敗に終わっただと!」


「落ち着け、技術自体は完成している。それは先の聖誕祭で証明したはずだ」


「Sランクと比べるとかなり質は劣るであろう」


「Aランクでも代替は可能だ、それに何より『新勇者計画』があるだろう」


 大臣の言葉を聞き、一度教皇は気持ちを落ち着かせる。

 そして椅子に座り、深呼吸してから話を続けた。


「確かにそうだ、だが旧き勇者、幸村柊彩はどうする?推測でしか無いが、Sランク迷宮を消滅させたのも恐らく奴だ」


「新しき勇者を使おう。清月日聖をすぐには処刑せずに餌として使い、幸村柊彩が暴れるのを防ぐ。とはいえ例えその状態であっても、勇者の処刑は簡単では無い」


「処刑の執行はを新しき勇者にやらせる、というわけか。良いだろう、清月日聖の処刑場の手筈はこちらで整える。その代わり計画の方は任せた」


「もちろんだ。これはまたとない好機、ここで幸村柊彩と清月日聖の処刑に成功すれば、もはや我々の計画は成功も同然だ。互いに慎重を期して、必ずややり遂げよう」

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