まだ俺の学園ラブコメは始まってすらいない。

ナガワ ヒイロ

第1話 プロローグ




「この私が、君にラブコメというものの何たるかを教えてあげましょう」



 その日。


 俺こと刀城とうじょう清秀きよひでは、おかしな少女と出会った。


 腰まで伸びた純白の髪と黄金に輝く瞳。


 そのあまりの美しさに思わず困惑し、俺は少女に問いかける。



「だ、誰なんだ、あんた」


「……私が何者か、ですか。良い質問です」



 俺の問いに対し、少女は無表情のまま頷いた。


 そして、シュバッという無駄にスタイリッシュでカッコ良いポーズを見せる。


 表情は能面のようにピクリとも動かないクセに、仕草がやたらとうるさい女の子だった。



「私は恋愛ラブコメの女神。君の願いを叶えるため、女性不信を治すため、君に攻略されてあげる美少女ヒロインです」


「……は?」



 何がなんだか分からない。


 分からないが、とても面倒な女に絡まれていることだけは理解できる。


 何がどうしてこうなったのか、今に至るまでの経緯を、俺は走馬灯のように思い出すのであった。













「と、刀城先輩!! ず、ずっと好きでした!! 私と付き合ってください!!」


「……」



 中学校を卒業する日。


 俺は後輩の女の子から校舎裏に呼び出され、告白されていた。



 ――メンドクセー。



 本気でそう思う。


 俺の名前は刀城とうじょう清秀きよひで


 ぶっちゃけよう。


 俺は顔が良い。そして、背も高い。


 テストの成績は常に学年上位を維持していたし、運動も決して苦手ではない。


 趣味は読書。

 まあ、読書と言っても、俺が読むのはライトノベルだが。


 ちなみに好きなジャンルは異世界ファンタジーな。


 漫画はあまり読まないが、アニメで面白いと思ったものは紙と電子の二種類で全巻買い揃えてしまうタイプだ。


 おっと、陰キャとか言うなよ?


 この時代、アニメやラノベは立派なジャパニーズカルチャーだからな。


 と、雑考はここまでにしよう。


 今考えるべき問題は、後輩からの告白をどうするかである。

 まあ、考えるまでもなく答えは決まっているのだが。



「ごめん。俺、彼女とか要らないから」


「っ、そ、そう、ですか」


「……じゃ」



 俺は短く挨拶をして、校舎裏から立ち去る。


 後輩が涙を流し、嗚咽を漏らして泣き始めるが、気にしない。


 悪いことをしたとは思う。


 告白は勇気の要ることだからな。


 でも……。



「女なんか、信じらんねーもん」



 俺は女に二つのトラウマがある。


 一つ目は、初恋だった近所のお姉さんだ。


 子供の頃の俺は、そのお姉さんに告白した。

 少しベタかも知れないが、「大きくなったら結婚してください」と告白したのだ。


 お姉さんは「じゃあ、清秀くんが大きくなるまで待ってるね」と笑顔で言った。


 しかし、そのお姉さんには彼氏がいた。



「はぁーあ。嫌なこと思い出しちまった」



 偶然だったのだ。


 偶然、母にお遣いを頼まれて、お姉さんの家まで回覧板を届けに行った時。


 お姉さんは彼氏とエッチなことをしていた。


 そして、お姉さんの俺に対する本音を聞いてしまったのだ。



『え? 私のことを好きな男の子? 清秀くんのことかしら? うーん、悪い子ではないけれど、正直子供なんか恋愛対象にはできないわね。私は貴方みたいな男らしい人が好きだもの』



 そして、俺の精一杯の告白を、お姉さんは。



『そうそう、この間なんか告白されちゃって。断るのも悪いかなって思って――ひゃっ♡ もぉ♡ 子供に嫉妬しちゃったの? ふふ、今日もしましょうか♡』



 息を殺していた俺の存在に気付かず、お姉さんは彼氏へ愚痴るように言った。


 そのまま始まる初恋のお姉さんと見知らぬ男の行為に耐えられず、俺は涙を袖で拭いながら自宅へと戻った。


 これが俺の第一のトラウマ。


 第二のトラウマは、俺を追い詰めるかの如く、その後すぐにやって来た。



『清秀。愛してるわ。世界の何よりも』



 そう言ったのは、母だった。


 俺がお姉さんの本心を知ったその夜、母は父ではない男と蒸発した。


 俺を愛していると言った母は、俺を捨てたのだ。



 ――女なんか、信じられない。



 いわゆる、女性不信という奴なのだろう。


 俺は容姿が良いからモテはするが、以上の出来事から彼女を作ったことは一度も無いのである。



「ん? 父さんからLUNEだ」



 スマホが鳴動し、今や誰もが使うメッセージアプリへ父から連絡が入った。


 俺は歩道を歩きながら内容を確認する。



『ごめんm(_ _;)m

 会社でトラブルがあったみたいで今日は帰れそうにないんだ。

 晩飯は適当に済ませといて』


「父さん、最近は忙しそうだな……。『晩飯代は明日請求します』っと」



 母が蒸発してから、父さんは俺を男手一つで育ててくれた。


 昔はしがないサラリーマンだったが、俺に楽をさせたいと言って一年奮起。

 IT企業を興し、開発したソフトウェアが売れに売れて、そこそこの金持ちになった。


 まあ、その分忙しくなって、滅多にうちには帰って来なくなったが……。


 俺としては、父に感謝してもし切れない。


 俺が人間不信ではなく、女性不信で済んだのは、父のメンタルケアの賜物だろうからな。



「ん? あれ? どこだ、ここ?」



 スマホを弄りながら歩いていたせいか、俺はいつの間にか帰り道から逸れてしまっていたらしい。


 ……ながらスマホは良くないな。



「取り敢えず、来た道を戻るか」



 俺はスマホをポケットにしまい、来た道を引き返す。


 しかし、ここで不思議なことが起こった。



「……マジでここ、どこだ?」



 歩いても歩いても、元の道に戻れない。


 まるで同じ場所を延々とぐるぐる回っているかのような……。


 どうやら俺は、十五歳にもなって迷子になってしまったらしい。



「スマホは……あっ、クソ。充電切れか」



 スマホで道を調べようにも、充電が切れてしまって使えない。


 くっ、昨日の夜充電し忘れた自分が憎い。



「仕方ない。適当に歩くか」



 そのうちどこか見覚えのある場所に出るだろう。


 俺は軽く散歩する気持ちで、迷子状態を楽しむことにした。


 しばらくして、俺は珍しいものを発見する。



「ん? こんな場所に神社なんてあったのか……」



 いくつもの家屋が建ち並ぶ中、そこそこの広さのある神社があった。


 鳥居は少し古いようだが、手入れが行き届いていて汚れは無い。



「……ちょっとお参りするか」



 お参りすれば、家まで帰れるかも知れない。


 困った時の神頼みである。



「って。この神社、恋愛成就のご利益なのか」



 鳥居のすぐ側にあった看板を見ると、ご利益の内容が書いてあった。


 残念ながら、恋愛成就なんて俺には不要……。



「……いや、せっかくだし……」



 俺は財布から数十円の小銭を取り出し、賽銭箱に投げ入れた。



「どうか、女性不信が治りますように」


「良いでしょう。ではその願い、この私が叶えて差し上げます」


「え?」



 背後から声が聞こえて振り返る。しかし、どこにも人の姿は無い。



「ここです、上ですよ」


「上? お、おお……」



 鳥居の上に、美しい少女が腰かけていた。


 これが俺こと刀城とうじょう清秀きよひでと、一人の女神との出会いだった。


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