第7話 会話を重ねて

 光防騎士団の連中が突然やってきた翌日。私は伯爵家を訪れて居た。理由は、ミリエーナ嬢の信頼を得るためだ。


 護衛をされる側は、如何に護衛する側がプロとは言え、命を狙われている危険と恐怖に苛まれる事になる。そんな中で信頼の有無は重要だ。信頼があればこちらの指示に従ってくれる可能性はあるし、逆に無ければ無視して勝手に動かれ、逆に守りにくくなる事だってありえるからだ。


 だからこそ、万が一が無いようにミリエーナ嬢と少しでも仲を深めておこう、と言う事だ。


『コンコンッ』

「お嬢様、いらっしゃいますか?」

 伯爵家を訪れ、レイモンド殿に連れてこられたのはいつぞやと同じ書庫。

「レイモンド?私に何か用?」

「はい。実は聖龍騎士のレイチェル様がお見えです。何でもお嬢様とお話がしたいとか」

「えっ!?本当にっ!?」


 声が聞こえた直後、足音が聞こえる。そして勢いよく開かれたドアから現れたのは、走ったせいか、それとも興奮しているのか、顔の赤いミリエーナ嬢だった。


「本当にレイチェル様がっ!で、でもどうしてですか?予定の出発日はまだ先のはずでは?」

 何故私がここに?と疑問に思っているのだろう。首をかしげるミリエーナ嬢。

「えぇ。本日はミリエーナ様とお話がしたく参りました。我々は期間中にお嬢様をお守りする事となっておりますが、それまでにある程度、お互いを信頼出来る関係になれればと思い、こうして足を運ばせて頂きました」

「まぁっ!本当ですかっ!それは良かったですっ!私もレイチェル様とお話をしたかったんですっ!」


 相変わらず私に対して、どこか憧れを思わせるキラキラとした瞳でこちらを見上げるミリエーナ嬢。周囲からのこう言った憧憬の視線には馴れていないが、まぁ仕方無い。仕事のためにも信頼は必要だからな。うん。


「お嬢様。書庫で立ち話をなんですし、お嬢様の部屋にお越し頂くのは如何でしょうか?」

「あっ!そ、そうよねっ!レイモンドはお茶の用意をお願いっ!」

「かしこまりました」

「レイチェル様は私と一緒に来て下さいましっ!お部屋へ案内いたしますわっ!」

「分かりました」


 その後私は彼女に連れられ、屋敷の一角にある彼女の部屋へと招かれた。


 その部屋の中に入った印象としては、可愛らしい色使いの部屋なのだが、その色と対になるような、茶色や黒の本が木製の本棚に、無数に収められていた。


 内装が明るく女の子らしい色を使って居るからか、逆に木製由来の茶色の本棚とそこに並ぶ本の背表紙の薄暗い色が目立つ結果となっていた。


「この部屋にも、本棚があるのですね」

「あっ、はいっ。もしよろしければ、何か読まれますか?今お茶の用意もさせていますしっ!レイチェル様と共通の話題が出来るのは、私としても嬉しい事ですからっ!」

「そ、そうですか。では、拝見します」


 私は苦笑しながらも本棚に歩み寄り、本の手に取る。童話や民話、詩集、伝記、物語まで色々あるのだな。内容は、恋愛を思わせるタイトルの物から、冒険記、英雄伝。更には過去に存在した国の興亡を記した物まで。これを全部読んでいるとしたら相当な博識になれるだろうな、なんて私は考えて小さく笑みを浮かべた。のだが……。


「レイチェル様っ!このような本は如何でしょうかっ!私のお気に入りなのですっ!」

 うん、分かってた。隣でメッチャ瞳を輝かせているミリエーナ嬢。そして彼女は本棚の中から一冊の本を取り出して私に差し出してきた。


 他の本をしまい、それを受け取ってみる。表紙に書かれたタイトルは……。

「『少女達の失楽園』?どういった内容なのですか?」

 あまり聞き慣れないタイトルに、思わず私は彼女に問いかけてしまった。


 しかし、それが不味かった。

「それはですねっ!誰もが飢える事も病にかかることもない理想の楽園で暮す2人の少女の物語なのですっ!とある事から出会った2人は次第に意気投合していき、親友同士になりますっ!そんな2人はやがて、お互いを好きになっていきますっ!ですが楽園の中において同性愛は禁止されており、2人の友人や家族も同性愛は禁忌として忌み嫌っていましたっ!楽園において2人の愛は祝福されないと理解した2人は、当初こそお互いの未来のために恋する気持ちを捨てて別れようとしますっ!ですが、思いを捨てきれなかった2人はやがて楽園を出て外の危険な世界で生きていく事を決意するのですっ!しかし楽園から出る事は禁止されており、楽園を出て行こうとする2人と楽園を守る守護者たちとの追走劇が始まりますっ!途中何度も捕まりそうになりながらも、2人は守護者を振り切って、そして外の世界へと足を踏み入れるのですっ!そして2人は外の世界で2人だけの楽園を探すために旅に出るところで物語は終わるのですっ!」


