【13*】実家、偽装する。(前編)

 王都に戻って学生生活を送っていたウィリアムに、父親からの手紙が届いた。学生寮の特待生専用サロンで催されていた、ティーパーティに参加していたときのことだ。


「マグラス様、ご実家からお手紙ですよ」


 寮母が、『緊急」と朱書きされた封筒をウィリアムに届けた。


「父さんが僕に手紙を? ……珍しいな」

 怪訝そうな顔で封筒を見ているウィリアムに、パーティの主催者であるルシアン・ウェルデアが声をかける。


「読んできたらどうだい? 席を外しても、失礼には当たらないよ」

「しかし、殿下……」


 ウィリアムが『殿下』と呼ぶと、ルシアンは悪戯っぽく肩をすくめた。

「おっと、ウィリアム。アカデミーの中では、僕を『殿下』とは呼ばないルールだろう? 真理深淵を目指す者、身分を問わず平等であれ――それが、王立アカデミーの基本理念だ」


 一九歳のルシアン・ウェルデアは、このウェルデア王国の第二王子という立場にある。彼はアカデミーの五年生だ。王立アカデミーでは魔法学、天文学、芸術学、数学、語学、経済学、農耕学の七科目を学ぶことができ、ルシアンは魔法学で首席を収めて特待生となった。


 一方のウィリアム・マグラスは農耕学の特待生である。学年はルシアンより三つ下の二年生なので、ルシアンとは先輩・後輩の関係性である。


 プラチナブロンドの髪をさらりと掻き上げ、ルシアンは紫色の目を柔らかく細めた。

「行っておいで、ウィリアム。「今すぐ手紙を読みたい」って、顔に書いてあるよ」


「……ありがとうございます、ルシアン様」

 恐縮しつつ、ウィリアムはサロンを出て自室に向かった。


 地方貴族の第三子に過ぎないウィリアムに、ルシアンは日頃から目をかけてくれる。王子として「国家に貢献しうる優秀な人材」を把握しておきたいという意図もあるのかもしれないが、ウィリアムにとっては非常に光栄な話だった。


(父さんが僕の頑張りを評価してくれなくても、アカデミーには僕を分かってくれる人達がいるんだ!)


 王立アカデミーの学則により、自分が特待生になったことを学外の者には口外できない。だからもちろん、第二王子と親しくしていることも秘密だ。


 ウィリアムが第二王子と交流があると知れば、父は腰を抜かすだろう。みっともなくヘタリ込む父の姿を思い描いて、ウィリアムは少しだけ胸がスッとした。


「……さて。それでこの手紙は、いったい何なんだ?」

 一人きりの自室で、ウィリアムは手紙の封を切った。そして――。


「はぁああああああああ!? ヒールトーチがしおれてきた!?」

 と、大声を張り上げた。



 手紙に書いてあったのは、『マグラス家で栽培していたヒールトーチが、ここ数日のうちに急に萎れだした』ということだった。


 原因は不明。

 手遅れになる前に何とかしろ。

 最高級の植物栄養剤を、今すぐに送ってくれ。

 このままでは美容液の生産がストップし、マグラス家の信用にきずがつく!!


 ……というのが、手紙の内容だった。


「だから言ったじゃないか、いつ枯れるか分からないモノで商業化するなんて、無茶だって!」


 十五年以上育っていたヒールトーチが、なぜ今になって急に萎れ始めたのだろう? だが冷静に考えれば、むしろ今まで育っていたのが不思議なのである。


 ウィリアムは机にかじり付き、父への手紙の返事を書き始めた。


  ***


 ――数日後。マグラス伯爵邸、ヒールトーチの花壇前にて。


「くっそぉぉおおお。ウィリアムめ、あの役立たずが!!」


 王都のウィリアムから届いた手紙を読みながら、ドナルド・マグラス伯爵は絶叫していた。


 ヒールトーチの世話をしていた庭師が、青ざめた顔で伯爵を見た。伯爵はわなわな震えながら、手紙の文面をもう一度読み返している。


「前略、父上。植物栄養剤は、既にあらゆる製品をお送りしてきましたが無効でした。打てる手はすでに打ち尽くしているため、ヒールトーチを維持する方法はありません。どうかヒールトーチ入り美容液の販売を、いますぐ中止してください。受注後のキャンセルが多いと信用問題になりますから、ご留意ください。草々。……だと!?」

  

 マグラス伯爵は手紙を握りつぶして投げ捨てると、地団駄を踏んで悔しがっていた。


「困ったぞ、どうしたらいいんだ! 今ある在庫だけでは、来月中には品切れになってしまう。コネを使って、ようやくカレド公爵夫人からの受注も取り付けたというのに……」


 カレド公爵夫人というのは、現国王ユリシス二世の妹君である。マグラス伯爵は貴族間のコネを駆使して、王の近縁にあたるカレド公爵夫人に美容液を売り込むことに成功したばかりであった。


「王室御用達の美容液にすることを目指して、順調に滑り出していたのに。ぐぬぬぬぬ」


 歯ぎしりをする伯爵の隣で余裕の笑みを浮かべているのは、イザベラの婚約者であるデリック・バーヴァーだ。


「お義父さん、落ち着いてください。ビジネスにトラブルは付き物ですよ」


 デリックは白い歯を覗かせて、自信満々に笑った。ちなみにイザベルとは婚約段階なので、正確にはまだ『お義父さん』ではない。


「昔、僕は菓子の原料不足で同じようなトラブルを経験し、で切り抜けたことがあります! だから今回もご心配なく」

「さ、さすがだな、デリック君は」


「お任せください」

 きらり、と彼は再び白い歯を覗かせた。デリックは、気障キザで自信家な男なのだ。


 一方のマグラス伯爵は、すっかりパニックに陥っていた。マグラス伯爵は人脈作りが得意だが、商売のセンスも領地経営の能力もない――だからこそ、デリックを婿にしたいと考えたのだ。


「それで、デリック君! このピンチを乗り切る方法というのは、一体何なんだ?」


 デリックは恰好つけて笑うと、声を落として伯爵に告げた。


です」


「…………はっ!? ぎ、ぎそ、」

 偽装!? と叫びそうになった伯爵に、デリックは「しー」っと黙らせるジェスチャーをした。


「ヒールトーチのエキスを加えずに、『エキス入り』と偽って販売し続けるのです。どうせバレませんよ。もともと数滴しか入れてない訳ですし、美容効果なんて別のハーブで補えば十分です」

 

 ハンサムな顔に黒い影を落としたデリックを見つめ、マグラス伯爵はごくりと固唾をのんだ。

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