第41話 何をおいてもまずはご飯

 「飯、飯」とうるさいシモーネさんのために、昼食を検索する。

 もう焼きそばかチャーハンでいいよね。


 ――と思ったけど、天ぷらが目に留まったので、特上天丼を二つ注文した。

 そうだった。すっかり忘れていたけど、俺、天ぷら大好物なんだよね。

 よく食べずにいたな。

 やっぱ、ずっと非日常が続いているせいで、感覚がおかしくなってるんだ。



「なんじゃ! なんじゃ!」


 食べ物を前にしたシモーネさんは、「待て」ができない犬みたい。

 金髪幼女の可愛らしい外見で、お行儀の悪さがかろうじて帳消しになっているけど、老婆のままならドン引きだな。


 おっと!

 小突かれる前にフォローしておかないと。


「し、シモーネさん――ま。シモーネ様! これにはきっと驚かれると思いますよ。美味しい出汁に甘辛い味付けがされていて、魚と野菜がホックホクになっていますからね」

「ホックホクじゃと? はん?」


 文句を言いたげな顔で、シモーネさんは大海老の天ぷらを口に入れた。


「なんじゃ? なんなんじゃ!」


 ふっふー。そうでしょう。そうでしょう。

 この世界に天ぷらっていう調理法があるのかどうかは知らないけれど、ここまで美味しく調理されてないんじゃないかなー。


 じゃ、俺も。


 ……はぁ。んまい。たまらん!

 大海老に穴子にキス。野菜は、かぼちゃと蓮根としめじと、ししとう。


 ……幸せ。天ぷら最高!


「この上に乗っておったのをおかわりじゃ」


 は? 天ぷらだけ追加のオーダー?


「なんじゃ、その顔は!」

「いえいえ。俺もそうしようかなーって思っていたところです」


 じゃ、海老と、ちょっと変えてイカ。それと、かき揚げもいいかも! うーんテンション上がるなー。





 ……う。シモーネさんにつられて食べすぎてしまった。荷台に敷いたラグの上で、二人して仰向けになっている。



 あー。動きたくなーい。このまま昼寝したーい。というか、もう瞼が重くて開けていられません。




「こら。起きぬかっ」


 へ? シモーヌさんも一緒に寝っ転がっていたくせに。


「そろそろ行くぞ。明るいうちに移動せんでどうする」


 むっくり体を起こすと、キュウが飛びついてきた。


「よしつねー。早く行くでしゅ!」


 えー……? どこに行くか分かってる?

 まったくもって気乗りしない。体が動かなーい。




 バサッ。

 

「うわー!」

「キュッキュウ!」


 何かが突然降ってきたと思ったら、俺の下着だった。

 ……そうだった。

 洗濯してたんだった。

 ……? じゃあ、出来上がったらこんな風に俺のところに吐き出されるわけ?

 もうちょっと、どうにかならないかなー。




「こらっ。早よせんか!」

「わ、分かりましたから」


 シモーネさんの杖がしなる前に下着を持って荷台から飛び降りた。キュウはちょっと小さくなって肩に乗っかった。

 あれ? これって初めてかも。くすぐったいような気持ちいいような。可愛いっ!!



 ……あ。タツはずっと荷台の側で立っていたのか。キュウと違って勝手に動かないんだね。

 それにしても。

 俺と目が合うと、なぜ逸らす? タツよ……。




「お主はあまり気乗りせんようじゃが、大きな火山の近くには、古くから祀られておる祠もあるんじゃぞ。うまくいけば、お主も火の加護を得られるかもしれん。よい機会じゃ。試してみるんじゃな」


 え? え? 火の加護ですってー!?


「それって――。あの今、俺、なんの属性も持ってないんですけど、火属性が追加されて火魔法が使えるようになるってことですか?」

「まあ、そうじゃな」



「ウエーイ!」


 たはーっ! 進化する俺! それは欲しい。是が非でも欲しい!


「じゃ、火の加護をもらいに行くとしますか」

「バカ者!」


 バシン!


 出たよ。口と同時の枝。


「もう目的を見失っておるではないかっ」

「――う。すみません。でも叩かないで口で注意してくださいってば」

「やかましい!」


 えー? 「叩かないで」っていうお願いは、これっぽっちも聞く気がないんですか?


 俺とシモーネさんの会話をオロオロしながら聞いていたタツは、殊勝な言葉をかけてくれた。


「あ。あの。ご主人様に火のご加護がもたらされるといいですね」


 タツ――! お前ってやつは――。



「タツ!」

「は、はいっ。す、すみません。ぼくなんかが生意気なことを言って。すみません」

「違う! 違う! 違うぞー。俺は、お前のことを嫌ってなんかいないんだから。そこんとことを、よーく覚えておいてね!」

「え? あ、はいっ。はいっ!」


 タツが嬉しそうだ。

 ものすごく嬉しいんだろうけど、知らないやつが見たら、美味しそうな獲物を前にしてヨダレを垂らしているみたいに見えるから――ちょっと注意しようね。



 ふう。まずは下着をしまおう。



 ……で。

 シモーネさんのあの口ぶりだと、タツに乗ってひとっ飛びーみたいな感じだったけど。


 いったいどうやって乗るの? ってか、どこに乗るの? 

 そう思ってシモーネさんを見ると、馬を荷台から離して自由にしてやっていた。

 蹄の音が遠ざかっていくと、なんだか寂しくなる。


「何をボーっとしておるんじゃ。お主、荷物をしまっておったじゃろ。この敷物もさっさと閉まっとけ」

「あ、はい。ええと。この馬車はここに置いていくんですか?」

「もう使うことはなさそうじゃからな」

「え? じゃあ、この先はずっとタツで移動するってことですか?」

「飛ぶのが一番早いに決まっとろうが」

「でも、そういうことは、まず本人に聞かないと――」


 俺がタツに意思確認をしようとシモーネさんに背を向けたら、背中に一撃が入った。


「痛っ」

「バカかお主は! 従魔に何を聞く必要があるんじゃ。お主が命じればいいだけじゃろうが」


 うわー。出たー。暴君の言い草。ちょっと横暴じゃない?

 でも、もう馬を行かせちゃったし。ちまちま地上を進むよりも、空をビューンって飛べれば早いだろうし、結局はそれしかないとは思うんだけど。


 なんというか。ちょっとタツには命令しづらいんだよねー。

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