第6話 義母さまの帰還

 目を開けると高い天井のはりが見えた。

 肌には柔らかく白いシーツが触れる。


 腰の辺りには、白いシーツに顔をうずめたシャーロットの姿があった。


 メグはゆっくりと目を閉じたり、開けたりしながら思いにふける。


「夢だったら良かったのに……」

 小さな独り言。


 メグの声に気付いたシャーロットが顔をあげた。

 少女の大きな瞳は心配そうにメグを見つめる。


「よかったあ」


(―――私、今どんな顔をしてるだろう?)


「痛いの?」


 メグは首を横に振る。

 そして目の前の少女に精一杯の笑顔をつくって見せた。


「ちょっと待てってね」「すぐ、お水もってくるね」

 

 シャーロットはシーツから飛び起きると元気な背中を見せ部屋を出ていった。

 慌ただしく少女が去った部屋は、また静かな空間に戻った。


 瞳の底から熱いがジワリとあふれ出し、「グスンッ」鼻をすすった。

 

 (―――からだ中がなまりの様に重い。関節の節々が痛い)

 

 メグの目に涙がこぼれ落ちた。


 (―――左腕の感覚が無い)


「…………」


 (怖くて、さわることも……見る事もできない……)


 視界の端には、辛うじて見える左腕に巻かれた包帯。


「…………」

 なぜか夢の中で聞いた子守歌が頭に浮かんだ。


 ◇


「まだ動いてはダメよ」

 誰も居ないはずの部屋の片隅から女性の声がした。

 

 ビクリッと小さく肩が反応する。

 メグはそのを探ろうとしたが、先にが近づいて来た。


「ありがとうね……」

「君のおかげでシャーロットは無事だったよ」

 と優し気な声の主が、目の前に立った。

 

 長い髪を結った彼女は、切れ長な目の奥の瞳に笑みを浮かべた。

 王都でもめったに見かけない佳の人。

 知的な眼差しに整った顔立ちは、若さには無い色をまとう美しさがにじんでいた。


「大変だったね」

「ゆっくり休むといい」


 メグの瞳に先ほどとは違う別の涙が浮かんだ。

 

 傷の痛みでも無い、誰かに愚痴を言いたい訳でも無い、ましてや励ましや申し訳けを誰かに言ってもらいたい訳でも無い。

 ただ心に引っかかった何かが、涙となってあふれ出た。


 目の前の美しい女性は、メグの横に座ると優しく体で包んでくれた。


「痛むかい?」


「診てみよう」


 彼女は、包帯で巻かれたメグの左手に自分の手を添えると手の平で優しく包んだ。


 ◇◆◇◆初めての魔法


 メグは感覚の無い左腕、そして血の通わぬ蒼白な自分の指を見つめた。


 彼女はこの怪我を治してくれると言う……。


「応急措置はしたのだけれど……」

「完全に治癒するには、自身の力が必要なの」

 とその女性は微笑んだ。


「さあ、始めようか?」

 彼女はメグの動かぬ左手を取って手の平に添えた。


「願いなさい……」

「あなた自身の為に」

「自分は、と深く願いなさい」


「祈りなさい」

「自分は愛されていることを」

「そうすれば、願いはかなう」


 彼女は、メグのひたいに優しく指先をあてる。


 反対の手の平を傷口にかざし、深く目を閉じ、唇を動かした。


(私は……)

(―――生きるって?)

(―――愛って?)


 彼女が口にした言葉を繰り返す。


(彼女の指先が、ほんわり温かい……)


 彼女の指が添えられたひたいから温かな何か、薄い膜?が広がる。

 白い……いや金色の波紋が頭の中で広がった。


(顔が薄っすらと浮かんだ)

(シャーロットの大きな瞳……)

(その大きな瞳に映った自分の笑顔……)


 大きな息が胸元から喉元を登り、ゆっくりと漏れた。

 

 メグに触れた彼女は、リズムを口にする。

 それは不思議な音の旋律。

 優しい祈りの様でもあり、調和を促す力強い言葉―――。 


「我が身に宿りし、大地の力」  

「命の根元である、偉大なる大地の精霊よ」


「大地に満ちたる生命の根源を読み解き、我が身に宿れ」


「かの者の願いによって、命の息吹を鼓動させよ」


 添えられた彼女の手に、金の粒子が一つ二つと浮かび上がった。


 どこから現れるのか金の粒子は増え、光の帯となってメグの左腕を包んだ。

 粒子の一粒一粒が生き物の様に動き、皮膚を刺激する。


 流れる血液が、筋の一筋が、細胞の一つが活性化する様に鼓動する感覚。


 やがて金の光は、術を施す彼女を包んだ。

 まるで彼女自身が白銀に輝く様に。

 

(あぁ……きれい……)


 メグは白銀に輝く彼女に目を奪われ、息を飲んだ。


「…………」


 ビクリッと指先が跳ねた。


 蒼白であった指先に赤見が差し、手の平に熱がこもった。


「えっ!」


 既にまとった光を失っていた彼女は、ニコリと笑う。


「女の子だからね」


 腕の感覚が戻っていた。傷跡が消えていた。


 またメグの目から涙がこぼれた。


「メグっ―――!」


 部屋の入り口で二人の様子見ていたシャーロットが嬉しそうに声を上げた。

 シャーロットは走り寄り、メグの腰に抱きついた。


 彼女が笑う―――。

 

 それが伝説の魔導師、レイチェル・クラーク。

 義母さまとの初めての出会いであった。

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