4-5 ファイナルフェーズ①

 火炎放射器を持たない左腕から瞋恚の炎が猛々しく燃え上がり、暗い研究所を明るく照らす。

 キソラの感情に合わせて昂る炎は空気中の水分を吹き飛ばし、余剰の熱が地面を焦がしていく。


「キ、キソラ……? 大丈夫なの……?」


 訓練課程ではアステリア見たことのない炎の質量。タガが外れた様にしか思えないそれは、キソラが初めて覚醒した時をどうしても思い出させる。

 あの時のキソラはロクな思考能力を持たず、本能に従うのみだったが——


「うん、大丈夫だよリア。自分でも驚くくらい頭はスッキリしてるから。リアはお母さんを守ってて」


 ミステリオの所業に燃え滾る心は思考までも燃やし尽くしている。

 それでも訓練のたまものか、逆にクリアになった思考に炎の制御を任せ、それを向けるべき対象をきちんと定めていた。

 鋭くなった空色の双眸がミステリオとヴァリアントを睨みつけている。

 けれど、そんなキソラとは真逆にミステリオの表情は満面の笑みを浮かべていた。


「素晴らしい……、素晴らしい……!! よもや、再会が叶うばかりでなく覚醒状態の完成体に出会えるとは!! こんなにも嬉しい日を迎えたのは、貴女が誕生した時以来ですよ!!」

「それはどうも。キミに嬉しく思ってもらっても、こっちは鳥肌が立つだけだけどね」


 わなわなと体を震わせるミステリオの姿は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供の様だった。

 それを冷徹な視線でキソラは返す。炎によって熱されたこの空間で寒気を感じる様に肌をさするその動きは、ミステリオに対する心からの不快感によるものだった。


「そう邪険にしなくてもいいではありませんか。貴女は我輩がいなければ生まれなかった存在。いわば我が輩は貴女の親で——」

「キミが親? ふざけないで! 私の親はお母さんだけだ!!」


 キソラは膨れ上がった炎をミステリオに向かって放射。

 地を焦がしながら流れる炎は、その熱だけで焼き焦がす勢いだがミステリオの歓喜の表情は変わらない。

 寸前でヴァリアントの一体が盾の様に割り込み、目の前でヴァリアントの命が削れるところを見てもその視線に恐怖はない。


「まったく……。創造主に反抗するなんて、一体どんな調教しつけをされたらそんなことをするのでしょうね。よろしい、研究ついでです。貴女は我が輩の最大の駒として再調教してあげましょう」


 呆れた様にかぶりを振ると、ミステリオは眦を鋭くさせて指示を放つ。


「二号、四号、そして九号。いつまでも無様な姿を見せていないで、今すぐ彼女を生きたまま捕えなさい。生きてさえいればそれでいいので、それ以外は自由にやって問題ないです」


 燃えていた一体九号が身体を激しく震わせると、その余波で炎が消し飛んだ。炎から現れた九号は無傷ではなかったが、微生物を蠕動させると脱皮するかの如く身体は蘇った。


「さて、これから我が輩は猛攻撃を仕掛けます。なのでK-3614号、数多の被験体の果てに手に入れた力、我が輩に魅せてくださいね! さすれば調教したのち優しく愛でてあげますから!」

「気持ち悪いなぁ!!」


 地面を砕き、駆け上がって来る三体のヴァリアント。三方向に散らばり、囲うように動いてキソラの逃げ場を失わせようとしていた。

 それを防ごうと、火炎放射器も使って双方に炎を放つが、恐怖心もなくミステリオの指示を完遂する為だけに動く奴らは止まらない。


「チッ……! なら……!」


 それを認識すると、咄嗟にキソラは床を踏み砕き、宙に浮いた複数の瓦礫をヴァリアントたちに向かって蹴り放つ。

 砲弾の如く超加速して放たれたそれは、ヴァリアントの身体に着弾すると同時にその巨躯を吹き飛ばした。


「よし! 思った通り!」


 距離が離れ、倒れるヴァリアントを見て喜ぶ。

 この世界の構造物は全て超万能培養細胞ハピリスによるもの。本来なら腐蝕の塊であるヴァリアントに向かってその瓦礫を放ったところで腐って落ちるだけ。

 だが、これまでも【コロージョン】によって構造物の一部が腐ったことはあったが、触れた瞬間に全体が腐った事例はない。

 つまり、自然経過による朽廃ならともかく、人工的による腐蝕には一瞬にして物を完全に腐らせる力はないということだ。

 そしてここは、第一次腐蝕事変の中心地。普通なら全損しててもおかしくないというのに、ここまで建物の原型を留めているということはC機関によるなんらかの特別製なのだろう。

