プチざまぁ回① 怠惰な陰キャはとにかく平凡に生きたい

「な、なんだ……?」


 学校へ向かう道すがら、俺は沢山の視線を感じていた。


 主に護月院高校の生徒から見つめられているようだが、いったいどうしてだろうか。


 俺が見たニュース記事では、学校名は晒されていたものの、俺の本名までは載っていなかった。


 それとも俺が見つけられなかっただけで、実名が公開されているサイトもあるってことか……?


 俺は俗に言う陰キャだ。

 だからいままでも、周囲から白い目を向けられることはあったが――。


 しかし現在向けられている視線からは、そうした“侮蔑”の感情をいっさい感じない。


「ねぇねぇ、あの人がユリアちゃんを助けた……?」

「キック一発ででかいモンスター倒してたよね」

「なんだかやる気なさそうな雰囲気だしてるけど、いざという時は頑張るんだねぇ」


 ……といったような、背中がむず痒くなるような視線を感じるのだ。


 ああ、本当にめんどくさい。

 余計な人間関係に縛られるより、俺はダンジョンにこもってSランクモンスターを蹴散らしていきたいのに。でっかいモンスターに囲まれて、戦闘三昧の毎日を送っていきたいのに。


 ネット民の特定の早さを、少しばかり侮っていたな。

 そんなふうにため息をつきながら、俺は足早に護月院高校へ向かうのだった。


  ★


 しかしあんなニュースが出回ってもなお、いままでと態度がまったく変わらない人物もいた。


「よぉ大桃‼ おめぇ、相変わらずキモい野郎だな!」


 放課後。

 学校きってのいじめっ子――鬼塚蒼が、いつも通り俺に突っかかってきたのである。


「聞いたぜ……? おまえ、俺の・・ユリアちゃんを助けだしたっていう噂が広まってるんだってな」


「…………」


 聞き流しながら、俺は内心でため息をつく。


 やっぱりそうだったのだ。

 俺がうまく見つけられなかっただけで、もうどこかのサイトでは、俺の名前が広まってしまっている。


 しかも俺のユリアちゃん・・・・・・・・ときたもんだ。


 彼女はたしかに美人だから、男として惹かれる気持ちはわからなくもないが――こいつもユリアを推していたのか。


 なかなかどうして、面倒な展開になってきたものである。


 しかもあるニュース記事によれば、ユリアが俺を捜しているとも書かれていたからな。

 本当に鬼塚が彼女の推しなのだとしたら、たしかにこの状況は嬉しくないだろう。


「だが、んなわけねぇよなあ?」


 そう言いながら、鬼塚がいきなり俺の髪を引っ張ってきた。しかも普段より力が強い。


「おまえは正真正銘のクズで陰キャ。おまえみたいなゴミに、まさかデスデビルオーガを倒せるわけないだろ?」


「ああ、そうだな。俺じゃない」


「ひゃひゃひゃ! やっぱそうだと思ったぜ!」


 ガッ‼ と。

 奇妙な笑い声をあげながら、いきなり顔を近づけてくる鬼塚。


「……でもよ、俺はムカつくんだよ。クズ陰キャのおまえなんかが、学校で注目されてるなんざ……。心底気に喰わねぇ。もっと注目されるべきなのは、レベル30の俺様だろ?」


「…………」


「……だからよ、いまから校庭に来い。みんなの前で徹底的におまえを痛めつけて……おまえがユリアちゃんを助けたわけじゃねぇことを証明してやる」


「なに、ほんとか⁉」


 俺はがばっと立ち上がり、鬼塚の目を真正面から見つめる。


「(俺の評判を落としてくれるなら)大歓迎だ! さっさと行こうぜ!」


「へっ、やる気充分かよ。じゃあさっさとタイマン勝負といこうや」


  ★


 というわけで。


「ひゃひゃひゃ! なんだてめぇ、こんなもんかよ‼」

「抵抗もしねぇとか、クソザコすぎるぜ!」


 ――校庭にて。

 俺はいま、喜んで鬼塚に殴られまくっていた。


 こういう決闘の類は、絶対に学校側が許さないだろうしな。教師陣が仲裁に入ってくる前に、俺の無能っぷりを周囲に知らしめる必要があった。


 だから俺は開幕から、一切の抵抗もなく。

 ただただ徹底的に、鬼塚の思うがままに殴られ続けていた。


「あれ、なんで抵抗しないの……?」

「いくらダンジョンでの強さが適用されなくても、戦う時の動きくらいは身に着いてるはずだよな……?」

「やっぱり、あの噂はデマだった……?」

「でも不思議だな……。大桃、殴られてるのになぜか嬉しそうだよ」

「しかもなぜか、殴られるくせに、そんなに痛くなさそうな……」


 ……よしよし、良い調子だな。


 このまま俺の悪評が広まっていけば、また近いうちに、前までと同じ生活を送れるようになるだろう。有名配信者と絡まれるような、面倒な日々とはこれでおさらば――。



「あれ、なにやってるの?」



 しかしふいに、そんな俺たちの決闘・・に水を差してきた人物がいた。


「え……⁉」


「おいおい、嘘だろ……⁉」


 状況を見守っていた生徒たちも、その人物の登場に大声をあげる。


 ――そう。

 この場にやってきたのは、チャンネル登録者1000万人の有名人にして、昨日俺が助けた少女……ユリアだったのである。


「あらあら……これはいったい、どういうことかしらね」


 帽子とサングラスを外したユリアが、厳しい目つきで鬼塚を睨みつける。

 しかもさっきまで配信してたのか、手にスマホを握りしめていた。


「護月院高校。たしか偏差値がすっごい高い名門校だと聞いてるけど……あんたみたいな、最低の人間もいるのね?」


「あ、いや、これはえっと、その……」


 ――やはり、鬼塚もユリアファンの一人だったようだ。


 彼女に追及され、鬼塚はしどろもどろになるのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る