推しのダンジョン配信者を有名にしようと布教を頑張ってたら、何故か俺もSNS上でバズっていた件

蒼唯まる

1-1 『ダンジョンになった新宿駅』

 すっかり廃墟と化した新宿駅の構内に一歩足を踏み入れれば、そこには見渡す限りの大自然が広がっていた。


 丘を見下ろした先にあるのは、広大な盆地だ。

 小さな森林が各地に点在し、平原の中央では渓谷が大地を大きく割り、それらを囲い込むようにして山脈が連なる。

 そして、頭上を見上げれば、青空と見紛うほどの天蓋が空間全体を覆っている。


 まるでファンタジーの世界をそのまま再現したかのような絶景だ。


 更に周りを見回せば、地球上では見たことのない数々の植物があちこちに自生し、大小様々な謎の生物がそこら中を徘徊していた。


 俺は肉体に内蔵された無線機能を使い、事務所に通信を繋げる。


「あ、もしもーし。社長、こちら龍御たつみ、今ダンジョンの中に到着しましたー」

『おう、皇磨こうま。ようやく着いたか。今日のダンジョンの様子はどんな感じだ?」


 何も無いはずの耳元から聞こえてくるのは、勝気そうな女性の声。

 通話の相手は、鬼頭きとう環薙かんな——俺のバイト先の社長だ。


「別に変わりないっすよ。すこぶる気候が良くて、自然いっぱいで空気が美味くて、配信目的の探索者とモンスターが彷徨うろついている。至って普段通りのダンジョンっす」

『うっし。じゃあ、何の問題ねえな。今、ターゲットの座標を送るから確認したらすぐに向かえよー』

「了解っす。じゃあ、着いたらまた連絡しますんで」


 通信を切り、装備の最終チェックを行なっていると、ホログラムのレーダーが出現し、中心点からかなり離れた位置に赤点が表示される。


「うっわー最悪、事務所出る前より遠くに移動してんじゃん。ったく……今日はおさのんの配信があるっていうのに」


 これじゃあ、開始時間に間に合わねえじゃねえか……!!


 はあ、大きく一つ溜め息が溢れる。


「けどまあ……推しの快適ダンジョン探索配信の為だ。一仕事頑張るとしますか」


 召喚した二丁のハンドガンを携え、気を引き締めたところで、俺は目的地に向かって丘を駆け下りることにした。






 ボロボロになった新宿駅を目にする度、よく大人達が口を揃える。


 新宿駅は一度迷い込めば二度と出られない魔境——ダンジョンだった、と。


 勿論、それくらい広くて複雑な構造をしてるっていう比喩なのだが、今からおよそ二十年前——新宿駅は本当に『ダンジョン』と化した。


 曰く、突如としてホームに出現した大穴が、瞬く間に駅全体を飲み込んで構内全てをこっちの世界とは異なる空間に塗り替えてしまったという。

 異空間の中は、地球上では見たことのない凶暴な生物——”モンスター”が蔓延る巣窟となっていて、空間に飲まれた人々に見境なく襲いかかっただけでなく、大穴を通じてこっちの世界にまで侵出し、瞬く間に周辺の地域を蹂躙、街を恐怖で染め上げた。


 事態を重く受け止めた国は、すぐに自衛隊を総動員で出動させて殲滅を試みるも、こっちの世界には存在しない物質で体が構成されたモンスターに現代兵器は効果が薄く、みるみる戦況は悪化の一途を辿っていく。

 そして、誰もが新宿の……否、都市の壊滅する未来が脳裏に過ったそんな時だ。


『神秘』と呼ばれる異能の力を宿す人間——『神秘使い』がどこからともなく現れ、最悪の状況を一気にひっくり返してみせた。


 彼らは、未知の生体エネルギー——『魔力』を動力源とした特殊な技術を用いて、こっちの世界に出没していたモンスターをあっという間に殲滅させたのだ。

 こうして都市はどうにか守られ、世界に束の間の平和が訪れた。


 その後、新宿駅のダンジョン化を皮切りに、一般人の間でも神秘を宿す人間が次々と現れるようになり、加えて、魔力と科学技術を融合させたテクノロジーが確立されたことで、整えられた防衛体制はより盤石なものとなる。

 更には、ダンジョンの攻略に乗り出した腕利きの神秘使い達が、危険なモンスターをダンジョンの入り口付近に押し寄せる前に撃破しているおかげで、最初の大規模侵攻以降、平穏はずっと維持され続けている。


 おかげで今では、神秘に目覚めた人間であれば学生であっても気軽にダンジョンに入れるようになったし、最近はダンジョン内での活動風景をネット上で動画配信する『探索配信』が一大コンテンツとなっていた。






