15:インターバル(世間では寄り道という)
画面上の投手のウォームアップと連動して射出口から速球が放たれる。時速は120kmだから、いいところ草野球のちょっと早い球レベルか?
「そいやー!」
かけ声とともに繰り出したバットに白球が弾かれると、バックスクリーン(というか回収所)に消えて画面に『ホームラン』の文字がでかでかと現れる。
「よっしゃー! これで3球目」
って、僕は何をしているのかって? 見ての通りバッティングセンターでバットを振っています。
ちなみに隣のレーンでは滝井が軟球とはいえ、プロ野球でもまずお目にかからない〝時速170㎞〟の剛速球を次々とヒットさせている。
バケモノか? アイツは……
*
部活初日ということもあり、演劇部の部活動は本当に部員銘々の自己紹介だけで終わった。結果、中身が薄すぎて誰が誰だかさっぱり分からないという、自己紹介の趣旨を疑うような内容になったのは皮肉だがそこは気にするところじゃない。
守口曰く「今日のところは顔合わせが目的だからね」とのことで、本当に自己紹介だけで初日の部活を終了させてしまった。活動時間は最初の手続きのごたごたを入れても1時間に満たず、当然ながら下校時間になっていないし陽もまだ高いまま。急な解散で時間を持て余した滝井に「身体が鈍る、付き合え」と、半ば強引にバッティングセンターに引っ張り込まれて今に至るのである。
続けざまに3セット60球を打ち終わったところで「少しはスッキリしたか?」と、典弘を拉致った滝井が気持ち悪い笑顔を貼り付けながら尋ねてくる。
「ハイハイ。おかげさまで、スッキリしましたとも」
投げやりに返事をすると「それは良かった」と滝井も満足げ。高校ではテニスは部活はしないで趣味レベルで留めると公言したとはいえ、体力は売るほど有り余っている体育会系バカである。部活で持て余した鬱憤をバッティングセンターでようやく解消できたのだろう。
「こっちもストレス発散できた。〝脚が悪い森小路センパイなら、オレでも〟みたいな不純な動機で半分ストーカーじみた、陰キャ連中とは慣れ合いたくなかったからな」
「陰キャは内向的な性格の別称であって、ストーカーまがいな行為とは別物だぞ」
連中は不純な動機が露骨すぎる上に根が暗いのだ。森小路センパイをお得な瑕疵物件だとでも思ってかやたら気安く絡んできたり挙句「お付き合いしてあげる」などと、上から目線の交際申し込みをするバカがいたりと空気を読まないにも程がある。
いちおう目上のセンパイを立ててか口調こそ丁寧だったが、どいつもこいつも演劇部への入部をナンパの免罪符に考えているような節のある自己中の団体さん。こういう輩を陰キャと呼んだら本当の陰キャの方々が気分を害すのは必定。
「全国の陰キャの皆さんに謝りなさい」
典弘が窘めると滝井が素直に「ゴメンなさい」と謝罪する。どこに向かって謝っているのかは不明だが……
「あの連中と同列にされたくないは僕も同意だから、引っ張ってきてくれてよかったと思うよ。バットを振り回してストレス発散もできたし」
「ストレス発散は同感だけど、財布の中身まで発散させたのは誤算だった」
「調子乗って5セットもするからだ!」
誘ったのはオマエだろう! という文句はグッと押し込んで、呆れ半分に諫言する。
いくらバッティングセンターのプレイ料金が良心的といっても、数をこなせば財布にだって優しくなくなる。バイトもしていない高校生にとって、遊興費のみで3桁の出費はそりゃ痛かろう。
「返す言葉も無いな。月半ばにして、もう金欠が始まりそうだ」
残りの小遣いを日数割りしたのだろう。滝井が悲痛な顔をしながら呻くが、そこまで深刻な事態か?
「ちょっと散財したとは思うけど、金欠になるほどではなかろうに?」
いくら何でも小学生じゃないのだから、そこまで酷くはならんだろうと尋ねたら「買い食いができなくなる」と、エンゲル係数の多さから財布のヒモが危機的なんだよとカミングアウト。
「なら買い食いを止めたら?」
夕食まで我慢をすれば不要な出費。一番手っ取り早い倹約術だろうと言った途端「オレに死ねというのか!」と逆に噛みつかれた。
「こちとら育ち盛りな高校男子だぞ! 心技体共に育む大事な時期に、1日3食ぽっちで満足できると思うか? 絶対にムリだーっ!」
「いやいや、そんなに力説するようなモノか」
というか体はともかく心と技がって何だよ? オマエの精神はジャンクフードで育つのか?
「だったらバイパス沿いにあるディスカウントスーパーの総菜コーナーに行ってみろ。コンビニよりもずっとお安く買うことができるぞ」
典弘の提案に滝井が「それは盲点だった」と手を叩くと、善は急げとばかりに「早速使ってみる」とお店目指して駆けだしたのである。
しかし、マジで即行動をするかね?
いくらコンビニより総菜の値段が安いとはいえ、ここからディスカウントスーパーまで3キロ近く離れている。大量に買うのならまだしも、滝井の小遣い程度の量では到底割に合わないと思うのだが、それは典弘が考えることでもないか。
「帰ろっか」
ひとりで残っていてもしょうがない、典弘も回れ右して帰宅の途に就くことにしたのであった。
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