 お、おぉ、彼女は何やら鼻息も荒くあらすじ?と言うか内容を簡略化して話してくれている。しかしあまりの熱量に私は思わず後ずさりしてしまった。しかし後ろに下がっても一歩、一歩と彼女が迫ってくるっ!?しまいには壁際に追いやられてしまったっ!!ま、不味いもう(物理的に)後が無いっ!


「それでですねっ!この作品の一番のポイントは2人が別れるところなんですっ!お互いの事だ大好きで大好きでっ!でも許されない恋をして、このままじゃ相手が傷付くだけかもしれないと、お互いに別れ話を切り出すんですっ!2人は相手への思いに蓋をし、これからも楽園で平和に暮すために別れる事にっ!でもでもっ!2人とも、別れた直後、それぞれ物陰で相手への思いを口にしながら大粒の涙を流すところがとても悲しいけど、でもでもとても感動的でっ!」

「わ、分かったっ!分かったから落ち着かれては如何ですか!?ミリエーナ様っ!」


 な、何だかこのままだと延々話を聞かされそうだったので、若干強引ながらも声を荒らげて止めに入った。

「はっ!?ご、ごごご、ごめんなさいレイチェル様っ!」

 するとミリエーナ嬢はすぐにハッとなって数歩後ろに下がると私に頭を下げた。

「あ、あぁいえ。こちらこそ、折角お教え頂いていたのに遮ってしまって、申し訳無い」

 そう言って私も小さく頭を下げるが、何というか、お互い気まずいな。不味い、この後どうしよう、と思って居ると……。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」

「あ、あぁつ!ありがとうレイモンドッ!」

 幸か不幸か、レイモンド殿が来てくれた。おかげで助かった。


 その後、私はレイモンド殿の淹れてくれたお茶を飲みながらいくつか話をしていた。

「ミリエーナ様は、本当に本がお好きなのですね」

「はい。……子供の頃から、両親が外で遊ぶことをあまり許してくれなかったので」

「え?」

 突然の言葉に私は戸惑った。外で遊ぶ事を許してくれなかった、と言ったのか?


「……レイチェル様は、私達家族が3人に襲われた事を聞いていらっしゃいますか?」

「それは、光防騎士団が任務を放棄して逃げ出したと言う、あの?」

「はい」

 まさかとは思ったが、やはりか。


「あの一件以来、お父様もお母様も、外に出ることを極力控えるようになりました。そして、安全のためだからと、私も外に出ることを極力避けるようにと言われて育ちました。屋敷の中なら安全だ。ここに居なさい、と。もう、かれこれ10年になります」

「ッ」


 まさかの数字と、苦笑を浮かべる彼女に私は小さく息を呑んだ。

「外に出られず、友人も居なかった私ですが。ある日、たまたま入り込んだ書庫であの、少女達の失楽園という本を見つけたのです。それまで本を読むことなんて無かった私でしたが、あの本を読んで、物語の素晴らしさを知ったのです。それからはもう、本、もっと言えば物語の虜でした。心躍る冒険の物語や、悲しくも美しい悲恋の物語。愛し合う二人の運命の物語。いろんな本を読み漁りました。それこそ、時間を忘れるくらい、毎日のように」

「そうでしたか」


 成程。それが、リリアーナ嬢が本を読むようになった理由か。例の一件から、伯爵達は外出する事に危機感を覚えるようになった。そしてだからこそ彼女を心配するあまり、伯爵達は彼女が外に出ることを控えさせるようになった、と言う事か。


「レイチェル様は、本は読まれるのですか?」

「嗜む程度ですが、少しは」

 そう言って、私は本棚の方に目を向けた。


「少し、先ほどレイチェル様が言っていた少女達の失楽園という物、読ませて頂いてよろしいですか?」

「はいっ!それはもうっ!」


 私は許しを経たので、先ほどの本を手に取り、椅子に座りながら早速読み始めたのだが……。


『じ~~~~~~~っ!』

 何故ミリエーナ嬢は私の隣に座っているんだろうっ!?何か私が本を手に取って戻ってきたら隣に座られたのだがっ!?

「え、え~っと、ミリエーナ様?何故私の隣に?」

「そ、それはその、私もこの本を読みたいな~、と思いまして。それに折角ですから、もっとレイチェル様とお近づきになりたいと思いまして。……ダメ、でしょうか?」

「え、えと、ダメ、ではないのですが……」

 どこか悲しげな小動物みたいな表情で見つめられては、断る事も出来ずに私はOKを出してしまった。


 なので結局、隣に居るミリエーナ嬢を少し気にしつつも私は本を読み始めた。所々、パラパラと読み飛ばしつつ内容を確認していく。やはり内容は彼女の言う通りだった。


 同性愛に目覚めた2人の少女が、一度は楽園の環境を理由に別れる事を決意する。しかし互いの思いを捨てきれず、2人で楽園を捨てて危険だが自由な外の世界で生きていく事を決意する。


 で、私はその決意シーンの辺りまで読み進めたのだが……。今は顔が赤い。隣にチラリと視線を送れば、ミリエーナ様も『あっ、しまった』みたいな顔をしながら頬を赤く染めていた。


 私が顔を赤くしている理由は、簡単だ。……ベッドシーンがあるからだぁっ!私はバタンと音を立てながら本を閉じるっ!


 な、何だこの本はっ!?何故ベッドシーンなどがあるっ!プラトニックな同性愛物の物語と思って居たのだがっ!2人が改めて付き合う事になった直後、2人は人気の無い場所でお互いの気持ちを確かめ合うように、し、し始めたぞっ!?


 どう見てもこの本は成人向けの本ではないかっ!子供に見せるような類いの物では無いぞっ!?も、もはや官能小説ではないかっ!何かやけにしてるときの描写がリアルだったしっ!……と言うかこれ、誰の趣味だ?はっ?!ま、まさか伯爵の趣味かっ!?


 え~~、あの人、とてつもなく真面目でいい人に見えていたが、こんな本を書庫に置いてあったとなると、まさか……。


 などと色々戸惑っていると……。


「……やっぱり、おかしいですよね」

 不意に聞こえたミリエーナ嬢の声。ふと目をやると、彼女はどこか、悲しそうな笑みを浮かべながら俯いていた。

「こんな本を読んでる女の子なんて、ましてや、こんなHな内容で、その話が大好きだなんて」

「……」

 そう言って自虐的な笑みを浮かべる彼女に、私は何と言って良いか分からず、口を閉じたままだった。


「でも、私はこの本が好きなんです。初めて物語に触れた本だから、と言うのもありますけど。でもそれ以上に、自分達の思いに真っ直ぐ生きた2人の生き様が、私にはとても新鮮でした。約束された安寧を捨ててまで、危険な世界へ向かう事を覚悟で愛する人と共に生きようとする2人が、私にはとても真っ直ぐで、輝いて見えたんです」


 彼女は本の表紙を優しく撫でながら、優しい笑みを浮かべていた。……彼女は本当に、この本が好きなんだと理解する。


「それより、すみません。このような本を見せてしまって。すぐに片付けて」

「待って」

 本を手に立ち上がろうとする彼女の手を優しく握り止める。


「え?」

「おかしくなどではありません。ミリエーナ様」

 私は彼女を座らせると、彼女の手に優しく自分の手を重ね、彼女と向き合った。

「ミリエーナ様の表情を見ていれば分かりました。その本がどれだけ好きなのか。その物語にどれだけ心を動かされたのか。本当に、この本の中の2人が、ミリエーナ様には輝いて見えたのでしょうね」

「ッ、は、はいっ」


 私が優しく声を掛ければ、彼女は少し戸惑い顔を赤くしながらも頷いた。

「何かを好きになる事、大切に思うこと。それは全て人それぞれ。ですから私は、ミリエーナ様がこの本を好きだと言われても、おかしいとは思いません。人には千差万別の好きな物があるのですから」

「ッ、で、でも、同性愛を綴った物語が好きなんて、おかしくはないのですか?」


「そうでしょうか?」

「え?」

 彼女の問いかけに私が首をかしげれば、今度は彼女も首をかしげた。


「人にはそれぞれの得手不得手、好き嫌いが存在します。そして、人の好きな物を簡単に否定するのは間違いだと私は思っております」

「レイチェル、様」

 半ば呆然と、ミリエーナ様は私を見つめている。


 何か、或いは誰かを好きになる事、それは自分の大事な物を見つけると言う事だ。趣味であろうとそれは同じ。だが、それを否定し嘲笑する事はその人の大事な人や物を土足で踏みにじることに他ならない。


