34:帰り道
集団下校。
主に小学校において、児童が一定以上の規模の集団となって一緒に通学路を下校すること。登下校時の児童の安全を確保する目的で行われる。
WEBをググると概ねこんな文言が出てくる。目的は交通事故回避や事件の巻き込まれ防止で、集団で移動することでリスクを低減するのだ。
これが高校生ともなると〝連む〟と称し、同性同士だと同好の士による遊びが主目的となり、異性が絡むと恋愛ごとが加味されることが多々ある。
何が言いたいのかというと、僕は森小路センパイと一緒に帰宅中。守口センパイや滝井もセットで付いてきているけど、そこはまあそういうことで。
*
校門を出て17軒目、時間にして2分と15秒が経ったころ。
「暗い! 暗いわよ!」
急に立ち止まると、守口が突然キレた。
「せっかくの帰り道なのに、何で全員揃って無言の行進になるの?」
男女ダブルカップルの下校にもかかわらず、まるで葬儀のよう列のような無言の行進に、辛気臭いと守口が異を唱えたのである。
即座に反応したのは滝井。
可愛げもないのに唇を尖らし「だって」とふて腐るように言い返す。
「危ないし見苦しいから「落ち着きなさい」ってセンパイが叱ったから」
だから大人しくしていたのにと言い訳すると、眉間に青筋を立てながら「黙らっしゃい!」と守口の雷が落ちる。
「歩道のど真ん中で踊ってりゃ怒りもするわよ!」
「まあ滝井はバカですから」
フォローしたつもりで割って入ると、今度は「千林クン。アンタにもひと言、文句を言いたいのよ!」とブーメランよろしく不満の矛先が典弘に向かった。
「瑞稀を相手に気後れしているのかも知れないけど、バカみたいに3歩下がったところを殿軍よろしく付いてくるって何なの? わざわざ演劇部に入ったのに、瑞稀を狙ってないの?」
それも直球も直球。ストレートど真ん中に、矢のような剛速球を投げ込んできたのだ。
正直これには面食らう。
好意があるとはいえ、典弘はリアリスト。他の新入部員のように脳味噌ピンクではないし、当人を前に暴露するほど強メンタルも持っていない。
「僕だって男だから、そりゃ意識はしますよ」
「だったら、もっとアピールしたら」
ガンガン攻めたら? と煽る守口に「自己中な押し売りはダメでしょう」とやんわりと拒否。
「でも、森小路センパイは美人だから、そういう気持ちもありますよ」
お茶を濁してそれとなく好意を伝えると、何故か瑞稀が「あう~っ」と顔を真っ赤にしながら呻いて立ち止まる。
小柄な体躯と相まってその仕草はバツグンに可愛いが、こんなところで立ち止まられたら往来の邪魔。照れる瑞稀を守口が「アンタはタコなの?」と呆れたようにツッコミを入れる。
「このままだと通行の妨げになっちゃうので、早いとこ駅に移動しましょう」
油を売っていないでさっさと帰ろうと言っただけなのに、すれ違いざま守口から「このヘタレ」と表情ひとつ変えずに小声で罵られる。
罵るのは守口だけじゃない。先導していた滝井までもが、わざわざ引き返してきて「このチキン野郎が」と同じく小声で汚い言葉を浴びせてくる。
「せっかく千載一遇のチャンスを貰っているのに、声のひとつもかけられないってどんな純情野郎だ? 小学生でもうチョット、スマートに立ち回るぞ」
典弘の耳を引っ張るように滝井が忠告というか諫言してくる。
もっと積極的に行けという意見はもっともだが、典弘のすぐ傍でアワアワとしている瑞稀の様子を視線で示して「できると思うか?」と冷静に訊き返す。
滝井が視線を合わせて沈黙すること約5秒。
「……ムリだな……」
ゆっくりと首を振って典弘に同意する。
「あの極端な人見知りというか、ほとんどコミュ障な性格を何とかしないことには、ふつうに会話することすらままならんよな」
「だろう」
偶然とはいえ学校外でも何度か会ったから分かる。瑞稀の人見知りは筋金入りで、これを何とかしないことには、付き合う以前に告白すらまともに出来やしないだろう。
「真っ当な社会生活は送っているから、コミュ障ではないと思うけどな」
先日の買い物している様子を見るにつけ、至ってまともな常識や価値観は持っているようなので、お店なんかでの受け答えはふつうに出来ているようだ。
要は買い物のようなビジネスライクな対応は問題なく、個人の突っ込んだ会話になると親しい相手以外まるでダメなのだろう。
「なるほど。そういうことなら性急すぎない程度にガンバレや」
物分かりの良いバカはそう言うと、典弘の背中をバシリと叩き再び最前列に駆けていく。その上で忠犬ヨロシク守口に何やら耳打ち。
耳を傾けた守口が時おり「ふむふむ」と相づちを打つと「……というようなことを提案したいのです」と何やらプレゼンテーションを持ちかけていた。
「なるほどね。それは面白そうだわ」
守口の口角が持ち上がり「ふふ」と意味深な笑みを浮かべる。
正統派美女の微笑なのに、どう見ても悪だくみとしか思えず、典弘の第六感が「このまま見過ごすな」と警鐘を鳴らすのであった。
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