観光して一休みだ!

 ソル達にパワーレベリングした甲斐かいがあって、順調にみんなは成長できている。

 だから、いったん休みを提案された。それとも、毎日ダンジョンアタックを繰り返していたからだろうか。

 なんにせよ、今日はミリアとエリカと出かける日だ。


 ミリアには毎日冒険者組合で受付してもらっているし、エリカもときどき占ってもらっている。

 だから、あまり新鮮な感じはしないな。それでも、トリの街を観光するのは楽しいはずだ。

 武器防具屋は見て回ったが、美味しい食事屋なんかは知らないからな。

 毎日宿とダンジョンを行き来する日々だった。それはそれで楽しかったが、息抜きもいいよな。


「クリスさん、お待たせいたしました。今日はエスコートして差し上げます」


「私だっているですよ。二人でエスコートなんて、おかしな話です」


 ミリアは茶髪をまとめながら、いつものかっちりした服とは違うカジュアルなものを着ている。

 だいぶ柔らかい印象の表情をするようになったミリアだが、また印象が補強されたな。

 初めて出会ったときはキツめの美人だと思っていたが、思い違いだったのかもな。

 まあ、親しい人にだけ見せる顔が柔らかいだけかもしれないが。十分仲良くしているつもりだからな。


 エリカは幼いイメージがあるが、今回はずいぶんおめかししている。

 オトナな表情もできる人だから、銀髪の横側を軽く編むだけでも感じ方が変わるな。

 背が小さいだけで、しっかりした人なんだと思わさせる。

 まあ、当たり前だよな。何度も占いで俺を支えてくれたんだから。


「今日はよろしくお願いしますね。ボクはこの街には詳しくないので、いろいろ教えてください」


「ええ、任せてください。何が知りたいですか?」


「武器防具屋は回ったので、他がいいですね」


「分かったです。なら、ガラス細工の店はどうです?」


 そんな店もあるのか、なるほどな。

 まあ、武器防具だけを売る街という訳にもいかないよな。

 ガラス細工ということだから、コップなんかも売るのだろうか。

 事前情報よりも、自分の目で見ることを優先したほうが楽しいか。

 よし、考えるのは後だ。とにかく見に行こう。


「行きましょう。楽しみですね」


「自分で作ることもできるらしいですよ。参加しますか?」


「いえ、ボクはあまり器用ではないので。見ているだけの方が楽しいです」


「それは失礼しました。では、存分に楽しんでくださいね」


 そうして向かったガラス細工の店では、イメージ通りの吹いてガラスを膨らませる瞬間を見られた。

 映像で見たことはあったが、実物を見るのは初めてだったので、思わずのめり込んでしまった。

 いいな。文化が息づいているって感覚を実感できて、本当に楽しい。


「ここのガラス細工は、他の街でも売られていたりするんですか?」


「そうです。プログやセカンでも、探せば見つかったはずです」


「冒険者組合でも使っていたので、私はよく知っているんですよ」


 なるほどな。街どうしの繋がりまで感じられて、素晴らしいな。

 『セブンクエスト』の世界観は練られていないと思っていたが、案外細かい設定があったのかもな。

 それとも、現実になる上でいろいろと整合を図られたか。

 神が実在するのかは知らないが、この世界を生み出した存在には感謝したいな。

 単に知っている『セブンクエスト』を再現されたよりも、今の方が楽しいから。


「プログの街に帰ったら、見せてもらえますか?」


「はい。楽しみにしていてくださいね」


「もちろんです。では、お腹が空いてきましたから、食事にいきましょう」


「分かったです。予約しているですから、案内するですよ」


「結構おいしいと思うので、期待していてくださいね」


 ミリアとエリカが紹介してくれるのなら、十分に期待できる。

 今までまずいものを食べさせられた経験はないからな。

 自分で店を探すのは、結局めんどくさくなるからな。ミリア達の紹介はとてもありがたい。


 店に向かうと、燻製くんせいと漬物が用意されていた。

 なるほどな。冒険者の街だけあって、あるていど保存の効くものが良いのか。

 現代日本ではない保存食は、あまり美味しいイメージはないが。

 それでも、ミリア達が紹介してくれたんだから、大丈夫だろう。


「では、いただきます」


 燻製は肉とチーズ、漬物は大根や人参などの根菜だった。

 食べていくと、燻製は水気がないのに柔らかくて驚いた。

 どんな製法なのかは知らないが、素晴らしくおいしい。

 やはり、ミリア達の紹介は信頼していいな。改めて実感できた。


「おいしいですね。いくらでも食べられそうです」


「それは良かった。クリスさんには、めいっぱい楽しんでいただきたいですからね」


「です。魔王討伐以外にも、息抜きだって大切なことです」


「皆さんと出会って、魔王を倒したいって思いが強くなったんです。だって、皆さんには死んでほしくないですから」


 漬物を食べながら話していく。今のセリフは俺の本音で、キャラ付けではない。

 親しい人と過ごす時間がどれほど楽しいか、ミリア達が教えてくれたんだ。

 だから、ミリア達が死んだ未来で、きっと俺は笑えない。そう考えると、力が湧いてくるような心地だ。

 それにしても、漬物もおいしいな。歯ごたえもあって、それでも嫌な硬さじゃない。そして、酸っぱすぎたり辛すぎたりもしない。


「無理はしないでくださいね。クリスさんが傷ついたら、私達は悲しいですから」


「そうです。クリスさんは勇者です。それでも、逃げることは罪じゃないです」


「いえ、大丈夫です。逃げません。皆さんとの楽しい時間を守るためにも」


「そうですか。なら、ケガなく魔王を倒してくださいね」


「分かりました。がんばってパパっと倒しちゃいます」


 それからも色々なところを周り、今日の観光は終わった。

 連れ込み宿らしき場所が見えたら、ミリア達に遠ざけられたのが一番印象深い。

 ああ、今日も楽しかった! 魔王を倒したら、しばらくはミリア達と遊ぶのもいいよな!



――――――



 ミリアもエリカも、クリスの魔王討伐を止められないかずっと考えていた。

 『肉壁三号』なんて名前をつけて、間違いなく苦しい日々を過ごしたクリスが、なぜ世界のためなんかに戦わなければならないのか、そんな思いとともに。

 だが、クリスの一言でミリア達の心に暗いものが走る。彼は皆さんのために魔王を倒すというのだ。

 つまり、自分たちのため。もしかしたら、クリスと自分たちが出会ったことで、彼の逃げ道をふさいでしまったのかもしれない。そんな思いが消えなかった。


「クリスさんは私達のために戦うと言います。間違っていたのでしょうか。私達とクリスさんが出会ったことは」


「そうだとしても、もう後戻りなんてできないです。ミリアさん、せめてクリスさんの前では笑顔でいる。私達にできることはそれだけです」


「魔王を倒すなんて、前人未到。私の受付嬢としての技術なんて、きっと役に立たないですよね」


「なっさけない顔するんじゃないです。どんな未来が待っていたって、クリスさんを笑顔にする。それだけです」


「それで良いのでしょうか。私達が彼を追い詰めるだけではないのでしょうか」


「私だって同じ気持ちはあるです。でも、過去は変えられない。なら、できることなんてひとつだけです」


「苦しくても、クリスさんには見せないこと」


「そうです。ミリアさん。私達は同志です。どれほどの罪だって、一緒に背負うです」


 ただの少年に、世界を守る命運をたくす。そのきっかけになってしまったという罪だとしても。

 ミリアもエリカも、その日はいつまでも眠れなかった。

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