第25話 看護師の夜勤明けと山菜のてんぷら

「おはよ、お母さん」


 採ってきた山菜を調理していた小梅は、寝室から起きてきた母親を出迎える。今日の朝は夜勤明けだったので、峻たちと出かけた小梅と入れ違いに帰ってきてそのまま寝ていたらしい。


 小さなころは夜勤明けのまま遊びに連れて行ってくれたが、年を重ねると夜勤が徐々にきつくなってきたようだ。


 だが寝ぼけ眼をこすりながらも。心なしか娘の足取りが浮かれていることに佐久の

母親は気づく。


 看護師として様々な患者と接しているためか、人の様子の変化には敏感だ。


 とりあえず顔を洗ってパジャマを着替え、食卓に着く。


 今日の食卓は一段と豪華だ。


 ご飯とみそ汁のセットに肉料理に天ぷらと手が込んでいる。その中の一つに小梅の母親の目がとまった。


「あら、またアスパラの肉巻き? 昨日もじゃなかった?」


「まあいいから、食べてみてくれん?」


 娘のニヤニヤした顔が気になりながらも、小梅の母親は出された料理を口に入れた。


 小麦粉をまぶして焼いた肉汁の旨味の中から、緑色の茎状の野菜の歯ごたえが伝わってくる。同時、彼女は目を丸くした。


 アスパラと思ったが明らかに違う。


 ほのかな苦みと、アスパラをはるかに上回る歯ごたえ、肉の脂に溶け込むかのような野性のアク。


 二つ、三つと続けて平らげた彼女を小梅はドヤ顔で見つめていた。


「これ、何の野菜?」


「今日友達とハイキングに行ってきたやろ?」


「そういえばそんなことも言ってたわね……」


 口直しの味噌汁をすすりながら、娘の言葉に耳を傾ける。この味噌汁もクセがないが、今まで食べたことのない味だ。


 腕を寄せることで小梅以上の胸が挟まれ、一層その存在を主張した。


「その時採ってきた山菜を使ったんよ。タラノメが肉巻き。味噌汁にはセリ」


「タラノメって、山菜の王様じゃない……」


 母親は半ばあきれ顔で、空になったご飯茶碗にお代わりをよそった。


 次は色とりどりの天ぷらに手を付けていく。


 揚げたてだからどれもサクサクで、コンビニ弁当やスーパーの総菜では決して味わえない感触だ。


「この葉っぱの形が複雑な山菜、あっさりしてるわね……」


「それ、ヨモギ」


 トリカブトと間違えそうになったことは秘密にしておく。


「それにこのうす紫の山菜は、すっぱくて珍しいわ」


「ヤマブドウ。濃い紫の実が有名らしいんだけど、葉も食べられるって」


 母親がまたたく間に料理を平らげていくのを、小梅は幸せそうにみつめていた。


 片づけをして食後のお茶をすすりながら、小梅の母親は気になっていたことを娘に尋ねる。


「友達同士で山菜取りなんて、大丈夫だった?」


「うん。一人、めちゃんこ詳しい子がおったから。山菜だけやなくてね……」


 小梅はその友達についての性別や容姿に全く言及していない。


 だが母親としての勘か、看護師としてのキャリアか。


 彼女は娘に男の影を感じ取っていた。


「うんうん、やっと娘にも春がやってきたのね」


 甘酸っぱい感情を自覚さえしていない娘の初々しさをおかずに、彼女は久々にビールを飲むことにした。

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