いまさら媚を売ってきても、もう遅い

「……なにやってんだ、おまえたち」


 深々と頭を下げ続けている同級生に、俺は戸惑いの声を発する。


 俺は学校内でも、(悪い意味で)有名な陰キャ。そんな俺に向けて、どうしてこいつらは頭を下げてきてるんだ?


「い、いえ! 大桃さんにはこれくらいしないといけませんから!」


「は……?」


 唖然とする俺に向けて、同級生の一人が、頭を下げたまま両手を差し出してきた。


「自分、大桃さんのバッグを教室までお運びします! どうか任せてください!」


「いやいや必要ねえだろ。何キロあると思ってんだこれが」


「いえ! 自分、大桃さんのために頑張りますから!」


「はぁ……?」


 いったいなにがあったんだ……?


 陰キャの俺は、もちろんスクールカーストの下位に属している。


 しかも昨日までは鬼塚に迫害されていたわけだし、下位のなかでもさらに下位、最下層の人間であるはずなのに……。

 学校内で誰かから頭を下げられることなんて、基本的にないはずなのに……。


 そこまで思索を巡らせたところで、俺ははっとした。


「おまえら……あの動画見たのか?」


「は、はい! 自分、大桃さんがあんなに強かったとは露知らず……いままでの非礼を詫びるためにも、どうか……!」


「は~ん……」


 つまりこいつらは、怯えてるんだ。


 昨日、詩織ユリアの生配信によって護月院高校が瞬く間に炎上し。

 さっき路地裏で鬼塚たちが襲いかかってきたところも、きっと生配信で世界中に流されているだろう。


 つまり俺の機嫌次第で、今度は自分たちが痛い目に遭うかもしれない――。

 そういった考えから、急に媚を売ってくるようになったんだろうな。


「ふん……とんだ手のひら返しだな」


「え……?」


「失せろ。おまえらに媚売られたってなんとも思わねえ」


「で、ですが……」


「失せろと言ったよな? 聞こえなかったのかよ」


「…………!」


 俺が睨みを利かせると、同級生たちは怯えたように背筋をまっすぐ伸ばし。


「し、失礼しました……!」


 そう深々と頭を下げて、そそくさとその場を退散するのだった。


「はぁ……」


 ほんとにもう、嫌になるよな。


 いままで散々いじめを見過ごしてきたくせに、自分たちの立場が不利になったらこれか。そんな奴らの言葉を信じられるわけがないし、信じようとも思わない。


「反吐が出るな、まったく……」


 だがまあ、俺はあくまで平凡な男子高校生。

 ここで荒波を立てたところでメリットは一つもないので、あいつらを取っ払ったことでいったんは良しとしよう。


「はぁ……ったく」


 俺は深いため息をつくと、通いなれた教室へと向かう。


 いつもは俺なんてモブキャラの一人で、存在感なんて欠片もなかったんだけどな。


 今日に限っては、生徒たちの多くが俺を恐れているように感じられた。いや……生徒たちだけでなく、教師陣もか。


 いまも学校への批判が殺到しているのだとしたら、おそらく教師陣は夜も眠れぬ日々が続いているだろう。


 実際にも担任の教師がげっそりした顔をしていたが、こいつもいままで鬼塚のいじめを見過ごしてきた人間なので、あまり同情の念は湧いてこない。


 昼休憩のとき、深く頭を下げられたりもしたけどな。


 騒動が終わってからやっと動き出しているようでは、俺の心は微塵にも動かないのだった。


 まあ、これにてしばらくはいじめに怯える必要はない。


 前よりは快適な学校生活を送れるようになったので、ひとまずは、これだけでも良しとしよう。


 そう判断し、俺はあくまでいつも通り、学校の授業を受け続けるのだった。


  ★


 放課後。

 一日の授業を終えた俺は、一目散に学校を飛び出した。


 炎上の件について、校長から話し合いたいという提案を持ちかけられたけどな。そんな面倒くさいものを受ける義理はないので、当然のごとく断っておいた。


 なにせ今日はオリハルコンスライムが大量発生している日。


 こんな貴重な日を、しょうもないことで浪費したくない。


 だから同学年の誰よりも早く、昇降口を出たのだが――。


「あ、いたいた♪」


 その校門の前で、やはり変装状態のあいつ詩織が待ち構えていたのである。


「おまえ……。もう終わったのかよ、学校」


「うん♡ 怜くんに会うために、急いでタクシー飛ばしてきたんだよ? 褒めてくれる?」


「どこに褒める要素があるんだよ……」


 深くため息をつく俺。


「とにかく、ついてくるなら来い。時間がないんだ」


「うん、もちろん♡」


「ばっ! おい、くっつくな‼」


 いきなり腕を絡ませてきた詩織に対し、俺は思わず大声を発する。


 その際、柔らかい二つの膨らみの感触を感じたんだが……まあ間違いなく、わざと当ててきたんだろう。詩織のことだし。


「ふふ、怜くんだったらいつでも触っていいからね? 私のおっぱい!」


「触るかよ!」


 護月院高校の教師や生徒はみんな俺に媚を売ってきていたが、こいつだけは変わらないのだった。


  ★


 ――西桜にしざくらダンジョン。


 俺も何度か潜ったことがあるが、たしか五十階が最下層だったか。


 平均的な階数が三十階ほどなので、比較的、深いダンジョンと言えるな。


 オリハルコンスライムも最下層にいるようだが、普通にそこまでを目指すとなると、かなりの時間がかかってしまうだろう。


「う~ん、やっぱり情報が早い人はもう来てるみたいだねぇ……」


 そして周囲では、俺たちと同じ探索者が我先にと最下層へ向かっている。


 俺が以前来たときにはこれほど賑わっていなかったので、まあ十中八九、オリハルコンスライムが目的だろうな。


 大量発生時のモンスターは基本的に無限リポップするので、制限切れにさえならなければ、狩り尽くされる心配はないが――。


 このままでは、最下層に着くまでにかなりの時間がかかるだろう。


「怜くん、とりあえず走っていこうよ。とりあえず最短で着けば、一匹か二匹くらいは……」


「いや、必要ない。俺の手に捕まれ」


「え……?」


 詩織が目をパチパチさせている間に、俺はエクストラスキルを起動する。


「いくぞ……スキル発動、《瞬間移動》」



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