三十一話

 細川高国ほそかわたかくにの挑発に乗らぬよう細川澄元ほそかわすみもとはギュッと直垂の裾を握りしめ奥歯を噛みしめて耐えていると細川政元ほそかわまさもとがパンと扇子を強く閉じた。

 その音に高国も澄元もハッと我に返る。


 「高国、そなたが万徳丸まんとくまる岩千代丸いわちよまるを救えと申しておることはわかった。だが澄元を悪戯いたずらに挑発し、座を乱す行為は許せるものではないぞ。」


 政元が強い口調で叱責すると高国は素早く平伏して


 「ハハッ、仰る通りに存じます。口が過ぎましたること、お許し願いたい。」


 そう言って頭を上げると澄元にニッとびるように笑いかけた。

 澄元は高国が投げかけた笑顔を憎々しげに見つめると軽く会釈して


 「分かりました。私もカッとして座を乱した事を皆様にお詫びいたしまする。」


 と政元の方に体を向けてわびたが、内心ははらわたが煮えくり返るほどの怒りであふれているのはその顔色を見ても明らかだった。

 政元は座を収めると今度は澄之を扇子で指して


 「そなた、まだ発言しておらぬが此度こたび措置そち、どう思うのだ。」


 澄之は突然の指名に遂に来たかと言葉に詰まる。

 澄之としては幼少の子を罪に問うことはしたくない。

 だが眼の前で大切な友が二人は許せぬと言っているのだ。

 それが激情に任せてのことだと分かってはいても、反対の意見を言うのは流石に気が引けたのである。

 政元に体を向けて頭を下げて発言をしようとするものの中々言葉が出てこない。

 チラと澄元を見ると、澄元の顔は普段の柔和な顔が嘘のように憤怒ふんどに満ちた形相ぎょうそうをしていた。

 いつもの澄元に戻ってほしい。

 そう願いを込めて発言をしようとすると、後ろから高国が突然発言をした。


 「澄之様は澄元様に気を使っておられるのです。聞くところによると、世間では世継ぎ争いで憎しみ合っておるように噂されておりますが、屋形の雑人ぞうにん共の話によると、二人の仲は世間の噂と違って大変およろしいようですな。澄之様はお友達を裏切る事をはばかって躊躇ためらってっておりますゆえ、大事な意見も言えぬ様子。ここは一つ私めに思案がございます。」


 澄之は高国に心の内を見透かされたことにいらつきを隠せずキッと高国をにらみつけるが、高国は悪びれもせずニッと笑みを浮かべる。

 政元は高国の思案とは何かと聞こうと扇子を高国に向けると高国は滔々とうとう


 「万徳丸と岩千代丸は我が野洲家やすけでお預かりとし、私が二度と当家に敵意を持たぬように養育しましょう。我が館にて預かります故、澄元様のお気を煩わすこともありますまい。如何にござりましょう。」


 そう言って平伏した。

 政元は高国が二人を引取、養育すると言う事でこれ以上に良い案は無いと思い手を打った。


 「そなたが引き取ると言うのならば良かろう。薬師寺やくしじの嫡流は長忠とするが、万徳丸と岩千代丸も高国の養育が良ければ、薬師寺の名字を名乗ることをゆるそう。」


 政元は高国の案に機嫌を良くしてそういった。

 

 「そなたはそれで良いと思うか?」


 政元は澄之に最後にそう尋ねると澄之は嫌も応もなく


 「御意、殿の御心のままに・・・」


 と澄之は平伏した。

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