第7話 祖父との再会(1)


「おぉ、リーシャ! こんなに綺麗になって……わざわざこの老いぼれを訪ねに来るなんて、なんて優しい子だろう!」

「ご無沙汰しております、お祖父様。ご挨拶が滞っておりまして申し訳ありません」


 ――数日後。

 ジェドの元を訪れたリーシャを、意外にも彼は大喜びで出迎えてくれた。

 髪こそ真っ白に染まっているものの背筋はしゃんと伸びており、キラキラとした表情は精力に溢れてまだ若々しさを感じさせるジェド。その顔には満面の笑みを浮かべ、孫娘に久々に再会できた喜びをあらわにしていた。


「なぁに、気にするでない。どうせ、あの分からず屋が儂には会うなとでも厳命していたんじゃろ。それでもこの儂に会おうと心を決めてくれたことが、嬉しいよ。大抵のお願い事なら叶えてやりたくなるくらいには、の」

 そう言ってジェドはイタズラっぽく片目を瞑ってみせる。

 リーシャの思惑を見透かしながらも、それを快く受け止める度量。祖父のそんな態度に、かなわないなぁとリーシャはこっそり息を吐いた。


「どれ、まずは孫娘との再会の喜び、しっかりと味わせてくれ」

 そんなことを言いながら、ジェドは両手を拡げてリーシャを抱き寄せた。昔から彼が好んでしていた家族間の挨拶だ。

 記憶よりも随分と近い位置に祖父の頭があることに驚きながらも、リーシャは懐かしい感触にゆっくりと目を閉じる。包み込む温かな体温に、思わず涙が出そうになった。


 自分が受け入れられているという安心感。こんな気持ちになったのは、一体いつ以来だっただろう。凝り固まった心が解けていくようだ。心が欲していた、家族の温もり。

 子供の頃に戻ったような心地で、リーシャは祖父の抱擁を受け止める。その身体が離れる頃には、リーシャは今までにないほどのゆったりした心持ちになっていた。まるでジェドの魔法に掛かったような心地。


「さぁ、次はツルギ、お前さんだ」

 リーシャから離れると、そう言ってジェドはツルギに向かってお茶目な笑みを浮かべる。

「いえ、オレは……」

 慌てて身を引こうとするツルギを逃すものかと、ジェドはがっしりとその肩を捉えた。

「お前さんはいつも、ひとりで頑張りすぎる。リーシャのために尽力してくれるのはありがたいが、あまり抱え込みすぎるでない」


 そう言いながら、ジェドはやさしくその背を包んでいく。しばらく硬直していたツルギは、やがて諦めたようにゆったりと目を閉じた。

 彼の表情から少しずつ険しさが薄れていく。彼もまた、リーシャと同じようにジェドの魔法に掛けられたのだろう。

「……過分なお言葉、痛み入ります」

 そう返す彼の声は少し掠れていて、そして何かに耐えるように語尾が震えていた。




「お祖父様は、ツルギと親しいの?」

 一介の使用人を相手にしているとは思えないそんな距離の近さに、リーシャはつい口を挟んだ。

「そりゃまぁ、子供の頃のコイツを引き受けることを決めたのは、儂じゃからの。小さい頃から目を掛けたきたんじゃ、もう孫のようなものよ」

「……そうだったの」


 思いがけないところで、ツルギの情報が手に入った。ということは、少なくとも巻き戻った「今」の状態では彼が居ることは至極当然のことなのだろう。

 そんな判断をしていると、ジェドは不思議そうに口を開く。


「覚えておらんのかね? そもそも行き倒れていた彼をどうしても助けたい、自分の使用人にするからと頼み込んだのはリーシャだったろうに」

 ちらりとツルギを見やるが、彼は澄ました顔で口を閉ざしている。

 微妙な顔のリーシャを前に、ジェドは苦悩を湛えた顔で首を振った。

「しかし、お前さんの父親がそれを嫌がってな……その時は儂が押し切ったが、もう少し上手いやり方があったのではと今でも後悔しているんじゃ」


「後悔、って?」

「あの時父親に許しをもらうために、リーシャが言った言葉を覚えていないかい? 『もう二度と我が儘は言わない、これからはずっと良い子でいるからお願い!』と」

「私、そんなことを言ったのね」

 他人の過去の話を聞いているかのように、覚えのない話だ。

「幼い子供がここまで言うのだからとヤツを説き伏せてツルギを迎え入れたものの、それまでは人並みに我が儘でお転婆だったお前さんがあれから本当に大人しく言いつけを守る良い子になってなぁ……もちろんそれ自体は悪いことではないが、あまりに自分を律しすぎて儂は不憫に感じておったよ。それからしばらくしてのことじゃった、あの馬鹿王子との婚約が決まったのは」

「…………」


 さらりとハロルドのことを『馬鹿王子』と評して、ジェドはリーシャの顔を覗き込む。

「あれから儂は家を出てしまったからの、口を出す資格はないと思っていたが……ずっとリーシャのことを心配しておったよ。だから、こうして相談に来てくれたことが本当に嬉しいとも」

「お祖父様……」

 彼の瞳に宿る真摯な気遣いの色を見て、リーシャの胸は潰れそうになる。




 ――過去の自分の、なんとかたくなで愚かだったことか。手を伸ばせばきっと、彼女の味方になってくれる人は周囲に居たのに。

 ひとりで思い悩んで、悲劇の立場を嘆くだけ。具体的な行動は何ひとつ起こせず、そして結局良いように利用されて殺されてしまった。


 ――今ではわかる、私は哀れだったんじゃない。ただ、どこまでも愚かだった。


「近頃あの馬鹿王子は、リーシャをないがしろにしてどこぞの貴族の娘にうつつを抜かしている……そんな話は聞いていたが……今日の相談は、その話かな」

「えぇ。でもまずお聞きしたいのは……」

 ごくりと唾を飲んでから、リーシャは意を決して声を出す。

「悪魔召喚についてなんです」

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