 そのような愚行は、騎士にあるまじき行為だ。


 そうだ。折角だからミリエーナ様にあれの事を言っておくか。

「時にミリエーナ様。ミリエーナ様は『騎士の八戒』、と言う物をご存じですか?」

「え?は、はいっ。聞いた事があります。確か、騎士の方々に課される八つの戒律の事、でよろしいですか?」

「その通りです。そして、その中において7番目の戒律に、こうあります。『汝、寛大たれ、そして誰に対しても施しを為すべし』、と」


 騎士の八戒とは、我々騎士に課された戒律の事だ。元々は宗教に関わる物を含めて十戒とされていた。しかし時の流れと共に、宗教関連の二つが外され、八戒となったのだ。その中の一つが、今述べたそれだ。騎士は寛大でなければならない、と。


私は静かに席を立ち、ミリエーナ様の前で膝を突いた。


「寛大さもまた、騎士に必要な物。人の思いを否定するのではなく肯定する事が求められます。そして、だからこそ私はミリエーナ様の思いを否定などしません。ミリエーナ様の、その本にかける思いと憧れは、正しく貴女様だけの物」


 私は優しく彼女の手を取り、自分の手で包み込んだ。

「何かを好きで居る事。何かに憧れる事。それはとても尊い思いです。だからこそ、私はこう考えております。何かを好きでいる心は、何も間違ってなどいない。ですからミリエーナ様、どうかその思いを、大切になさって下さい」

「レイチェル、様」


 目を見開き、少し驚いた様子の彼女に対して私は優しく微笑む。すると……。

「うっ、うぅっ」

 ……ん?


「うぅ、ふぇぇぇぇぇぇっ」

「えっ?!えぇっ!?ミリエーナ様っ!?」

 な、何故だっ!?何故急に涙をっ!?私、変な事言ったかっ!?そこまで変な事は言ってないと思うがっ!?って今はミリエーナ様だっ!あぁしかしどうすれば良いんだっ!?


 い、いかんっ!対処の方法が分からんっ!と、その時。

「どうされました?お嬢様?」

 外に控えていたのか、レイモンド殿が不思議そうな顔で入ってきた。しかしちょうど良かったっ!


「す、すまないレイモンド殿っ!力を貸してくれっ!」

「はぁ?」

 私が声を掛けると、首をかしげるレイモンド殿。そして彼は泣いているミリエーナ様と私に交互に目をやる。


「と、とりあえずレイチェル様は外でお待ち下さい。私めがお嬢様と話しますので」

 状況が理解出来ない、と言った様子だが今は彼に頼るしかない。

「は、はい」

 私は力無く頷くと、部屋の外へ。


 そして廊下で待つこと数分。

『ガチャッ』

 中からレイモンド殿だけが出てきた。ここは……。


「すまないレイモンド殿。ミリエーナ嬢に大変失礼な事をしてしまった」

 恐らく悪いのは私だ。理由は、正直分からない。だがここは頭を下げるのが筋というものだろう。うぅ、信頼関係を築くはずが、なんたる失態だ。これではミリエーナ様からの信頼など、とても……。


「いやいや、頭をお上げ下さいレイチェル様」

 やらかしたと思っていたが、聞こえたレイモンド殿の言葉に顔を上げると、当のレイモンド殿は微笑を浮かべていた。


「今回の一件、お嬢様よりお話を聞きましたが、あれはお嬢様ご自身が感極まって泣いていたそうです」

「え?な、なぜ?」

 感情が高ぶると泣く、と言う話はあるが、一体何故だ?私と普通に話をしていただけなのに。


 私が問いかけると、どこか憂いを持った瞳で彼女の部屋の扉へと目を向けるレイモンド殿。


「お嬢様は幼少の頃の一件から、旦那様たちのご意向で屋敷での生活を余儀なくされております。それが、お嬢様の安全を守るために必要な事だとは分かっているのですが、やはり憂いもあります」

「と、言うと?」

「お嬢様には、残念ながらご友人と呼べる方はいらっしゃいません。それもあり、結果的に趣味を共有出来る者に恵まれなかったお嬢様は次第に、恐れるようになったのです」

「恐れる、とは?」


「同世代のご令嬢、もっと言えば同性の友人に恵まれなかったお嬢様にとって、自分以外の同世代の女児が普段何をしているのか、知る術が無いのです。もっと言えば、自分と彼女達の何が違うのか分からない、と言うべきでしょうか。そこからです、お嬢様は何度か私に愚痴をこぼされたことがあります。『私と同い年の女の子は、一体何をしているんだろう』。『本ばかり読んでいる私は変わっているのだろうか』、などと」

