Case3-24 少女

 少女はここ半年間、母に見送られながら、一人で無人のオートタクシーに乗って保育施設に通い、先生に見送られながら、また一人で研究所に帰る――そんな日々を過ごしていた。


 きっかけは、研究所に引っ越すよりも少し前。母の携わっている研究がある日をさかいに急激な進歩を見せたことが理由だ。少女の言い分を借りるならば、「お母さんのお仕事がいそがしくなって、家にも帰れなくなるから!」と言ったところか。


 少女の母にとっては、悩んだ末とはいえ、他に選びようのない選択であった。

 保育施設に預けるのにも限界があるのはもちろん、何よりかのトラウマによって不安定になってしまった娘との時間がこれ以上減るのは、なるべく避けたいことだった。そうなると、忙訪ぼうほうの間は、少女と一緒に研究所の宿舎ブースへと生活の場を移すという決断は決して悪くはなかった。

 事実そのおかげで、一日の中で幾度か訪れるご飯時や、眠りにつくまでのひとときと、母娘二人は、家にいたままではおそらく失ってしまっていた時間を共に過ごすことができた。


 そして、研究所には人がいっぱいだ。少女が『一人』になることはなかったし、素敵なことに母以外にも少女に優しくしてくれる大人達はちゃんといた。

 土日のエントランスホールで、警備員のおじさんや、いかにもインドアな研究者達とかけっこをする元気な女の子の存在は、所内で少しばかり有名になっていた。


 しかし、

 何が少女にまとわりついているのか、再び不穏が首をもたげる。

 今まさに研究所では、よからぬ事態が起きているようだった。

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