第12話 王太子リロイ(2)


 そして、リーシャは話したのだった。ハロルドの企み、これから予想される起こりうる未来を。

 もちろん過去を遡ったとは言えないのである程度濁す部分もあったものの、それでも基本的に情報を伏せることはない。大体のことを包み隠さず伝えてしまう。

 初めて口にする情報の数々。そのほとんどは、執事にすら聞かせたことのない内容だ。傍らに控える彼が何か言いたげな視線を向けているのは気がついていたが、リーシャは敢えてそちらに目を向けることはしない。話し終えた後も、ハロルドにじっと視線を注ぎ続ける。


「悪魔召喚、ね……」

 やがて極めて何気ない調子でリロイは呟き、全身を弛緩させるかのような大きな息を吐いた。

「たいそれたことを考える一方で、肝心のその手段はまじない頼みとは……いかにも兄上らしい」

 やれやれ、と大きく首を振って、リロイは椅子に深く腰掛ける。


「ああ、もちろん君の話を軽んじているわけではないよ? 今はだいぶすたれてしまったけれど、呪術というのは底知れない能力を秘めている――実際、呪術に分類される秘法、奇跡のたぐいのことは王家にもいくつか伝わっているんだ。悪魔召喚のことも含めて……ね」

 内緒だよ? と茶目っけたっぷりに笑って、リロイは片目を瞑ってみせる。


「御伽話に言われるほど万能というわけではないものの、悪魔召喚というのは確かに危険で……国を揺るがせることも可能となる秘術だ。とはいえ、そういった秘術には色々な制約もあるし、扱える人間も少ない。まさか兄上に適性があるなんてね。――やはり、ロマの末裔ということか」

 そう言ってリロイは一度言葉を切ると、思考を巡らるように遠くへと視線を移した。




 彼の反応を見て、リーシャはこっそりと息を吐く。

 呪術による暗殺なんてくだらない――そう切り捨てられることが、一番恐れる事態だったからだ。少なくとも耳を傾けてはもらえたようだ、と手応えを感じながらリロイの次の行動を待つ。

 やがてリーシャへと向き直った彼は、それで、とあらためて口を開いた。


「君がそこまで彼の計画を知っているということは、兄上は君のことを随分と見くびっているようだね……どうせ何もできはしないと」

 その言葉に何も言わず、リーシャはただ微笑む。


「兄上が君を警戒しない気持ちも、わからなくはない――正直私も君のことを、周囲の指示にただ流されるままに従うタイプの人間だと思っていたからね。こんな風に私の元を訪れるなんて、かなり意外だ」

 さらりと耳に痛いことを口にして、リロイはリーシャの顔を覗き込んだ。

「それで? そこまで知ったうえで、君はどうしたいと考えているのかな? こんな思い切った手段に出たんだ。当然、これから先のことも考えているんだろう?」

 出会った時からリロイは楽しそうな顔を浮かべていたが、その表情がますます輝いているのはどういう訳だろう。早く続きを聞かせてくれとねだる彼の姿は、まるで無邪気な子供のようだ。


 そんな前のめりな反応に少し圧倒されながらも、リーシャは発言を促されて慌ててピンと背すじを伸ばした。

 ……気を抜いてはいけない、話としてはむしろここからが本題なのだ。萎縮しそうになるのを堪え、リーシャは意識して口角を上げて微笑みを作る。

「はい。わたくしが考えておりますのは――……」




 リーシャの計画を聞き終えると、リロイはとうとう手を打って笑いはじめた。

「良いね、最高だ!」

 笑いのあまり目尻に涙まで滲ませながら、上機嫌で彼は声を上げる。


「でも、良いのかい? その計画だと君はだいぶ危険な立場に立たされることになるけれど……」

「もとより覚悟の上です」

「気に入った!」

 テーブル越しにがばりと身を乗り出し、リロイは唐突にリーシャの手を握り締める。


「今までの人形のような君に興味はなかったんだけれど……リーシャがこんなに魅力的な人間だったなんて! うん、喜んで協力させてもらうよ。そして……計画通りに兄上が裁かれることになった時には……私と結婚してくれないかい、リーシャ?」

「ご冗談を、殿下……」

 やんわりと手を引っ込めようとするが、優しい手つきながらもリロイはそれを離そうとはしない。


「冗談じゃないさ。もちろん正妃となる婚約者はすでに決まっているけれど、君を将来の第二王妃として迎え入れたいんだ。兄上の母親みたいな踊り子なんかとは訳が違う、ちゃんとした立場だよ。子供が産まれれば、王位継承権だって持てる」

「それは……」

 思わず絶句するリーシャに、畳み掛けるようにリロイは言葉を重ねる。


「悪い話じゃないと思うんだけれど、どうかな? もちろん元々君の家が婿を取るつもりだったのは承知している。でも君の家には弟君が居るんだ、リーシャが家を出たところで問題はないだろう。王家との繋がりを喉から手が出る程に欲しがっている、君のお父上だって喜ぶはずだ。むしろ、今の兄上との婚約よりも良い話になるよ?」

「っ……!」

 矢継ぎ早に繰り出される言葉はその通りとしか言えないものなのに、どうして声が出ないのだろう。


「リーシャの賢くて強いところに惚れたんだ。二番目にはなってしまうけど……大切にするから、前向きに考えてくれないだろうか」

「今はまだ、婚約者がおりますので……」

 辛うじてそう言葉にすると、ようやくリロイは手を離してくれる。

「ああ、それは確かにそうだね。――でも、私は本気だから。兄上の件、俄然やる気が出てきたよ」

 そう言ってリロイはにっこりと微笑んだ。その瞳は、真剣だ。


「だからそれが済んだら今の話、しっかりと考えておいてね」


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