死者が世界を覆うまで。

シエロ* Lv.15

第1話:いつもと違う光景


その日は異様に人が活発で、とても暑い夏の日だった。






「あー、クソ暑い......バカみたいに暑い......」


鼓膜が破けそうなほどの大きな声でセミが鳴き叫んでいる。

俺は高校に行くために、日差しの強い通学路を歩いていた。


今は真夏だから日差しが強いし、気温も高いせいで、普通に歩いているだけで汗が流れる。


「高校に入って4ヶ月、しかも夏休み明けてまだ2日しか経ってないのにこれかよ......。あー、もっかい休みたい......」


そんな暑い中でも、ランニングをしている若い男性や自転車を漕ぐ子供たち、さらにはウォーキングをしているお年寄りもいる。


普通に歩くだけでも暑いってのに、みんなよくこんなことができるなぁ......



そんな人たちを横目に少し歩くと、いつもの商店街に着いた。


商店街といっても閉店している店が多く、営業中の店はさほど多くないが。


「あら、弘翔ひろとくんじゃない!おはよう」


柏木かしわぎフラワーショップの前を通り過ぎようとしたら、聞き覚えのある優しい声が聞こえてきた。


振り返ると、茶色のボブヘアににピンク色のメッシュが入った、美人なお姉さんがいた


「あ、羽菜はなさん!おはようございます!」


羽菜さんは、ここの花屋を経営している6つ年上のご近所さんで、俺が小学生だった時は、よく宿題を教えてもらっていた。


だから俺は、羽菜さんのことをお姉ちゃんのように思っている。


「これから学校?今日暑いから気をつけてね〜」

「うん、行ってきます!」


笑顔で手を振る羽菜さんに、俺は元気な声で挨拶をした。


羽菜さんだけでなく、商店街の人たちは俺を見かけたら挨拶をしてくれた。


思えば小学校に1人で通えるようになった頃から、こんなふうに挨拶をしていた気がする。


そんなことを考えながら、俺は商店街を後にした。



商店街を抜けると、しばらく坂道が続く。

ここを登れば学校に行くスクールバスのバス停があるのだが、この坂が非常に厄介で、それなりに傾斜がある上にとても長いのだ。


俺はバドミントン部に所属しているので文化部よりも体力には自信があるのだが、それでもこの坂はキツい。


こんなクソ暑い中1人で息を切らしながら汗だくで坂道を登るのは、身体的にも精神的にもキツい。


けれど、友達がいれば話は別だ。


友達とのクソみたいにしょうもなくておもしろい会話には、どんな暑さや疲れも吹っ飛ばすほどのパワーがある。

夏休み前は、よく友達とこの坂で合流して雑談しながら学校に通っていた。


今日も来るかな、あいつら。


そう思っていたら、後ろから聞き覚えのある喋り声がした。


振り返ると、メガネを掛けた大人しそうな少年と、茶色がかったイケメンという、とても見覚えのある2人がいた。


愛瑠あいる優輝ゆうき!おはよう!」


「おはよ〜」

「よぉ!」


二人は元気に挨拶をしてくれた。


「ねね、昨日やってた映画の地上波放送見た?超有名なゾンビアニメのやつ」


「おぉ、バッチリ見たぜ!ゾンビ映画なんて久々に見たけど、思ったより怖かったなぁ。愛瑠は?」


「あぁ、僕も見たよ。アニメなのに迫力すごくてびっくりしたし、最後に博士が『ゾンビはどこかに必ず存在する。次に狙われるのは、キミの町かもしれないね......』って言ってたところは緊迫感があったよ。」


俺たち3人は性格はバラバラだけど、こんなふうに共通の話題はたくさんあり、いつもくだらない話で盛り上がっている。


挨拶が絶えない、穏やかで平和な日々。


小さな田舎町だけど、誰もが優しくて、一緒にいるとすごく心地よい。


ずっとここで静かに暮らすのも、案外悪くないかもな。






―――けれど、その思想は次の一瞬で砕け散った。






初めに異変に気づいたのは、愛瑠だった。


「ん?ねぇ見て、弘翔、優輝。」


「どうした?って......何だ、あれ?」

「おぉ、やけにたくさん人がいるな、今日祭りとかあったっけ?」


「いや、そうじゃない。なんかおかしくないか?逆光で姿はよく見えないけど、みんな歩き方が変というか、ふらついてるというか......例えるなら、そう、まるで昨日のゾンビみたいに......」


青ざめた顔で語る愛瑠の肩に、優輝はそっと手を添えた。


「いやいや、あれはただのアニメだろ?迫力が凄かった分、頭から離れないってだけだ。だから多分......そうだ、今日はすごく暑いからみんなフラフラしてんだよ!」


優輝が何とか愛瑠の不安をとこうとしている時。


俺は見てしまった。



「いや......愛瑠は間違っていないのかもしれない......」



俺の目に映っていたのは、血色のない緑色の肌に、充血して真っ赤になった目。



これはまさに、ゾンビそのものの姿だった。




逃げないと。

そう思った時には、もう遅かった。



近くの草むらから一体のゾンビが現れ、俺たちのすぐ目の前に立ちはだかった。


2人の手を引いて来た道を引き返そうと思った。


―――しかし。


真っ赤に染まった目に睨まれ、鋭くてボロボロの歯が血色のないガサガサの唇から顔を出している。


こんなものを現実で、しかも間近で見ることになるだなんて思わなかった。



恐怖で足が動かない。



愛瑠は涙目になり、優輝は冷や汗をかいている。



はは、こんな訳わかんないことで死んじゃうのかな、俺たち。





その時、大きな銃声が鳴り響き―――





―――目の前のゾンビが崩れ落ちた














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