絶対痛い奴②

 津野読高校、漫研部部室にて。


「第一回、激痛ポエムバトルぅ~!」

「第二回は絶対にありませんけどね!?」


 私、こと超絶美少女水谷穂香ちゃんの所属先をめぐって、文芸部の市ノ瀬先輩がヤバい勝負を仕掛けてきた。超絶美少女は冗談だけど、ヤバい先輩はマジで冗談ではない。


「ルールはほとんど無いわ。ただ、私とサユリちゃん、どちらがより痛くてきついポエムを詠めるかというバトルよ!判者は」

「私ですよね。先攻後攻はどう決めるんですか?」

「じゃんけんで勝った方が選ぶわ。そして、ポエムバトルは三本先取で勝利よ。」

「最大五回戦まであるじゃん!?」

「ええ。だから、ルール説明は以上。さっさと始めるわよ!」

「どこまでも勝手だこの人~。」


 じゃんけんの結果は先輩の勝ちで、後攻を選んだ。つまり記念すべき最初のポエムを詠むのは小百合となった。


「ええええ。……痛いポエム?お題とかってあるんですか?」

「あっても良いわね。その場合、判者がお題を提示することにしましょう。」

「穂香、良いお題をお願い。」

「任せて。」


 痛いポエムを詠みやすいお題か。何だろう、片思い、じゃ大雑把過ぎるかな。うーむ。

 あれ待てよ、よくよく考えたらどんなポエムが来ても小百合の勝ちにすれば済む話じゃない?


 真剣に考えていたのが馬鹿らしくなって、私は考えるのをやめた。


「筍で。」

「タケノコ!?」

「ぷぷ、随分と不利なお題じゃない?こんな調子で果たして私に勝てるのかしら?」

「黙っててください。今真剣に考えてますから。」

「え、あ、ごめんなさい。」


 押しに弱い素の性格が出てしまった先輩を横目に、小百合はやけにシリアスな表情で考え込んでいる。彼女の考えている時の姿は何度見ても惚れ惚れする。その姿を見れば誰しも思わず、まるで難事件に挑む名探偵のような集中力を期待してしまう。