「そうでしたか」


「そして、その疑問から来る不安があったのだと思われます。自分が普通なのか、変わっているのか。比較対象ともなる同性のご友人がいらっしゃらないお嬢様は、次第に悩むようになられました。自分はどっちなのだろう、と。私もそのような疑問符を漏らすところを目撃した事がありましたので」

「そう言う事があったのですね。……あっ、で、ですが何故私の言葉で泣かれたのでしょうか?別段、おかしな事は言ったつもりは無いのですが?」


 話は分かったが、彼女が泣いた理由が分からず戸惑いながら聞き返してしまう。


「あぁ、それは単純にレイチェル様のお言葉が嬉しかったからでしょう」

「う、嬉しかった?私の言葉が?」

「はい」

 レイモンド殿は笑みを浮かべながら頷くと、話を続けた。



「今話した通り、お嬢様には共通の趣味を持つご友人がおりません。ですから、話をしていく中で自分の好きな物を肯定していただいたのがよほど嬉しかったのでしょう」

「だから、感極まって?」

「えぇ。恐らくは」


「そうでしたか」

 あ~~、良かった。泣かれた時はどうなる事かと思ったが、嫌われた訳ではないので一安心だ。これで嫌われてしまっては、護衛に支障が出かねない。


「それではレイチェル様。お嬢様も落ち着かれましたので、どうぞ中へ」

「う、うむ」


 レイモンド殿に言われ中へと入る。

「あっ!」

 彼女は私に気づいたようだ。改めて見ると目元が赤い。やはり相当泣いたようだ。

「れ、レイチェル様っ!先ほどは失礼しましたっ!その、突然泣き出してしまって……」

 彼女は私の傍に駆け寄ってくるとそう言って頭を下げた。


「いえ、謝らないで下さい。私も大人です。しかしどうして良いか分からず、気が動転してしまい。こちらこそ、申し訳ありませんでした」

 一方で私も彼女に対して頭を下げた。


 しかし、お互い顔を上げてもどこか気まずい。これは、私も彼女も自分に責任があると思って居るパターンだな。しかしこの気まずさを引きずるのも不味いなぁ。う~む、どうしたものか。と考えてみる。あっ、そうだ。


 そして一つの応えを思いついた。一か八か、試して見るか。


「ミリエーナ様。もし、お許しいただけるのなら謝意として私の知る限りの物語や体験談をお聞かせしたいと思いますが、如何でしょうか?」

「え?よ、よろしいのですか?」


「理由はどうあれ、ご令嬢を泣かせたとあっては騎士の名折れ。その事に対する謝意として、私の話を聞いていただければと思います。幸い、私は現職の騎士です。あの本棚に陳列された本を見る限り、ミリエーナ様は冒険譚もお好きのようですし、如何でしょうか?」


 私の提案に、レイモンド殿は何か気づいた様子でミリエーナ嬢に耳打ちする。


 私の真意は、今の気まずい雰囲気をどうにかした上で、今後も会う口実を作ることだ。更に、お互い自分に責任を感じているのであれば、お互いに謝意としての行動を起こすことで責任を払拭する、と言う事だ。


「分かりました。私で良ければ、レイチェル様のお話をたくさん聞かせて下さい」

 そして、その真意を理解したレイモンド殿の耳打ちもあって、ミリエーナ様はそう言ってくれた。


「ありがとうございます」


 ふ~~~。これで何とかなった、と言うべきか。


 その後、私は彼女といくつか話をしたあと、ミリエーナ様とレイモンド殿に見送られて屋敷を出た。そして、玄関を出て外に出た時。


「レイチェル様っ」

「はい?」

 ミリエーナ様に呼び止められた。


「私、レイチェル様の事が知りたいですっ!色んな事っ!だからまた明日、いらして下さいっ!その時、いっぱいお話をしましょうっ!」

 彼女は笑顔でそう言ってくれた。それはとても眩しい笑顔だった。どうやら、少しは仲良くなれているようだな。


「はい。明日、またお伺いします。その時に、是非お聞かせします」

 私もまた彼女の微笑み返しながら頷く。


「では、また明日」

「はいっ、お待ちしておりますっ!」



 そうして私は屋敷を出た。


 それからの数日。私は伯爵家に通い、ミリエーナ様と色々な事を話し、教えあったのだった。


     第7話 END

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