第21話 3人目の配信者

「マジで昨日の今日でやるのかよ」


「そうよ……って、あら、なかなか似合ってるじゃない」


 向こうが用意していた撮影用の衣装に着替えて控室で待機していると、部屋に来たソフィは柊彩を見るなりそう言った。

 彼女は逆にバッドエンドが用意したセット、つまりドゥースシャルルの服を着ている。

 だがやはりというべきか、トレードマークでもある包帯や眼帯は残っていた。


「それしたまま撮んのか?」


「そりゃそうよ、むしろアタシはこれのおかげで売れたんだけど」


「え、そうなの?」


「知らなかったの⁉︎街中でも結構見るはずよ」


 そう言われると確かにこの前街に出た際も腕に包帯をしていたり、眼帯だけつけていたり、ソフィのようなフルセットとはいかずともその一部を真似ていた人をよく見かけた気がする。


「なんかしらないけどこの格好がすごいウケたのよ、それで今は一躍インフルエンサーのカリスマモデルってわけ」


「へぇ、世の中何が起こるかわかんねーな」


 前衛的かつおしゃれなファッションとして、いまやこのソフィスタイルと呼ばれる包帯や眼帯を用いたファッションが日本では広く流行っている。


 だが当のソフィはおしゃれでその格好をしているわけではない。

 魔王討伐の際から事情によりこうした格好をしており、平和になってからもそのままでいただけなのだが、周りからはファッションと取られてしまい今に至る。


「そうよね、アタシもアンタが超有名配信者になってて、一緒に雑誌の表紙を飾るだなんて思ってなかったもの」


「間違いねーな」


 二人は顔を見合わせてどちらともなく笑った。


「そういえば日聖ちゃんは来てないのね」


「まぁ、いろいろ事務所の仕事もあってな」


 それは半分本当で、半分は嘘である。

 確かに事務所を立ち上げたことにより仕事は増えた、とはいえ配信者が柊彩と奏音の二人だけでスポンサーもバッドエンドだけのため、仕事など大した量はない上にいつでも終わる。


 しかし外出すれば見つかるリスクも増える、そのため日聖は自宅に残ると言ったのだ。

 柊彩としては今回も連れ出そうとしていたのだが、『撮影ならプロのソフィがいる時点で自分の出る幕はないから』と拒否されてしまった。


「忙しいのね、さすが有名配信者」

 

「俺はなんもしてねーよ、大変なことは全部日聖がやってくれてるしな」


「ホントいい子ねー。アンタも負けてられないんじゃない?」


「もちろん。さ、ちゃっちゃと撮影を終わらせますか」


「アタシの足引っ張んないでよ?」


「誰に言ってんだ、任せろ」


 そう自信満々に答えて撮影に向かう柊彩の背中は、かつての勇者の面影がそっくりそのまま残っていた。

 だが今回臨むのは柊彩が得意としていた戦闘ではなく雑誌の撮影なわけで──




「はい、表情固いよー。もっと自然に笑って」


「自然って、こうか……?」


「なにその顔、引き攣ってるじゃない!」


 柊彩の表情に耐えきれず、ソフィは腹を掲げて転げ回る。

 カッコつけた割に結果は散々で、柊彩はソフィにダメ出しされながら何度もリテイクを出していた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「はー、しんど!モデルって大変なんだな」


 不屈の精神で何度も写真を撮り直し、ようやくOKをもらえた柊彩は控室に帰るなり椅子に深く腰掛けた。


「アンタは素直だからあまり表情作るのとかは向いてないのかもね」


「じゃあなんでコラボに撮影を選んだんだよ」


「いいじゃない、楽しかったでしょ?」


「まーな。にしてもさすがカリスマモデル、凄かったな」


 撮影に苦しむ横でソフィはあっさりとOKをもらっていた。

 それだけでなく二人で撮る際には柊彩に合わせてポーズや表情を変え、何度も付き合ってくれたのだ。


「これが仕事だもの。それに、誰かさんのおかげで上手くなったのよ。表情を隠すのも、作るのもね」


「誰のせいなんだ?」


「さーね、誰でしょう」


 包帯の巻かれた指を口的に持っていき、イタズラっぽく笑う。

 その表情はモデルの時とは違い、年相応の少女のそれであった。


「それよりこれで仕事終わったんだし、着替え終わったら外きてよ。待ってるから」


 そう言ってソフィは手をひらひらと振り、控室を後にする。

 特にこの後の予定がない柊彩は言われた通り着替えながら、日聖に何通かメッセージを送っていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「あら、思ったより遅かったわね」


「悪いな、少しやることあって」


「いいわよ、気にしてないから。ほい」


 柊彩はソフィから投げ渡されたペットボトルのお茶を受け取ると、その半分くらいを一気に飲み干す。

 季節もそろそろ夏の始まり、外にいると額に汗がじわりと滲むようになってきた。


「さんきゅ、それよりホントさっきのお前は凄かったな。褒められっぱなしだった」


 今回は表紙のツーショット以外にも、それぞれ雑誌の途中で使われるワンショットも撮った。

 当然こちらも柊彩は苦労したのだが、ソフィはカメラマンに絶賛されつつあっという間に終わらせていた。


「言われてたな、季節にぴったりの眩しい笑顔だって」


「そりゃそうよ、だって今日の撮影は今までで一番楽しかったもの」



「そっか、なあソフィ」


 そう切り出して右手を差し出す柊彩の顔は至って真剣だった。


「やっぱり俺の仲間はお前しか考えられない、一緒に来てくれないか?」


 柊彩がそう問いかけると静寂が訪れる。

 そして一陣の風が二人の間を通り抜けた後、ソフィは風に靡く髪を手で押さえながら笑った。


「なに、ヘッドハンティング?」


「そういや日聖もそんなこと言ってたっけな」

 

 そう、柊彩が先ほど着替えに時間がかかったのもこれが原因である。

 バッドエンドが募集していたモデルの候補はソフィしかいない、その旨を送ったところ、日聖は一応準備は進めると答えてくれた。


「もう話進めてるんだ、ホント行動力はピカイチね」


 ソフィはやや呆れたように笑ったが、既に柊彩は彼女の答えを確信していた。

 共に魔王を倒した仲間の絆は、何よりも強固なのだから。


「もちろんよ。アタシがアンタの誘いを断るわけがないでしょ」


 ソフィは笑って柊彩の手を取る。


「そのかわり、アタシを連れて行きなさいよ」


「どこにだよ。モデルの頂点か?トップ配信者か?」


「そんなの自分で行くわ。アタシが言ってるのは星の見える丘よ」


「そんなことか。当たり前だろ、約束したんだからよ」


「よし!ならモデルでも配信でもメイクでもアタシに任せなさい。カリスマモデルのアタシがアンタの事務所をもっと大きくしてあげるわ!」


 ソフィ・ブリジオン、かつての勇者の仲間がまた一人、新たな事務所の仲間に加わった。

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