「ちょっ…と自信無いけど。」

「はい!先攻小百合さんどうぞ!」


 小百合を見てると私は少しノリ気になってしまった。彼女はテレビの大喜利でよく見るフリップに書きなぐったポエムを、音読してくれた。


『夢を見ても届かない あなたの横顔はまるで月

こんなに重い私の体じゃ あなたにまるで届かない

十二単を脱ぎ捨てる 私はなよ竹のかぐや姫

の隣で眠る筍 土の中で

春を待つ 青く青くあなたへ伸びる

ニョキ ニョキ ニョキ』


「ああ小百合はかぐや姫じゃなくて、その隣の筍なんだ。」

「最大風速はやっぱり“十二単を脱ぎ捨てる”の所じゃないかしら。なかなかやるわ。さすがサユリちゃん。」

「ま、まあテキトーにパッと考えた奴だから、ダメージは無いかな。全然平気。うん。」


 小百合は平気そうに振る舞っているが、内心火を吹きそうなほど恥ずかしがっている。多分、彼女が予期していた反応と違っていたのだろう。


「これは先輩のポエムを聞いてみないことには、何とも言えないなー。」

「ふふふ。耳を洗って待っていることね。」

「どちらかと言うと痛い目見るのはあなたでは?」

「思ったけどこのバトルって、過激な言い方をするとメンタル自傷大会だよね。」


 メリットがどこにも無いバトル。果たしてどうなってしまうのか。


 先輩はフリップにすらすらとポエムを書き終えると、漫研部部室でしか絶対に見られないであろう自信満々な美しい挙手をした。


「はい!後攻、市ノ瀬先輩どうぞ!」


『有明月に噛まれて 朝が怖くなったの

つれなく貴方が去って 知らなかった感情ばかり

貴方を思い出す痛みや 貴方を思い出す屈辱も

冷たい暁より 私を憂鬱にさせる物なんて……

もう Don't remind me

西向きの窓辺で そっとしておいて』


「うぁぁ!絶妙!絶妙にさぶい!」

「さては先輩、和歌からインスピレーション受けましたね。」

「さすが、百人一首を齧っていただけはあるわね。その通りよ。」


 何故この先輩は私が百人一首を習っていたことを知っているのか。怖い。やっぱりストーカー気質あるな。


 しかし、勝負を挑んで来る程だけあり、先輩のポエムはかなりスベっていてきつい。有明月に噛まれるって何のことだ。


「一回戦は先輩の勝ちで。」

「ずるい先輩、前日から考えてきたやつでしょそれ!」


 小百合は一回戦に負けた勢いで肝心な事を忘れているようだ。


「私は文芸部を存続させるためならどんな手でも使うのよ。」

「こうなったら実力でねじ伏せてやる。」


この勝負、勝った方が痛みを負うということを。


───────────────────────

※穂香もバトルに夢中になるあまり公正な判定をして

しまっているが、本人は気付いていない。

───────────────────────


「はい!こういうのはノリと勢い!」

「おお今度はお題無しで来るんだ。はい小百合さんどうぞ!」


『切り立った山を 君が眺めていて

君の横顔を 私が眺めているの

私の想いは こんなに積もり積もっているのに

いつかそれが天を破って 君と目が合って

日常になって 永遠になって

ずっと 大切な思い出になればいい

額縁に入れて 君の心の中にだけ飾ってあげる』


「くぅぅ……これは。」

「さすがサユリちゃんコツを掴むのが早い!センスを出そうとしてそれっぽくしようとしてる、“頑張ってる感”が良い感じにむず痒いわね!」

「伝わるようで何も伝わってこない、ように見せかけて、実はしっかり伝わってるんだけど内容がしょぼ過ぎて苦笑いしか出てこなくさせる高等テクニックだ。」

「そ、そうなの!どうよコレ。」


 言うまでもなく小百合は赤面していた。だけど試合的にこの反応は手応え有りということである。


「だけど、まだまだといった所ね。半年前から温めに温めてきた私のとっておき!今聞かせてあげるわ!」

「いやいやいや半年前!?それってこのバトルを思い付く前なのか後なのかによって、大分印象変わりますよ。」

「どっちにしろ正気の沙汰じゃないけどね。」

「前よ!」


 ということはバトルとは一切関係の無い、純粋なポエムということだ。それを自ら痛いポエムとして後輩二人に発表しようとする先輩の精神状態の安否が心配になった。


「えっと、じゃあどうぞ……。」

「ええ勿論!」


 先輩は嬉々としてフリップに渾身の一作を書きなぐる。いきいきとした彼女の表情を見ると、一周回って逆に健康なのではないかと思い至って安心した。


「行くわよ!ババン!」


 この先輩、セルフ効果音まで入れてノリノリである。そして感情を込めて朗読してくれた。


『恋の卵から孵った時 初めて見たのは貴方だったわ

生命の誕生を待ちわびるように 私の体を温めてよ

夕暮れの町から帰った時 迎えてくれるのが貴方だったら

貴方のためなら空だって飛べる 私は待たせたりしないのに

こんなに揺れているのに どうして伝えられない二文字

好き to endless sky 』


「キャァァァーーーーーーー!!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁッ!!」

「小百合ー!せんぱーい!」


 小百合と先輩は椅子から崩れ落ち、あまりの羞恥に身悶えした。そしてその様子が可笑しくて私はただただ笑いが止まらなかった。


「バカすぎる、何してんのこの人たち……。アッハッハッハッハッハ!」

「死ぬー!もう殺してちょうだい!」

「私も死ぬー!」

「笑い死ぬ!ツ、ツーエンドレススカイ……。」


 何とか場は落ち着きを取り戻し、二回戦目の勝者が決する。


「先輩で。」

「ま、当然の結果よね!」

「先輩が強すぎて勝てる気がしない。」

「あらあらサユリちゃん。さっきまでの威勢は何処へ行ってしまわれたのかしら?」

「さっきまでの醜態こそ何処へ行ってしまわれたんだよ?」


 しかしこれで先輩の勝利にリーチがかかってしまった。次、小百合が負けてしまったら私の文芸部移籍が確定してしまうと思うと、笑ってばかりもいられない。


「小百合次は何としても勝ってよ。信じてるから。」

「穂香。うん、わかった!」

「ちょっと何良い雰囲気出しちゃってんのよ!これじゃあ私が完全なる部外者みたいになってるじゃない!」


 完全なる部外者なのは事実だ。


「やっぱりお題があった方が良いかも。」

「じゃあ横顔とか?」

「いやさっきから気になってたけど、横顔好き過ぎるでしょ!あれなの?そういうフェティシズムなの?」


 ちょうどその時、部室のドアをノックして一人の少年が入室してきた。


「すみません、文芸部の小林です。」

「ヒピャャァッ!」


 どうやら私たちと同じ二年の文芸部男子、小林くんが部長を連れ戻しに来たようだ。


「僕の部長がご迷惑をおかけして。」

「こ、小林くん違うよ、そそそそんなんじゃなくて、私その……。それより、いつから聞いて、見てたの?」


 市ノ瀬先輩の声が極端に小さくなり、小動物のような仕草で狼狽えている。一見知り合いの異性が来てぶりっ子をしだした面白お姉さんに思えるけれど、彼女はむしろこの状態が素で、私たちの前だと変なスイッチが入るのだ。


「今来た所ですけど、また何かしてたんですか?」

「そんなこと、ない……けど。」

「じゃあほら行きますよ。失礼しました。」


 そう言うと彼は先輩の手を握って、廊下へ歩き出した。


「まって、手……。こばやしくん。」


 消え入るような声で必死に訴えるも、小林くんには届かなかった。いや届いていて無視しているのかもしれない。多分彼の中で、可愛い生物をいじめたくなる衝動、所謂キュートアグレッションが起こっているのだ。


「こ、これは私の勝ちってことで良いよね。ふう。」

「でも絶対また来そう。」

「それな~。」


 漫研部部室に、残された二人の笑い声が響いた。


「あの二人、付き合っちゃえば良いのに。」

「アハハもう付き合ってるよ。」

「アハハ、は!?」


 それを聞いた途端、残された二人の片方が部室の床に膝から崩れ落ちた。


「先輩には絶対、先越されないと思ってたのに。」

「知らなかったんだ。君も頑張ろうね。弓木裕人くんとはどうなってるのかな?」

「ああ、ああああああ。」


 激痛ポエムバトルに、勝者など生まれるはずもなかった……。

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