第46話 火の加護をもらいに

「た、タツ。まあ落ち着いて。あれだよ、あれ。ええと……。まずは思う存分、溶岩を食べてきたら?」

「は――はいっ!」


 タツはハッとした顔で元気よく返事をすると、ドロドロと流れ出ているマグマの噴出口へ一目散に飛んで行った。



 ……うへっ。

 いきなりマグマに突っ込んでるよ。



「キュウ! キュウも行くでしゅ」

「こらっ! ダメだぞキュウ! あれに触れると溶けてなくなっちゃうんだから!」


 びっくりした。キュウが蒸発する前に俺の心臓が止まっちゃうよ……。





 それにしても……こっわ。

 あのどろっとしたマグマにズブズブズブって沈んでいくタツの姿は、戦いに負けて死んでいくみたい。

 「I'll be back」っていうセリフを教えてやろうかな。



 ……あ!

 ベンチが一瞬でボッと炎をあげて灰になった。外すの忘れてたー!


 あー。タツは気づいていないなー。嬉しそうに変な雄叫びを上げているよ。


 うへっ。今、口にマグマを流し込んだよね? ゴックンって飲んだよね!



「うわぁ。やっぱ引くわー」

「おい、お主。何をぼけっとしておるんじゃ。よもや目的を忘れたか」


 はっ! そうだった。


「この者は火の加護を求めて来たんじゃ。山の力が低下したとか言っておったが、それでも頂上にはかなりの力の痕跡が見て取れたがの」


 老ドラゴンが、うんうんとうなずいて俺を見た。


「……ほう。そなたが?」


 巨大なドラゴンに、金色の瞳で舐め回すように見られると、全身の毛穴から汗が吹き出るんですけど。

 

「確かに、そなたが欲しているものは、あの頂上にある。その昔、我らレッドドラゴンの一族の長が、『力を認めた者だけを通すように』と言いつかったと聞いている。いまだかつて通した者はいないが」


 え? ええっ? 何それ? そんな難しいことなの? 俺、大丈夫?


 老ドラゴンは頂上の辺りをじっと見つめると、俺に向き直って、「ついて来い」と言った。


「え?」

「術を破ってこの私を救出し、あの子ドラゴンと契約しておるのだ。そなたを認めよう」


 ……じゃ、じゃあ?


「その場所へ通してやる。だが、どうなるのかはそなた次第だ。覚悟はできておるのだな?」


 ……か、覚悟?


「あ、ああ。ええとですね。なんと言うか――」


 ……俺には、得体の知れないものには近寄らないという大原則がありまして。


 何をどうしたらいいのか、ちゃんと手順が分かっているならいいんですよ。

 でも、どうも今聞いた感じだと――。



「当たり前じゃ。その覚悟があるから来たんじゃ」


 ちょ、ちょっと! シモーネさん!

 いやいや。ここは勝手に決められては困りますっ!



「心配はいらん。お主は繋がりやすいんじゃ」


 えー? いったい何に繋がるっていうんです? なんか憑依体質って言われているようで気持ちが悪いんですけど。


「あい分かった」


 老ドラゴンが俺の目の前で大きな口を開けて迫ってきた。


「ひっ」


 食われるーっと思って目をつぶると、背中から腹にかけて衝撃が走った。


「は?」




 バサッ。バサッ。


 地面が遠ざかっている。


 俺――老ドラゴンに、胴体をあむっとくわえられて飛んでいる!


「ひぃっ」


 こっ、こわーっ!!

 俺、今、ドラゴンの口の中なんですけどーっ!!





 ああ。

 これはダメなやつ。

 今度こそ失神する。


 はい。目を閉じます。





「ほら。着いたぞ」


 え?


 目を開けると、ぼとん、と地面に落とされた。


「おう。確かにここのようじゃな」


 へなへなと崩れ落ちた俺の前に、シモーネさんがぴょんと飛び降りて着地した。

 シモーネさんは器用に老ドラゴンの背中に乗ってきたらしい。

 さすが。ドラゴンに乗り慣れていらっしゃる……。




 そこは最初に降りた、あの檻があったところだった。


「魔術師どもには、ここから通ずる場所があることが分からなかったようだ。ここから発しておる力にもな。シモーネ殿の方が腕が良いのは確かだ」

「ワシは大賢者様じゃからな!」


 巨大なドラゴンの腹の前で、金髪幼女がえっへん、とのけぞっている。

 なんだかんだいって、シモーネさんもちょろいな。


 他人事みたいにぼんやりと目の前の光景を見ていたら、老ドラゴンが俺をキッと睨んだ――気がした。

 すでにヘロヘロの俺は、老ドラゴンに言われたことがすぐにはピンと来なかった。


「我らも入ったことはない。そなたに資格があると認められたならば、奥まで行けるはずだ」


 資格を認めるのはドラゴンじゃないの?

 まだ誰かに認められないといけないの?


「し、資格? 資格っていったい……」

「つべこべ言わずに行くのじゃ!」


 シモーネさんが容赦無く枝を振った。


「ひゃあっ」


 久しぶりに枝で押されて、というよりも弾かれて、俺の体は意思とは関係なく、ぴょぴょぴょんと、つんのめるように先へ進んだ。





 は?

 いきなり真っ暗闇だ。

 それらしい入り口なんかなかったのに。

 二、三歩進んだだけで、変なところに入り込んだみたい。



「いーやー!! 何? 何なのー! もー!!」


 前も後ろも分かんない。

 怖い怖い怖い怖い怖い。


 と、とにかく落ち着け。深呼吸だ。

 スー。ハー。スー。ハー。スー。ハー。


「無理―っ!」


 息を吐いて吸ったところで、全然落ち着けるもんか!



 あ、でも――。


 何かがいるような気配はない。大丈夫かもしれない。

 それに、ちょっと目が慣れてきた。


「でも暗いのは嫌―っ!」


 そう叫んだからか、突然、周囲がぼわんと、夕暮れのような赤みの強い光で照らされた。




 見渡す限り――土。土。土。

 山の中を掘ったトンネルの中みたい。




 遠くの方が白っぽく光っている。

 そこを目指せってことかな?




 もう入ってしまったのなら行くしかない。

 もし来た方へ引き返して何もなかったら、恐怖と絶望とで俺はどうにかなるかもしれない。


 だから、ゴールを目指した方が精神衛生上いい気がする。





 遠くに見えていた光は、歩き始めると意外に近かった。


 近づくと行き止まりになっていて、その手前に、こんもりと土が盛ってある。


 表面が綺麗にならされているところを見ると、アレかな。祭壇なのかな?

 どうすればいいんだろう。


 シモーネさんも、放り込む前にちょっとはお作法とか色々知恵をつけてくれたってよさそうなものなのに。

 そういうところはケチと言うか気が利かないと言うか。


 ま、お祈りでもするのかな。祈れって言うのなら祈るけど。

 うーん。祈るってどうやるんだろう?

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