第3話

ザクロはパソコンの画面へ目を滑らせる。

城田の指が軽やかに動き、3つもある画面に細かい字が現れる。他の画面には一番最近の宣材写真が映し出されていた。

そして、問題の3つ目の画面はいまだに激しくスクロールしており、ザクロは情報を読み取るのを辞めた。

城田の開いているのか分からない瞳が瞼の下で忙しなく動く。


「海外名、Ambre jaune。日本名、琥珀。フランスとのクォーターとされる人気歌手。海外と日本、両方での積極的なライブ活動を中心に活動し、ゲリラライブなども好む。曲調はメローなものからロックなものまで幅広く、歌いこなせる音域も広い」


城田の説明とともに画面が切り替わる。

海外で使われている宣材写真と日本のもの。ライブの写真に、歌っている動画。

ありとあらゆる琥珀が目の前を通り過ぎていく。

ザクロは目を閉じ目頭を抑えると、筋肉を解すように指を動かした。

画面には目を戻さず、城田の肩を軽く叩く。画面のスクロールが少しだけ緩んだ気がした。


「城田さん、もういいから」


一晩で、ここまで情報は集まるものなのだろうか。

はたまた、城田の情報収集能力が優秀ということなのか。

クライアントに会う前に情報を入れておこうと城田に声をかけたら、目を輝かせパソコンの前に連れてこられた。

そして、このザマである。

城田はザクロの言葉に首を傾げると、画面上のカーソルで文字の色を反転させた。さらに指で指し示す。


「あれ、でもここからがザクロさんには必要な部分ですよね?」


城田の言葉にしぶしぶ画面へ目を戻す。

先程までの激しさはなくなり、カーソルが点滅しているだけだ。


「歌手としての精力的な活動と裏腹に、恋愛問題でスキャンダルが多く、付き合った人間が逮捕されることもザラ」

「あー……見た気がする」


画面に琥珀が付き合ったとされる人間が次々と映し出される。

短髪のイケメン、映画出主演を勤めた俳優に、明らかにガラが悪そうな服装の人間などもいた。

次々と移り変わる写真に呆れた空気が口から漏れる。

顔が隠されているかどうかが、一般人かどうかの判断基準だ。

俳優が薬物で逮捕された記事には琥珀にも疑惑が伸びている。

太字で強調された見出しに顔をしかめる。臭いものには蓋というが、気分が悪くなるものは見たくない。

城田は口角を緩めたまま説明を続けている。嫌悪感はなさそうだ。本当にこの仕事が向いているらしい。


「好きになると盲目なのか、連帯保証人になったことも数多くあり、いくら働いても借金で首な回らないとまで噂される」

「そこまで酷いの?」


城田の座る椅子の背もたれに肘をつく。

見てるだけで疲れた。これを更生するとか、無理な仕事というやつなのではないだろうか。

画面から頭を下げたザクロの方へ城田が少しだけ椅子を回転させる。支えがなくなり、きちんと立たざるをえなくなった。

自然と城田へ視線を動かせば、城田も椅子に座ったままザクロを見上げていた。

視線がかち合う。

城田は目をパチパチと瞬かせた。


「表だけでこれですけど? 週刊誌レベルです」

「マジか」


頭を抱える。週刊誌でコレ。週刊誌は基本的に表に出せる話しか載せない。

つまり、もみ消した話がこれ以上にあるはずなのだ。もしくは、ネタにさえならない小さなスキャンダル。

「裏は……」と続きそうになった言葉を、永田が遮った。


「まぁまぁ、琥珀自体は良い子だぞ」

「良い子ってレベルじゃないと思うんですが」


ザクロは肩を大げさに上げてみせる。

誤解を受けやすい外見やキャラクターは芸能人には多い。だが、琥珀のスキャンダルは事実であり、誤解はない。

良い子という言葉を素直に飲み込むのは難しかった。

琥珀の言葉に永田はにやりと口角を上げた。


「会えばわかるって。今日も、もう来てるしな」

「え?」


「琥珀!」と永田が声を上げる。

わずかばかりの気まずさが喉の奥を通っていく。唾と一緒に気まずさを飲み込むと、ちらりと扉へと目をやる。

城田のデスクでから出て、永田が座るデスクの前へと移動した。とはいえ、狭い事務所なので歩いて数歩の距離だ。

永田が事務所の扉を見つめていたので、視線を追うようにザクロと城田も同じ方を向いた。

ガチャリと音がして、ドアノブが下がった。


「おはようございます。琥珀です。永田社長に拾われたので、これからよろしくお願いします」


現れたのは圧倒的に芸能人だった。

ザクロは目を細めた。

琥珀は扉からまっすぐ歩いてくる。ブレもなく背筋もピンとしていた。

腰くらいで揺れる髪の毛は軽く結ばれるだけで、凝った装飾はされていない。

それでも日本人には見えない金に近い髪色が、人工的な光の下でさえキラキラと光っていた。

数秒のモデルウォーキング。空間を支配したのは、間違いなく琥珀だった。


「よぉ、琥珀。相変わらず、元気そうで何よりだな」

「歌えるなら、どこでも一緒ですから。だから、歌わせ続けてくれる社長には感謝しています」


永田のデスクの脇、ザクロから数歩の位置に琥珀は立つ。

近くで見れば、身にまとうものはシンプルで白いTシャツに細めのパンツを合わせていた。パーカーも羽織っていたが、夏用の生地であり、下の肌の白さが伺える。

とてもスキャンダルまみれの、私生活が荒んでいる女優には見えなかった。


「こいつがザクロ。琥珀の護衛になる」

「初めまして。琥珀さんの身辺警護にあたることになりました」


永田がザクロを親指で指さした。

スキャンダル塗れという情報と雰囲気のギャップに観察してしまう。

琥珀の視線が移動し、ザクロは仕事用の笑顔を貼り付けると軽く頭を下げた。


「一般常識にも明るい常識人だから、分からないことがあったらすぐに聞いてくれ」

「ちょ、なんですか、それ?!」

「そうなんだ。嬉しいなぁ」


柔らかな口調。謙るでもなく、見下すでもなくフラットな姿勢。

慣れない扱いにザクロは背筋がゾワゾワした。

何よりーーザクロは頭を上げた。

目と目があって微笑まれる。その笑顔が受け付けなかった。同時に、この女優にオトコが切れない理由も察する。


「琥珀さん、頼りにされてますよー」

「嬉しくない」


いつの間にか出てきた城田に肩をつつかれ、ザクロは顔だけそちらに向けると無愛想に答えた。

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