 レーダーが指している座標までは、まだ大分距離がある。

 この感じだと……恐らく、目標のモンスターがいるのは渓谷付近か。


「出来るだけ上層にいてくれれば良いんだけど……あそこ降りるの面倒なんだよな」


 レーダーは敵の高さを教えてくれるほど高性能ではない。

 だから実際に現地に行ってみないと判断がつかないことも多い。

 可能な限り急いで平原を突っ切っていると、近くでダンジョンを探索中の神秘使い——探索者がモンスターとの戦闘を行っているのが視界に映った。


 戦っているのは、ハンドガンとナイフを手にしたツインテールの金髪少女だった。


 ぱっと見は学生——それも高校生っぽいな。

 髪色が金なのは、染髪というより、神秘の影響によるものだろう。

 構えは拙く、装備は貧相。それと近くにウィンドウと定点カメラが出現していることから多分、配信中の初心者ってところか。


 少女が戦おうとしているのは、熊のような姿をしたモンスター……個体名は確かウェンベアだったか。

 幾らか戦闘に慣れた探索者であれば苦戦するような奴ではないが、初心者が倒すには少々荷が重い相手ではある。このまま戦えば、十中八九少女は倒されるだろう。


 ——助太刀すべきか、それとも放って先に進むべきか。


 昔はともかくとして、今の時代、余程のことがない限り、探索者が事故ってモンスターに殺されるどころか、負傷するなんて事もまず起きない。

 だから助ける必要なんてどこにもない訳だが——、


「配信前に探索者がやられちまったなんて知ったら、心優しいおさのんはきっと心を痛めるよな……」


 ——なら、速攻で倒すしかねえよなァ!


 そうと決まれば早速進路変更、俺はウェンベアに向かって突撃を仕掛ける。


「うおおおおおーっ!! 悪いが、ちょっと邪魔させてもらうぞ!!」

「へ……えっ、なになになに!? っていうかアンタ誰!?」

「通りすがりのおさなーだ!!」

「おさなー……? 何、それ」

「二丁拳銃使い系新人DTuberおさのんのリスナーの事だ」

「……おさのん?」


 こいつ……おさのんを知らない、だと……?

 うわー可哀想に……あんた人生八割損してんぜ。


 まあでも、おさのんはまだ駆け出しのDTuberだ。

 まだ認知度がそこまだ高くないのは、仕方のないことではあるか。

 であれば、ここは一つおさなーとして、おさのんの布教でも——、


「——危ない! 後ろ!」

「ん、後ろ? ……あっ——」


 振り返れば、いつの間にか背後に回り込んでいたウェンベアが丸太のような腕を振り上げ、そこらの刃物よりも鋭く頑丈な爪で俺を切り裂こうとしていた。

 ——が、


「よっ、と」


 それより先にハンドガンをホルスターから抜き、魔力を込めた弾丸をウェンベアに向かってぶっ放せば、刹那——ウェンベアの胴体より上が一瞬にして消し飛んだ。


「はい、一丁上がり」

「嘘……一撃でモンスターを葬った……?」

「まあ、上層に生息する程度の奴だからな。これくらい普通だろ」


 腕の立つ探索者ならザラにやってのけるぞ。


「それより……あんた、倒すならもっと手頃そうな奴にしとけ。余計な世話だろうけど、今のあんたの実力じゃ、返り討ちに遭うのが関の山だぞ」

「な、何よ……いきなり出てきて偉そうなこと言わないでくれる!?」


 そう言ってツインテ少女は俺をきっと睨みつける。

 きっとプライドが高い方なんだろう。それなら確かに、見ず知らずの相手に上から物を言われたら反抗したくなる気持ちも分からんでもない。


「……とりあえず、忠告はしたからな。次は戦う相手間違えんなよー」

「あっ、ちょっと……!」

「何?」

「えっと、その……助けてくれてありがとう。それと名前くらい教えなさいよ」


 前言撤回。意外と律儀で良い奴かも。

 なんか微妙に上からなのが気になるけど、別にいいか。

 これくらい些事だ。


「龍御皇磨——しがないバイト勢でおさのんリスナーだ。そんなことよりも、あんたも、そこの配信を見ているリスナーの皆さんも是非、二丁拳銃使い系新人DTuber小叉野沙乃——おさのんをよろしく」

「なんであんた自身より別の配信者の紹介をしてんのよ……」

「俺自身よりもおさのんが人気になる方が大事だからな。……っと、そろそろ行かねえと残業になっちまう。そんじゃ俺急いでるから、またなー」


 ツインテ少女に別れを告げ、俺は改めて渓谷エリア目指して草原を駆け抜けるのだった。

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