第3話 謎のメッセージ

「もっと大きな騒ぎにならねーといいんだが……」


 サーバーエラーで落ちた配信を終了し、スマホをベッドに放り投げる。


 しばらく配信はできそうにない、騒ぎをどうにかする方法はまた後で考えることにしよう。

 そう気持ちを切り替え、昼食のために戸棚を開ける。

 そこで食べるものがないことに気がついた。


「うわ……」


 余裕があるわけではないがお金はある、なんなら今の配信で不本意ながらもかなり稼げたので買いに行けばいい。

 ただ問題は、今外出して顔を見られたら大騒ぎになる可能性があるということ。

 これ以上厄介ごとを増やさないためにも、ここは何か注文して家まで届けてもらうのが良いだろう。


 そう思い放り投げたスマホを再び手に取ったその時であった。


 今なお続くSNSの通知、その中の一つが柊彩の目に止まった。


「『助けてください』?」


 コラボの誘いやインタビューのお願いばかりの中、なぜか一つだけそんなメッセージが来ていた。

 あまりにも異質だったからだろうか、それとも勇者の性分のせいだろうか。

 柊彩は画面をタップし、そのメッセージを開いた。


 件名で目を惹こうとしただけのおふざけかもしれない、そう考えていたものの、内容は至って真面目であった。

 詳しい内容はメッセージでは言えないが、どうしても困っていることがあって勇者である柊彩に会って話を聞いてほしい、というもの。


 特に文面におかしなところはないのだが、読み進めていくうちにだんだんと違和感を覚える。


「コイツ、いったい何者なんだ?」


 向こうは柊彩と会うために集合場所と時間を提示してきていた。

 ただその場所は柊彩の住むアパートの最寄駅、そして時間は今日の夜、都心からこちらに向かう終電が到着する時刻であった。


 明らかに怪しいメッセージ、だが無視するわけにはいかない。

 現在柊彩が住んでいる場所は、都会からは少し離れた日本中どこにでもあるような住宅街の一つ。

 当てずっぽうで最寄駅を集合場所に指定することはほぼ不可能、つまり向こうはなんらかの方法で柊彩の住所を特定している。


 集合時間を終電の時刻に設定しているのもわざとだろう。

 普通誰かと会う時にこんな遅い時間を指定するなんて非常識、断られる可能性が高い。

 だが今の柊彩は極力人目につくのを避けたい、そのためむしろ終電くらい遅い時間の方が誰かと会いやすいのだ。


 こちらの事情を考慮した上で場所と時間を指定している。

 かなり余裕が感じられ、本当に助けを求めようとしているのかは定かではないが、一度会ってみるべきだろう。

 

 何よりも、そのメッセージの最後に書かれた一言。


『星の見える丘で待っています』


 これまた助けを求める人が書くとは思えない、やけにロマンチックな文章。

 ただそれが言葉通りの意味ではないことに柊彩は気づいていた。


 あれはいつだったか、まだ勇者として魔王討伐の旅をしていた頃の話。

 ある日、柊彩たちは小高い丘で野宿をすることになった。

 そしてその日は空に雲ひとつなく、夜空には満点の星空が広がっていた。


 戦いを忘れてしまいそうなほど幻想的な時間を過ごす中、柊彩は仲間たちに向けてこう言ったのだ。

 『いつか魔王を倒して平和を取り戻したら、みんなでまたここに来て星を見よう』と。


 残念ながらまだその約束は果たされてない、だがこの一文はあの日の答え、柊彩だけに伝わるメッセージだ。

 これが柊彩の背中を後押しし、謎のメッセージを信じてみることにしたのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その日の夜、柊彩は少しでも正体がバレないようにとマスクをして、終電の時間に合わせて最寄駅へと向かった。


 まだあのメッセージを完全に信用したわけではない、何か裏がある可能性も考えて十分に警戒している。

 だが道中は特に何もなく、気がつけば幾つかの街頭が照らすだけの静かな駅に着いてしまった。


「ただのイタズラか、それとも何かの罠か……」


「どっちでもありませんよ」


 ふとこぼした独り言に誰かが答える、その透き通った綺麗な声には聞き覚えがあった。


 振り返ると、そこには長い黒髪が特徴的な美少女がいた。

 白いシャツにネイビーのロングスカート、足元には茶色いブーツと今まで見たことがない格好をしている。

 だがそれでも彼女を忘れるわけがなかった。


「あれを送ってきたのはお前だったのか、紗凪さな。久しぶりだな」


 彼女の名は氷上ひかみ紗凪さな、かつて柊彩とともに魔王討伐の旅をしていた一人である。


「ええ、2年と313日ぶりです」


「相変わらずだな」


 柊彩はフッと笑って言う。

 この日、柊彩は魔王を倒したあの日以来、初めてかつての仲間と再会を果たしたのであった。

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