第18話 ヨモギとトリカブト
「それじゃ、さっそく採っていこうか」
峻はそう言いながら、佐久たちにナイフと軍手、ビニール袋を渡す。
「ナイフはなんで使うの?」
「根っこから取ったら生えてこなくなるから。雑草の草むしりと違って、残しておきたいし」
峻たちの会話を横耳で聞いていた年配の女性たちが、にこやかに笑っているのが見えた。
峻は清流から少し離れた土手に花畑のように生えた菜の花の位置まで移動した。それからつぼみの先端十五センチくらいをナイフで刈り取って収穫していく。
つぼみは花と違って茎の先端が膨らんだような形で、緑色をしていた。
「菜の花は花が咲いたのはあんまり美味しくないから。つぼみのやつを取って」
「……先端だけを刈るのは?」
「こうすると、また後から生えてくるから」
よく見ると他の人が刈り取った跡がちらほら見えるが、青々として枯れた様子はない。
「一回使っても終わりじゃない、ってことやね。次々生えてくるって、お得やわ~」
三人も峻の真似をして、刈り取っていく。
「もちろん取りすぎないようにね。来年もまた生えてこられるように」
「は~い」
「……自然は大事」
「わかっとる~」
あっという間に四人のビニール袋の一つはいっぱいになったが、菜の花の群生はまだ広く広がっていた。
「次はヨモギかな」
水しぶきが靴を濡らしそうな川近くに移動する。地を這うようなエメラルド色のヨモギが、畳一畳分ほどの広さに広がっていた。
「川に落ちないように気を付けてね」
峻は慣れた様子で腰を下ろすと、新しい大きいザックから取り出した新しいビニール袋を広げる。
ゆるい切れ込みの入った葉の裏や茎に綿毛の生えたヨモギを、今度は手でちぎってビニール袋に入れていった。
ヨモギは茎が複雑に枝分かれしており、ナイフだと採りづらい。
「美味しそうやわ~!」
はしゃぐ小梅に対し、佐久は一枚ちぎった葉を顔に近づける。
「……いい香り。ヨモギ餅の匂いにそっくりだけど、それよりもずっと濃い」
目をつむって香りを堪能すると、次の葉に手を伸ばす。
「わっ、と……」
「大丈夫? 望月さん」
しゃがみ込んだ望月が後方にバランスを崩しかけ、その背中を駆け寄った峻が支える。
足元の土が水分を含み、彼女のスニーカーが大きくはまり込んでいた。
「川近くは水を含んだ土も多いからね…… こっちで採集するといいよ」
川の流れから少し離れた位置に望月を誘導すると、峻は同じ位置にしゃがみ込む。彼はバランスを崩さなかった。
「峻くん、すごい……」
「まあ慣れてるからね」
峻は手元に視線を移し、ヨモギ採りに集中する。
少しの間彼を見つめていた望月も、ちぎりはじめたがやがて声を上げた。
「あれ?」
「どしたん、もちもち?」
「このヨモギ、匂いがしなくない?」
言われて、峻は立ち上がって望月から手渡された葉をしげしげと眺める。光沢が目に鮮やかだった。
「ああ、これヨモギじゃない。トリカブトだ」
「え?」
トリカブトといえば、誰もが知っている猛毒の草だ。
ビビってその場から立ち上がった望月に、峻は落ち着いた口調で説明する。
「葉の切れ込みが深いし、産毛も生えてない。匂いもないから慣れればすぐにわかるよ」
「ウチの採ったのも、見てくれん?」
「……私も」
小梅と佐久が差し出したビニールに入れたヨモギを、峻は一枚一枚丁寧に確認する。
「全部大丈夫。特に佐久さんは、匂いを確認してたしね」
「さっちー、やるやん」
「……あ、ありがと」
ヨモギ採りはそこでお開きとなった。
見上げた鉛色の空から、わずかに冷たい風が流れてくる。空気がわずかに湿り気を帯び始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます