第35話 Sランク迷宮へ

 電車やバスを乗り継ぎつつ最後は徒歩で進み、半日かけて柊彩たちはSランク迷宮『ベリアル』の入り口に来ていた。

 ポツンと宙に浮かぶ異空間へのゲート、そこに一度足を踏み入れれば、その先には恐ろしき魔物たちが跋扈する地獄が広がっている。


「今から入るんですか?」


「まさか、さすがに体調を整えてからだ」


 既に夜も老けている、都内からここまで来たのだから当然ではあるのだが。


「さっさと飯食って寝ようぜ。バッドエンド」


「はいよ」


 バッドエンドはここまで背負ってきたイノシシを乱暴に降ろした。

 ここまで来る道中で偶然イノシシと遭遇した柊彩たちは、これを食べればいいと捕まえてここまで持ってきたのだ。


「ほ、本当に食べるんですね」


「当たり前、これは貴重な栄養源だから」


「大丈夫、すぐ慣れるわよ」


「おにくっ、おにくっ」


 社会機能がほぼ停止した中で旅をしていた柊彩たちにとってこれはなんてことないが、日聖からしてみれば驚きの光景である。


「じゃあ捌くねー」


 ただ実際に紫安が器用に調理した肉を食べてみたところ予想以上に美味しく、なんだかんだで満足のいく夕食となった。


 そしてその後は明日からの迷宮に備えて眠り、翌日──



「いよいよだな、準備はいいか?」


 十分な食事と睡眠をとり、体調は万全だった。


「いつでもいけるよ!」


「あ、そうだ。ちょっと待ってくれ」


 柊彩はそう言って鞄からカメラを取り出してセッティングを始める。


「配信するのですか?」


「いや、ただ動画だけ取ろうと思ってな。せっかくSランク迷宮に行くんだし記録が欲しいだろ?」


「どうやってやるの?」


「くっつくな!やりにくいだろ!」


 そう言いながらも無理に紗凪を振り払おうとはせず、録画を廃止する。


「これでオッケー、こんどこそ行くぞ!」


 そう言って柊彩はゲートの中へと飛び込む。

 一瞬周囲の景色が歪んだかと思うと、次の瞬間には目の前に巨大な竜が何頭もいた。


 敵の姿を視界に捉えると同時に、柊彩は腰の剣を抜いた。

 かと思うと竜は一頭残らず切り刻まれてしまった。


「ちょっと、何一人で先行してんのよ!」


 少し遅れてソフィたちが来た頃には既に片がついていた。


「いいだろ、先陣を切るくらい」


「次は俺にやらせろよな」


 続々と仲間が突入し、最後に紗凪が入ってくるなりこう言った。


「右に一歩動いて」


「こうか?」


「うん、そう」


 紗凪に言われて動いた直後、地面に闇が集まったかと思うと先ほどまで柊彩がいた場所に巨大な腕が現れた。

 かつてコラボ配信にて柊彩を引き摺り込んだあれである。

 だが今回は腕が伸びると同時に紗凪がそれを掴み、そのまま引っこ抜く。


 そして柊彩が真っ二つにし、あっさりと消えてしまった。


「ああ、これの存在忘れてた」


「確か前は第十階層まで行ったんだよねー?」


「正確にはその入り口だな、だから俺が行ったことあるのは第九階層までだ」


「じゃあそこまでは何があるか覚えてるの?」


「いや、ずっと雰囲気が似てたことしか覚えてねーわ」


「でしょうね」


 予想通りの返答に笑いつつ、ソフィは包帯とヘッドフォンを外す。

 ここの作りは入り組んだ遺跡のようになっており、視界の範囲内にもいくつかの曲がり角があって見通しは悪い。

 Sランク迷宮ともなれば角を曲がった先に魔物がいたり罠があったりする可能性も大いにあり、不用意に進むことはできない。


「バッドエンド、お願い」


「おうよ」


 バッドエンドは少し周りとの距離を取ったかと思うと、思い切り地面を殴る。

 そのあとソフィはその場にしゃがみ、両手の指を地面につけて目を閉じた。


「うん、わかったわ。しっかりいるわね、50は超えてるわよ。53ね」


 顔を上げたソフィは既にこの階層の構造と魔物の場所を理解していた。

 彼女の持つ超人的な感覚と聴覚を利用し、バッドエンドが殴った際に生じた衝撃の反射をソナーのように探知したのだ。


「どうするー?ゴールだけ目指す?」


「いや、全部やっていくぞ。外に出たら大変だからな」


「わかった!それじゃはやくいこ!」


 Sランク迷宮の魔物が53体、もしもそれが迷宮を出て今の日本に出現しようものなら、間違いなく隣接した都道府県は放棄せざるを得なくなる。

 それほどまでに強大な敵であっても柊彩たちの相手ではない。

 何せ今の柊彩はこれまでのように素手ではなく、かつて愛用していた剣を手にしているのだから。


「やっぱり勇者様って本当に強いんですね……」


 現れた魔物を次々と斬り伏せていく柊彩を見て、日聖は脱帽していた。

 ずっと近くにいた自分ですら柊彩の真の実力を見誤っていたと思い知る。


「まあまあってとこだよな」


 だが意外なことに、仲間たちはあまりそうは思っていないようであった。


「まあまあ、ですか?あれで……?」


「一概に決められるものではないけれど、柊彩はだいたい3番目」


「それくらいよね、今のアイツなら」


「とてもそうは思えませんが」


 そんな話をしているうちに、柊彩はこの階層にいた53体のモンスター全てを倒し切っていた。


「紗凪、現時点でわかっている最下層ってどれくらいだ?」


「今まで攻略されたAランク迷宮のうち、最も深い階層まであったものが第二十七階層。今まで人類が到達できたSランク階層は第七階層」


「3,40はあるって思った方がいいな。じゃあ急ごうぜ、なるべく早く帰りたいしよ」


「うん、つぎにいこー!」


 実質柊彩一人で第一階層を攻略し、一行は次の階へと向かう。

 遂に世界初のSランク迷宮攻略が始まったのである。

 

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