第3話 放っておけない。

その日の夜。

俺は約束通り、みゆりから聞いた飲み屋へ来ていた。

…居酒屋だな。貸切らしく、看板に「◯◯様予約/貸切」と書いてある。


のれんをくぐって中に入ると、既に何人かのメンバーらしき男女が集まっていた。

そのなかに、みゆりもいる。


「真城クン!こっちこっち!」


誘われて来た以上、みゆりの所に行かない訳にはいかない。

取り敢えず少しだけ話してから、壁の花になるか…と、みゆりの隣に腰掛けた。


「何飲む?ビール?」


「あぁ、取り敢えずビール」


返事をすると、みゆりは慣れた様子で店員に声を変えてくれた。

俺は店員に声を掛けられないタイプだからありがたい。


少し待ってから届いたビールを飲みながら、他愛ない話をしていると、どんどん人が増えて来た。



♢♢♢♢♢♢



「…と言うわけでぇ!カンパーイ!」


どうやら大体の人数が集まったらしい。

飲み会の主催者らしき男が乾杯の音頭をとった。


どうやら新入生はタダというのは、みゆりの嘘ではなく本当らしい。


よし、後はひたすら飲んで食いまくる。

…と思っていたら、やっぱりみゆりが話しかけて来た。


「ね、真城クンって下の名前なんて言うの?」


「…颯斗はやと


無視にならない程度に返事をしながら、ひたすら食って飲んでいると、みゆりとは反対側に座っていた子が「何食べる?」と皿を手に取った。


「あ、じゃあ唐揚げと、焼き鳥を」


「…これと…これね。はい、どうぞ」


「ありがとう」


メニューを手渡してくれたのは、大人しそうな眼鏡の女の子だ。

うん、みゆりみたいな派手なタイプより、こういう素朴な子の方が落ち着くな。


「…このサークル入るの?」


素朴な子はそう聞いて来る。


「いや、飲みに来ただけ。サークルとか入る気ないしな」


そう言うと、反対側のみゆりが話に割り込んできた。


「ちょっと…千代音ちよねー、さりげない女子力アピールやめてよねー」


「え、別にそんなつもりじゃ…、ごめんなさい」


おーい、みゆり。冗談まじりに言ってるつもりかも知れんが、こめかみがピクピクしてんぞ。

仕方なくみゆりを向く。


「…で、お前は結局このサークル入んのか?」


「えー、どうしようかな…」


甘えるように、ちらちらと見て来る視線が、明らかに俺が入るなら入る。と言っている。…誰が入るか。


「…入んねーって言ってんだろ」


「えー…、もぅー…」


そう頬を膨らませる姿は、まるで子供だ。

まさか可愛いつもりなのか?

その頭の中に入ってるのはマルコメなのか?


一緒に来ていたらしい友達に呼ばれ、みゆりが席を外した後、酒に手を伸ばす。


「…はぁ、全く…」


その後も、次々と声を掛けて来る女達と、不満そうに見ている男達の視線。

まぁ…、うん。だよな、…うん。


今までは俺もあっち側だったから分かる、ムカつくよな。

狙ってる女が、他の男に興味津々ってのはさ。


(俺はまったく興味ないからな、安心したまえ男性諸君)


そんな事を考えながら、とにかく腹いっぱい食べて、高い酒をアホほど飲みまくる。


どれくらい時間が経ったのか。

ちらほらと出来上がって、寄り添いながら姿を消す男女や、明日バイトだから、と帰って行くやつ。


いつの間にか、みゆりの姿も消えている。

誘っておいて、放って帰るか?普通?


(まぁ良い。いい加減、腹も膨れたしな…、俺も帰るか)


そう思って立ち上がると、隣に座っていた千代音の荷物が置きっぱなしになっている事に気付く。

…本人はいない。


(ん?…どうしたんだ?あの地味女は…)


まさか荷物を忘れて帰ったのか?

ちらっと覗き込むと、財布が入ってる。


(帰ってないな)


そう言えばあの女、壁の花になって、一人でひたすら飲んでたな。


「……」


気になる、一応確認しておくか。

俺はトイレに向かった。


トイレまで行くと、案の定、千代音がベンチでうずくまっている。


「おーい、大丈夫か?飲みすぎか?」


「…?え、真城…君?」


振り返った顔は真っ青だ。

コイツ間違いなく飲み過ぎだな。


…時間的にも終電がギリギリだからな、飲み会もそろそろお開きだ。


「…帰れるか?誰かと一緒に来てたりしねぇのか?」


「…うぅん、一人…。でも大丈夫…」


大丈夫。とは言ってるが、目はトロンとしている。

…クソ、面倒だが、放っておく訳にもいかねーか…。


仕方なく、俺は千代音を連れて店を出た。

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