第4話 仙台駅前ダンジョン第4~第7層

■仙台駅前ダンジョン第4層


 クロガネは、初めて生でモンスターと出会った。

 そして、ぼりぼりと頭をかいて困惑した。

 想像していたものと、その目で見たものがあまりにも違っていたからだ。


「キノコが歩いてるな」

「キノコが歩いてるね」

「あれはエリンギか?」

「エリンギだね」

「あっちはシイタケ?」

「シイタケだね。かなり肉厚」

「あれはシラタキか?」

「エノキ。クロさんっていつもエノキとシラタキ間違えるよね」

「わかってんだけど、なんか間違えるんだよなあ」


 クロガネも頭ではわかっている。

 シラタキはこんにゃくで、エノキはキノコ。

 買うときも間違えることはない。

 だが、口に出すときはなぜか間違えてしまうのだった。


「これ、倒した方がいいのか?」


 こちらに向かってきたエリンギの、頭らしい部位を押さえて止める。

 大きさはクロガネの腹ほどで、人間に例えるなら幼稚園児くらいか。

 手足が短いから、頭を押さえておくだけで無力化できる。

 力は弱く、動きも鈍い。そして妙なかわいらしさがある。

 これを殴り飛ばすのは別の意味で勇気がいる。


「細く裂いてバター醤油で炒めるとおいしいんだって」

「食い方の話じゃなくてだな……」


 ソラが受付でもらったパンフレットを見ながら言う。

 パンフレットには10層までの概要が書かれていて、そこから先の情報は有料のガイドブックを買わなければならないそうだ。


「ま、放っておけばいいんじゃない? 夕飯に食べたかったら帰りに取っていこうよ」

「いや、別に食いたいわけじゃなくてな……」


 4層~6層の出現モンスターはすべてキノコだ。

 エリンギ、シイタケ、エノキ、シメジ、マッシュルーム、マイタケなどにぽこぽこと叩かれながら階層を下っていった。

 ナメコだけは、ぬるぬるして気持ち悪いから蹴って遠くにやった。


■仙台駅前ダンジョン第7層


「ここまで来ると照明がないんだな」

「でも、ヒカリゴケだけで普通に見えるね」

「ああ、ちょっと暗いが、灯りで手が塞がらないのは助かるな」


 クロガネは通路の壁や天井を見上げた。

 そこには黄緑色にぼんやりと光る苔がびっしりと生えている。

 メイキュウヒカリゴケと言われる発光植物だ。

 なお、地上のヒカリゴケとはまったくの別種である。

 地上に生えるヒカリゴケは発光をしているわけではなく、レンズ状の細胞によって光を反射するだけだ。


「あれ~、お客さん、暗いって? それならオラに任せてよ!」


 声変わり前の子供のような声がした。

 どこからともなく、光る球がふわふわと飛んでくる。

 それは手のひらに乗る程度の大きさで、中で小さなイカが泳いでいた。


「なんだこりゃ? このイカがしゃべってんのか?」

「イカとは失礼だなあ。オラは光の妖精さ!」

「イカの妖精なんて聞いたことがねえなあ」

「トビホタルイカだって」


 ソラがパンフレットを確認している。


「なんだ、やっぱりイカじぇねえか」

「イカじゃないって! 光を生み出し! 光の中を泳ぐ妖精! それがオラなの!」

「そうか、それでその妖精さんが何の用だ?」

「さっき、暗いって言ったよね! それならオラが照らしてあげるよ!」

「おっ、そりゃありがたいな」


 イカの発する光はヒカリゴケよりもずっと強い。

 これが照らしてくれるなら、5層以前と変わらない感覚で歩けるだろう。


「それは了承したってことでいいんだよね?」

「ん? ああ、別に断る理由も――「クロさん、ちょっと待って」


 返事をしようとするクロガネを、ソラが遮った。


「パンフレットに『トビホタルイカの照明は有料』って書いてあるんだけど、今回は無料ってことでいいんだよね?」

「あっ、えー、それは、なんというか、そのー」


 イカがあからさまに言い淀む。


「時価のお寿司屋さんだってね、『時価』って書いてあるし、お金がかかることは最低限わかるようになってるの。それがないってことは、タダなんだよね?」

「いやー、そのー、それはなんというか、それとこれとは話が違うと申しますかー」


 イカがうろたえる。

 漫画であれば、大粒の汗がイカの額に浮いていたことだろう。


「有料なの? それなら値段を言いなさいよ」

「えー、その、安いもんですよ。1時間たったの1万DPでー」

「1万DP!?」

「でぃーぴー?」


 聞き慣れない単位に、クロガネが思わず聞き返す。


「あっ、お客さん、DPをご存知ない? DPって言うのは――」

「ダンジョン内のお金みたいなもの。日本円とだいたい同じ価値」

「ややや、同じじゃないですよ。日本円でお支払いの場合、いまのレートだと10,820円になりますね」


 イカが小さな電卓を取り出して叩いている。


「はぁ!? 灯りつけるだけで1万も取りやがるのか!?」

「ええ、ええ、まあ。いやーお値打ちなんですけどねー。今回はどうもごがなかったようで。だけに。あははははー」


 イカは2本の触腕で手もみしながらすいーっと天井まで飛んでいった。


「てめっ、待ちやがれ! 騙そうとしやがったな! 酢味噌にして食ってやるから降りてこい!」

「おっと、もうこんな時間だ。いやー、用事があるのを忘れてたわー。では。またの機会にー」


 光球の輪郭がブレ、徐々に薄くなり空気に溶けるように消えた。


「あっ、逃げやがった! ったく、ダンジョンってのは油断も隙もねえな」

「クロさんは騙されやすいんだから気をつけてよね。前だって口コミでお客さんが集まるとかいう詐欺広告を契約しかけるし――」

「面目ねえ……」


 昔の失敗を掘り返されて、クロガネの広い肩がしゅんと萎んだ。

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