この世界での生活・前

「戻りましたか。二人とも無事に天使は手に入れられましたか?」


 広場に戻ると、ちょうど買い物を終えたサーシャさんたちと合流できた。


「どっちも無事に天使は授かってたみたいなんだけどよぉ……」


 フーラさんは困ったような顔で先ほど起こった出来事を説明した。それを聞いた炎華の獅子のメンバーはフーラさんと同じような困惑顔になっていた。


「魔法の得意不得意で効果が増減することはあるけど……灯りの魔法が太陽みたいになったなんてさすがに聞いたことないわ」


 クレアさんは盛大に首をかしげる。それほどまでに希少だったのだろう。


 明と望海はまだ知らないが、クレアはこのパーティーで最も魔法に対する造詣も深い。誰よりも詩片を研究している研究者でもあるため、その場の誰よりも明の異常性を感じていた。


「まあ、ここでいつまでも立ち話をしている訳にいかないでしょう。買い物も終わりましたし、私たちの拠点に戻りませんか?」


 正直、願ってもない申し出だった。


 先ほどから町の人から向けられる視線が気になって落ち着かなかったのだ。


 好奇心や興味からくる視線ならまだ耐えられたかもしれないが、こそこそと噂話をされていたり、眉間にしわを寄せた険しい目で見られるのではこっちも落ち着かない。


 他のメンバーも異論は特にないようで、民衆の視線から逃れるように広場を離れる。


 サーシャさんたちに先導されるまま、どんどん広場から離れて人通りの少ないエリアに来た。


 俺たちが入場してきた門から少し距離があり、立派な家々がずらりと並ぶところを見るに、元の世界風に言えば高級住宅街のような場所らしい。


 サーシャさんたちが立ち止まったのは、その中でもひと際立派な門と大きな庭付きの豪邸だった。


「ようこそ、私たちの拠点へ」


 サーシャさんの言葉に思わず頬が引きつる。隣の望海も似たような表情で固まっていた。


「すごいところに住んでるんですね……」


「ふふっ。そう言ってもらえたのなら誘ったかいがありました」


 炎華の獅子のメンバーはその反応が可笑しかったようで、笑いながら拠点の中へ入っていく。特にフーラさんはよほどツボにはまったようで、一人だけその場に足を止めたまま爆笑している。


 ひとしきり笑って満足したフーラさんはようやく軽い説明をしてくれた。


「あー笑った。この町に来てから何となく分かってると思うが、俺らはちょっとした有名人でな。なんでそうなったかってーと、俺たち炎華の獅子が初めて瘴気域のヌシを倒して、魔物どもからその領域を取り返したからなんだ」


