第010話 モフモフ小姑登場!

 ──おうちの裏。

 葉物っぽいお野菜が植えられてる、細長い畑が続いてる。

 うーん……これは自家用のお野菜かな?

 その奥では、細い水路に冷たそうな水が流れてる……。

 アハッ、中にはメダカさんがいっぱい……。

 活きがよくって美味しそっ♪

 ……って、ダメダメ!

 人間のお嫁さんのわたしが「美味しそっ♪」って思わなきゃいけないのは、こっちの葉物野菜!

 んん~……でもぉ……ああぁああぁ!

 山の中の繁みと、正直区別つかないいぃいいっ!

 肉食~!

 原則肉食なのよわたし~!


「……なにアホ面浮かべて頭抱えてるのよ。このヌメヌメ駄目嫁」


「ぬっ……ヌメヌメ駄目嫁っ!?」


 話しかけながら近寄ってくる、さっきの白毛のネコさん……。

 イント……さん。


「あの……イントさん? ヌメヌメ駄目嫁……って、語感はいいですけど、ちょっと長すぎません?」


「じゃあ、略して駄嫁ね」


「できればも略してほしいんですけど……。それにしてもさっきは、ネコさんが急にしゃべったので驚いちゃいました……。アハハハ……」


「自分のことを棚に上げておいて、よく言うわ。この両生類駄嫁が」


「あの……。どうしてわたしの正体、ご存じなんですか?」


「きのうロディが話してくれたわよ。『サンショウウオの花嫁が来る』とね。ま、わたくしが人語を聞き取れないと思ってる彼には、独り言でしょうけれど」


「ロディさんとは、おしゃべりできないんですか?」


「そうよ。どうもわたくし、化け猫の血が少し入っているらしくって。人間の言葉を聞き取れたり、あなたのような化け物の類と話せたりはできるの。でも人間との会話だけは、かなり頑張ったけれどダメね」


 うう~……。

 ちっこいモフモフのくせに、やけに威圧的~。

 わたしが正体現せば、あなたなんて一口なんですよっ!

 ……って、ロディさんのお嫁さんになった以上は、正体はこの姿!

 もはやサンショウウオのわたしは、世を忍ぶ仮の姿よっ!


「……わたくしも、このフェーザント家の一員に迎えられて十二年。一人っ子だったロディの妹のように育てられ、ここまできました。ですのであなたが当家にふさわしくなくば、すぐに追い出しますよ?」


「ロディさんの妹……。つまりは、小姑こじゅうとさん……ですか」


「あなたのまいですっ! 老けた印象の呼びかた、やめてくださるっ!?」


「で、でも……。ネコで十二歳と言えば、人間で例えればもうお婆ちゃんなのでは……」


「次、お婆ちゃんと言ったら、寝首搔きますわよ? わたくしの小さな爪でも、その細い首へ穴をあけるくらいはできますからっ!」


「ぜ……善処します!」


「そもそもその、人間に例えれば……というのが無意味ですわ。ノミのジャンプ力は人間に例えれば約三〇〇メートル……などと言われますけれど、ノミはノミでしかありませんもの。フンッ!」


 あ~……なんとなく察しました。

 きっとロディさんから、「イントは甘えん坊ですけど、人間に例えればもうお婆ちゃんなんですよ。ははっ」みたいな紹介のされかた、よく受けてるんですね……。


「……そもそもあなた、子ども作れますの? ロディは一人っ子ですから、後継ぎいなければこのフェーザント家、彼の代で終わり。そこまで考えて、この家の門をくぐったのでしょうね?」


「赤ちゃん、ですかぁ……。さ、さあ……どうでしょう。そればっかりは、神様からの授かりものですから、なんとも……」


「あなた、サンショウウオ界の神様みたいなものなんでしょっ!? なに他人事みたいに言ってるのよっ!」


「ひっ……!」


 こっ……怖いっ!

 全身の毛を逆立てて、グルルルって唸って……!

 ヤマネコはときどき見かけたけれど、いつもすぐ逃げていくから、ネコに威嚇されるのは初めてだぁ!


「……フン。まあ焦らなくてもいいわね。あなたのその見た目じゃあ……ロディも当面、食指動かないでしょうから。その間に、じっくり品定めしてあげますわ」


「えっ? わたしのこの見た目……なにか問題あります?」


「あらっ、無自覚でしたのね? あなたのその人間の姿、かなり幼いのよ? この国の法律で、結婚が許されるか許されないかのギリギリの年齢……な印象、ですわよ」


「ええっ!? そうなんですかっ!?」


「背は低い。目は丸い。頬も丸い。バストは……申し訳程度。あなたもしかすると、わたくしと同じで、ペット枠で迎え入れられたんじゃあないの?」


「うううぅ……。それはちょっと、自分でも思ってますぅ……」


 ロディさんが仕事へ戻ったあと、自分の部屋で下着を試したとき……。

 ブラがやけにぶかぶかで、おかしいとは思ったんですよねぇ。

 ふううぅ~。

 ロディさんのキスを、やけに情熱的に感じたのも……。

 人間の体温がわたしより高めだったゆえの、早合点だったのかも……。


「ま……。あなたが女らしい体になるまで二、三年はかかるでしょうし、その間はわたしも元気でしょうから。それまでにフェーザント家へふさわしい女性になるよう、みっちりしごいてさしあげますわ」


 ひええええっ……やっぱり小姑!

 絶対に小姑!


「それではそろそろ、ご近所へあいさつ周りといきましょうか。ついてらっしゃい、サラ」


「あっ……。あの……わたし、ロディさんの土地から離れると生命力削れるので、ご近所さんへは行けないんです……けどぉ……」


「だれが人間のご近所さんと言いました?」


「はい?」


「フェーザント家の水田には、先住のイモリやカエルがおり、それぞれにわたくしやあなたのような、多少人語を理解する顔役がいます。彼らへあいさつに行くのです」


「そ、そうなんです……か?」


「あなたの嫁入り。彼らにしてみれば、余所者が大移住してきた格好です。縄張り争いが起こらぬよう、早めにあいさつしておきましょう」


「な、なるほど……。さすがはロディさんの妹さんです。気配り上手です」


「まったく……。これくらいは、わたくしから言われる前に気づいてほしいものですわ。気の利かない嫁ですこと!」


 気の利かない嫁って言った!

 気の利かない嫁って言った!

 絶対この人……いやこのネコ、小姑だああぁああっ!

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