第19話 来訪者

 コラボの提案、それ自体はわかった。

 だがソフィはあくまで事務所に所属しているモデルの一人、そう簡単に決められる話なのかと首を傾げる。


「そんな決定権、ソフィにあんのか?」


「ないわよ、あるなら上層部。だけど話題のアンタたちとって話ならまずOKが出るわ。新規事業で配信の方にも手を出すかって話もあるしね」


「へえ、そりゃまたタイミングが良いな」


「そもそもアタシの提案なら事務所もそう断れないわ、断トツの稼ぎ頭だし」


 冗談めかして笑うソフィを見て、柊彩は思い出してしまった。

 彼女はワガママな上に頭も切れるので昔はよく手玉に取られていたことを。


「アンタにとっても悪くない話でしょ?なんか配信の内容困ってそうだし」


「ゔ、なんでわかんだよ」


「勘よ、アタシの“第六感”ってやつ」


「相変わらずよく当たるな」


 やっぱり敵わないな、と思いながらその提案をありがたく受け入れることにした。


「いいよ、こっちとしてはコラボは歓迎だ。詳しい話は俺一人じゃ決められねーからまた今度ってなるけどな」


「それでいいわよ、アタシも一回この話は上に通さないといけないし。にしても……」


 ソフィは突然ニヤニヤし始めたかと思うと、部屋の中を見渡している。


「なに、アンタ彼女でもできたわけ?」


「かっ、ちげーよ!」


 そんな柊彩の言葉には耳を傾けず、ソフィは部屋の物色を始めた。

 最低限ギリギリのデリカシーは備えているのか隅から隅までというわけではないが、洗面所の歯ブラシや化粧水などの、いわゆる『女の痕跡』というやつを探し回っている。


「ふーん。じゃあ彼女じゃないのに同棲、ねぇ」


「話すと長くなるけどちゃんと理由があるんだよ、深刻でしっかりしたやつがな」


「一緒に寝てるの?」


「んなわけあるか!俺は布団、日聖がベッドだ」


「そうよね!あーよかった!」


 そう言ってソフィは無遠慮に布団に腰を下ろす。


「最初ベッドに座ろうと思ったけど、そうじゃないかと思ってやめたのよ」


 ちゃんと配慮してあげましたと言わんばかりの誇らしげな顔をしているが、堂々と人の布団に座るあたりやっぱりデリカシーはない。

 なんてことを口にしようものなら余計に面倒なことになりそうなので、柊彩は言葉を飲み込んだ。


「ていうかなんで嬉しそうなんだ」


「え、そんなことないわよ!気のせいでしょ!」


 そうは言うものの明らかに頬は緩んでいた。

 さっき家の中を物色していた時なんて、口調の割に目はギラついていたというのに。

 

「それよりもっと聞かせてよ、その日聖ちゃんのこと、って……」


 かと思うとその顔はますます青ざめていく。

 コロコロ顔色変わっておもしろいやつだな、なんて考えていたのも束の間。


「もしかして聖女様……?」


「そうだけど」


「はぁっ⁉︎」


 今度は勢いよく胸ぐらを掴まれ、そのまま押し倒されてしまった。


「アンタまさか大罪人になったってわけ⁉︎」


「いやだから複雑な事情があるんだって!」


「どんな事情があったって良いわけないでしょ!」


「ああもう、一旦落ち着け!」


 ソフィは勘違いから興奮しており、このままでは話が通じそうにもない。

 痺れを切らした柊彩は力でソフィを押し返すと、そのまま立場を入れ替えて両手を抑えながら覆い被さる。


「別に俺が攫ったとかじゃなくて──」


「たっだいまー!」


「ただいま帰りまし……」


 なんとタイミングの悪いことだろうか、ちょうどある程度手伝いと話し合いを終えた日聖が帰って来た、道中で出会した奏音も連れて来ている。

 

 だが廊下の先のワンルームに見たものは、驚いた様子でこちらを見る柊彩と初めて見る少女。

 二人はどういうわけか顔が赤く(さっきまで言い合っていたため)、衣服も乱れており(取っ組み合っていたため)、何よりも柊彩が少女を押し倒している。


 それだけで日聖は事情を察した。


「奏音ちゃん、見ちゃだめです!」


 日聖は慌てて奏音の両手を手で塞ぎ、自身も精一杯顔を背ける。


「日聖ちゃん、どうしたの?」


「す、すみません。お邪魔してしまいました、また後で伺いますので」


「お、おい待て、絶対誤解してるから」


「どうぞお楽しみください!失礼しました!」


 日聖は顔を赤くしながら、奏音を抱き上げて家を飛び出していった。


「やばい、とんでもないことなった!すぐ追いかけるぞ!」


 間違いなく誤解されてしまった。

 大慌てで日聖を追いかけようとする柊彩であったが、なぜかソフィからの返事はない。


「おい、なにしてんだよ、って……」


 よく見ると彼女は頭から湯気が昇ってきそうなほどに顔を真っ赤にして呆けていた。

 

「な、なによ……」


 顔を背け、しかし目だけはこちらに向けつつ、ソフィは震える声でそう言った。


「あーもう!なんでこうなるんだよ!」


 せっかくの休みだったというのに、なぜこうも色々と問題ばかりが増えていくのか。

 そんな柊彩の嘆きに応えてくれたのは、隣の部屋からの壁ドンだけであった。

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