第12話

 翌日の教室、朝のホームルーム前。クラスメイトが大小さまざまなグループに分かれて話の輪を作ったり、動画のマネをして笑いを取ったりしている。


 峻はそれをスマホ片手に冷めた視線で見ていた。


 ああいう集団のノリが好きになれないのは、物心ついてからずっとだった。大勢で盛り上がっているのを見るとどこか冷めて、遠くから見ているような気がしてくる。


 転校続きでなかなか人の輪に入れなかった経験が、大勢や集団といった対象に苦手意識を植え付けたのかもしれない。


 今もどこかわずらわしい気分のままでスマホの写真フォルダを眺めていた。


 だがふとクラス内で見てはいけないものを発見し、慌てて画面を切り替えた。


 視線を左右に巡らし、誰にも見られていないかを確認する。さらに後ろを見て。


「どしたん?」


 女子が一人立っていることに気が付き心臓が縮みあがった。


ショートにしたアッシュの髪にカールさせたまつ毛、軽い九州訛り。ギャルっぽい女子の代表格、水川小梅だった。


「まあ、これ週番の日誌やから。よろしく~」


 だが何も気にした様子はない。どうやら見られてはいないらしい。

立ったままで黒く固い綴込表紙の日誌を峻の机に置く。だが座っている峻の位置から小梅の顔は見えない。


 制服を押し上げ、体育の時も八の字に揺れる二つのふくらみに視界が遮られていた。ブラ透け防止のキャミソールの上からでもメロンのようなその大きさと形がはっきりとわかる。


「あ、ありがとう」


 顔が熱くなるのを自覚しながら差し出された日誌を受け取る。だがその時に彼女の手が荒れているのが気にかかった。


 そういえばメイクはバッチリしているのに、手はネイルもしていないむき出しの爪のままだ。


「望月と佐久、昨日はどこ行ってたの?」


 自分の席の隣でそう話題が出たのを聞いて、峻はドキリとした。望月も佐久も人気がある。


「外をぶらぶらしてたかな」


「……ハイキ、」


 正直に佐久が言いそうになるのを聞いてヤバい、と峻は思った。


「佐久!」


だが望月に制止されたので胸をなでおろす。そのまま彼女は話題を次に移した。


「昨日のドラマ見たー? 帰ってきてから見たんだけど、すごい面白くて」

「うん、私の推しが出てて……」


 空気を読んだのか、興味を無くしたのかはわからない。

だが話題が昨日の過ごし方に戻ることはなかった。


 小梅もいつの間にか峻の席から離れている。


 峻が隠した写真には自分と望月、佐久が映っていた。


望月のスマホで三人を自撮りした写真。


 山頂からの青空を背景に。花のように笑った望月、澄ましているが恥ずかしがって

いる佐久、そしてどういう顔をしていいのかわからない自分が映っている。


 写真のセオリーなど全く無視した、ただ撮りたいように撮ったもの。


 でも悪くない。


 予定していた雪の残る山には行けなかったけれど。


 女子二人と休日を過ごすなんて、生まれて初めてだったけど。


 悪くない。


 想像の中で何度もさっきの写真を見返しながら、峻は学級日誌を開いた。



「失礼します」


 その日の放課後。学級日誌を職員室に提出し終わった峻は、その足で以前も佐久たちと集まった空き教室へと向かう。ついさっきコミュニケーションアプリで集まらない? と連絡があったのだ。


 部活棟や進路指導室、職員室の入る特別棟を抜けるたびに聞こえる音が少なくなっていく。やがてこの前と同じように吹奏楽部の演奏や運動部の掛け声がわずかに聞こえるくらいになるころ、空き教室にたどり着いた。


 戸を開けると談笑していた望月と佐久が峻の方を向く。


「待ってたよ~」



「……同意。週番お疲れさま」


 望月はクラス内で話すときより声音が明るく、佐久は全く変わらずマイペースだ。


 二人が囲んでいた机にもう一つ椅子を運び、峻もそこに腰掛ける。


 話題は自然と昨日の霧去山へと移った。というより三人共通の話題がほとんどない。


「このヤマツツジの写真どう? 言われた通り空をバックにしてみたらめっちゃ映える感じになった~」


「……この薄紫の花、珍しいから撮ってみた。カタクリ、っていうやつ。嘔吐や下痢、胃腸炎にも効果がある薬草らしい」


 写真にはおのずから性格が出る。咲き誇る花を好む人、ひっそりと咲くはかなげな春が好きな人。人物ばかり撮る人。


 見ていて飽きない。自分と同じものに興味を持って、騒いで、笑顔になってくれる。


たったそれだけのことが、峻にとってはすごく嬉しかった。


 撮影した写真を三人で見ながら、あれこれと話すうちにふと峻は心配に感じた。


「佐久さん、体が弱いんでしょ? あの後大丈夫だった?」


 楽しい話題に水を差された形になり、佐久の表情が少しだけ歪む。だが望月と一瞬

だけ目が合うとすぐに元通りになった。


「……よく寝られた。こんなに気持ちいい睡眠は、はじめて」


「適度な運動は体にいいってやつだね」


「……病院で寝られないと、私の担当の医者がすぐに睡眠薬処方するから。あれは一日中だるいし、寝たのに疲れが取れない」


 ふとした拍子に毒を吐いてしまう佐久。だが峻は、佐久の毒に嫌な顔をすることもなく付き合った。


「ごめん。睡眠薬は飲んだことないから、よくわからないけれど…… 薬に頼りすぎはいけないってことかな」


「……そう。使い過ぎで薬剤耐性菌っていう、抗生物質が効かない菌が出現して病院

を困らせてる」


「そうなんだ。気を付けないとね」


 佐久が峻の山の話題に返したように、峻も佐久の話題に付き合う。


 会話はうまい方ではないが、目の前の少女がいやな顔をしていないことに峻は安堵した。


 やがて会話は再び写真の話に、そして山の話題に戻る。


「……でもこの前行った山は楽しかった。また行きたい」


「そうだね、今度は他のグループの子も誘う?」


「……三人で良い。あんまり賑やかなのは苦手」


「わかった。また良さそうな山ないか、見繕っておくよ」


「……よろしく。私も少しずつ体力つけておく」

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