 フーラさんは誇らしげに笑う。


 驚いたことにどうやら瘴気域は消せるものらしい。そして、こんな豪邸に住んでいるということはそれだけ困難な偉業だったのだろう。


 フーラさんに先導してもらって入ったその屋敷は、内装も素晴らしいものだった。まず玄関が広い。


 学校の実習で行った資料館のような建築様式で、広い空間に応接用のテーブルやソファがあり、中央には二階へと上がる階段が鎮座している。


 玄関からは左右に通路が伸びているが、これまた一番奥がかすんでしまいそうなほど遠くまで扉が並んでいる。


「なんやかんやでこの豪邸を贈られたわけだが、俺たちは基本的に仕事で外に出ることの方が多いからな。正直に言うと、空いてる部屋は数えきれないくらいあるんだ」


 入り口から見えた応接用のソファに三人で腰かける。持ち帰った荷物を使用人らしき人が現れて奥へ持っていく。


 これだけ広い豪邸なら管理人の一人や二人はそりゃいるか。


「一応確認だが、お前ら二人とも冒険者になるってことでいいか? さっきは流れで一流の冒険者にしてやるなんて言っちまったけど」


 俺たち二人は一度顔を見合わせてから頷きを返す。


「私たちには……やることがある気がするの。記憶を取り戻すためにも、色々なことができる冒険者になるのが手っ取り早いと思うのよ」


 望海の言う通り、活動範囲を広げやすい冒険者の方が便利なことが多いだろう。そしてこれは予感でしかなかったが、動いて何かしなければ現状を変えられないとも感じていた。


「よし。そういうことなら夕飯まで俺が授業をしてやるよ。知らないこともたくさんあるだろうしな」


 空模様を見る限り多少の時間はある。フーラさんの言葉は願ってもない申し出だった。


「それじゃあ俺から。瘴気域ってどういうものなんですか?」


 毒の空気が広がる危険地帯という認識だったのだが、聞いている限り自然現象ではないらしい。しかも、主を倒せばなくなるのだという。


「瘴気と呼んでる毒の空気が蔓延してるってのは話したよな? これは十年前、大厄災と呼ばれている天災によって生まれたんだ」


 大厄災。ジョルジュさんの話ではこのせいで隣国との国交が途絶えてしまったのだという。どんな規模か想像もつかない。


「ある日突然、何の前ぶりもなく世界各地に瘴気と呼んでる毒素を含んだ空気が世界中で溢れ出した。それでも不思議なことに、その空気はある一定のエリアからはほとんど漏れ出さない。だから俺たちは瘴気の蔓延する区域を『瘴気域』と呼ぶことにしたんだ」


 ここからが核心だとでもいうように声の調子を上げてフーラさんの言葉は続く。


「国境近くの村が瘴気域に飲まれて廃村になったりもしたんだが、不思議とルダニアの王都や他の国の首都は瘴気域の範囲に入っていなかったんだ。しかも、俺たちが初めて遭遇した瘴気域の強個体――俺らはヌシって呼んでる――そいつを倒したら瘴気は消えちまった。だからこそ、冒険者には通説みたいなもんがある。十年前の大厄災はってな……あいてっ」


 勢いに乗ったフーラさんの言葉が途切れる。熱心に語っていた彼の頭をサーシャさんが本で叩いたのだ。


 サーシャさんはさっきまで着ていた鎧を脱いで、ゆるっとした服装に着替えている。


「そういうのは確証のない与太話でしょう。授業といいながらそんなことを新人に吹き込んでどうするつもりなのよ」


「あいててて……叩くことないじゃねえか。お前だってヌシを倒したときにそう感じるって言ってただろ?」


「だから、確証のない話を吹き込むなって言ってるの。二人がなにかを感じる前に先入観を持たせちゃ柔軟な思考ができなくなるでしょうが」


「お二人とも仲がいいんですね」


 おずおずといった風に望海が割って入る。ナイスだ望海。このままヒートアップしていたら授業が中断されてしまうところだった。


「まあな。さっきも言ったけど俺たち二人とも赤ん坊のころから一緒に育ってきたのもあって、実質兄妹みたいなもんなんだ」


「世間的には私の方が姉で通ってるみたいですよ?」


「俺ら二人とも誕生日が分かんねえから一緒ってことになってるだろうが。勝手に姉ぶってんじゃねえ……っとすまん。家に帰ってくると気分が緩んじまって」


「いや全然。家でまで気を張ってたら疲れちゃいますから」


「そう言ってくれるのならありがたいわ。そうそう、もうすぐ夕飯ができるから呼んでくるようにジェパ―ドさんに言われていたんだった。三人とも、食堂へいらっしゃい」


 元々そんなに時間はなかったらしい。気付けば照明に光がともっている。奥の方からはいい匂いも漂ってきた。


 ぐぅ~と俺と望海のお腹が鳴った。顔が瞬時に熱を帯びる。望海の方も耳まで真っ赤だ。


「なんでこんなところでいつも一緒なの!?」


「お前らも仲が良いみたいだな。とりあえず授業はここまで。聞きたいことができたらその都度教えてくれ」


 にやにやと笑うフーラさんはもう一度頭を叩かれてから、食堂の方へ行ってしまった。


 しかたなく、苦笑いするサーシャさんの後ろをついていくとすでにみんな席についていた。美味しそうな肉の煮込みや、サラダ、パンのようなものなど食欲をそそる品の数々が食卓にすでに並んでいる。俺たちは案内されるまま席に着いた。


「全員揃ったことだし、食べましょうか。アクゥイル様に感謝を」


「アクゥイル様に感謝を」


 いただきますのようなものなのだろう。他の人のまねをしながら言葉を復唱する。初めて食べた野営でない異世界飯は、まさに頬が落ちるような美味しさだった。


 ご飯を食べ終わった後は軽い談笑をして部屋に案内された。ふかふかのベッドの魔力には抗いがたく、何かを考えるよりも先に眠りに落ちてしまった。

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