 それを見抜き、炎以外でヴァリアントに物理攻撃を与えることが出来たのだ。


「おおっ、素晴らしい判断力と洞察力……! やはり覚醒状態。脳の回転も速いみたいですね」

「ダメージが効いてるかはまた別問題だけどね。それでも対抗手段が炎以外にあるのなら……」

「ええ、貴女が取った行動に間違いはありませんよ。——ですが、発想力だけはどうやら無いようだ」

「キソラッ!!」


 悲鳴にも似たアステリアのつんざく声が耳に届くと、キソラは咄嗟に大きく体を傾かせる。

 同時に、地面から腐蝕が蠢く巨大な『手』が勢いよくせり上がりキソラの眼前を通り過ぎた。


「こ……の……! なんで……!」


 『手』の発生源は、離れていたはずのヴァリアントの巨大な腕。地面に手を付けていたヴァリアントは体内の微生物腐蝕を床に侵食させ、侵食部分を意のままに操っていたのだ。


「ここの建造物の素材が特別製ということを見抜き、ヴァリアントに通じると考えたまでは良かったですよ。ただ、だからお忘れになったのでしょうか? 特別製とはいえ、その根幹は超万能培養細胞ハピリスであることに変わりはないのです。ならばこちらも利用できるのですよ」


 次々と脈絡なく発生する『手』を直感頼りでキソラは躱していく。

 少しずつアステリア達と距離を離されていくのも分かっているが動きを変えられそうにない。

 縦横無尽。下から突きあがってくるのを避けたと思えば、『手』は急激に動きを変えて四方八方、頭上から降り注いでくる。


「はぁはぁ……! しつっ……こい!!」


 襲い掛かる『手』の幕の中でもまだ薄いところに向かって火炎放射器を投げる。そこに向かって、今出せる最大の火力を放出。

 燃料を使って火力の底上げをし、『手』幕に穴を空けてそこに飛び込んだ。


「はい、チェックメイト」

「——ッ!!」


 穴の先には、拳を握って待っているヴァリアントの本体が。飛び出てきたキソラにドンピシャのタイミングで合わせ、その巨腕をキソラに叩きつけた。

 咄嗟に腕をクロスにして守るが、それも焼け石に水。

 隊服が腐蝕の侵食を少なからず抑えるも、完全じゃない。

 キソラの腕は腐蝕に侵され、全てを破壊し尽くさんとする巨腕の衝撃によって穴の開いた天井付近まで吹き飛ばされた。

 それと同時、また別の個体が宙へと飛び上がっており、キソラの身体を研究所の外へと蹴り飛ばした。


「かはっ……!!」


 モロに攻撃を食らい、思わず血反吐を吐く。それに容赦なくヴァリアントは吹き飛んだキソラを追撃せんと研究所から姿を消した。


「キソラッ!!?」

「待ってキョウカ!!」


 強制的に分断されたキソラを心配してキョウカが動こうとするが、それをアステリアは腕を掴んで止める。


「落ち着いてキョウカ。キソラなら大丈夫。むしろ、私たちから離れたことで火力の制限がなくなったんだから三体いても問題ないわ。今は彼女の邪魔をせず、強個体を引き付けてくれている間に任務をさっさと遂行のが先決よ」

「え、えぇ……。ごめんなさい。すぐに切り替えるわ」

「彼女の言う通りですよキョウカさん。せっかくの感動の再会なんですから邪魔しないであげましょう。彼女にとって奴らは弟か妹みたいな存在なのですから。まぁ元になった個体の性別は知りませんがね」

「ゲスが……!」


 命に対してどこまでも無頓着。壊れたおもちゃを捨てる子供の如く、ミステリオの意識の中にヴァリアントは入れられていなかった。

 

「それにしても、たった数名程度でここに乗り込んでくるとは。目的は大方『コロージョン』を止めるつもりなのでしょう。手段はおそらくL・A・Rの完成形を打ち込むと言ったところですか。まぁ我が輩でも出来なかったことができるとは思えませんがね」


 浅はかな考えは全てお見通しと、出来の悪い生徒を馬鹿にするかの様に失望した視線をミステリオは向ける。

 それを受け、アステリアは睨み返した。


「それがなに? 出来なかったってことは諦めたってことでしょう? そんな情けない奴にとやかく言われる筋合いはないわ!」

「理想だけを見て現実を見ないのは愚の骨頂ですよ。貴女の父親ならいざしらず、ただの娘と助手でしかなかった彼女だけで何が出来るというのですか」


 やれやれと、疲れた様に溜息を吐くミステリオ。

 だが、今度は怒りに飲まれたりしない。瞼を閉じ、深呼吸して一拍。覚醒の力を解放させる。

 金色の双眸が輝き、纏う電気が激しく火花を散らした。

 それを見て、ミステリオが目に見えて狼狽えた。


「それは……!? なぜ貴女が……!?」

「出来るかどうかは関係ない。私たちはこの世界を救うために、あらゆる手段を尽くしてやり遂げるだけ。その為の希望が今、ここには確かにあるんだから——」

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