第7話 ファン
テンパイガールズを結成してから、最初こそ、それぞれのスケジュールの調整が難しかったことで一緒にイベントを行うということが難しかったが、みのりのマネージャーである、美月の努力によって、次第にみんなのスケジュールが合わせやすくなってきたのだ。
スケジュール調整がうまくいかなかったのは、それぞれのタレントのスケジュールが合わなかったことは前述のとおりだが、もっと言えば、それを取りまとめる人がいなかったというのが一番だった。
これまでは、テンパイガールズの仕事など、しょせんは、
「宣伝のための、臨時的なイベントにいくつか出れればいい」
という程度のものだった。
しかし、テンパイガールズのスポンサーは最初は二つだったのだが、そのうちに、
「地域振興に役立てる」
という意味で、スポンサーがいっぱい増えてきた。
それによって、活動も無視できなくなり、それぞれのプロダクションも、このイベントに力を入れるようになったことで、スケジュール調整をする人間を選定した。
「私がやります」
と言って、真っ先に手を挙げたのが、美月だった。
彼女が立候補してくれたおかげで、他のマネージャーたちは、ホッとしたことだろう。相変わらず、のんきなマネージャーがいる中で、美月は皆から見て、天使に見えたことだろう。
「これが一番いいことなんだろうな」
と、晴香のマネージャーもそう言ったが、それだけ、マネージャーの本来の仕事をしながらのスケジュール調整は大変なことだったのだろう。
実は、これにはわけがあった。
美月が気にしていたのは、みのりに付きまとうストーカーの存在だった。
ストーカーが現れるまでは、
「個別での活動をしてくれる方が気が楽だ」
と思っていたが、今のように、イベントやグループで活動している時の方が、ストーカーに狙われにくいし、イベントで人気が出れば、ストーカーも近づきにくくなるという思いが美月にはあったようだ。
美月もまさか、みのりが今回のストーカー事件の犯人を自分だと思っているなど、想像もしていなかっただろう。
だから、まさか美月がストーカー対策を考えて、今回のスケジュール調整を賄ってくれているとは思ってもいなかった。
しかし、いつも単独での活動だったものが、グループでの活動も増えてくると、最初は単純に、
「たまにはアクセントがあった方が、新鮮で楽しいかも知れない」
と思うようになった。
そんな状況をほとんど知らず、みのりが自分のマネージャーに不信感を持っていたことも分からなかった晴香は、イベントで会うことが増えてきたことによって、みのりのマネージャーが美月であることを知った。
だが、美月は自分のことを意識することはないと思った。なぜなら、死んだ彼の性格から、晴香への意識を美月に話すわけはない。同じAV女優だったと言っても、かたや、主役女優であり。かたや企画女優であるという意味でも、彼女が晴香を知っている可能性は皆無に近いに違いない。
その晴香にとって、美月の存在は、かつては、恋敵であったが、さすがに今はそんな意識もない。彼が死んだ理由に、美月がかかわっているという証拠はどこにもないし、もし、彼女が関係しているとすれば、彼と別れてから、そんなに時間が経つこともなく結婚ができたであろうか?
あれ以上早ければ、彼女が二股をかけていたことになるのではないかと思えるほどの短い間での結婚だったが、その結婚を疑う人は誰もいなかった。実に円満な結婚だったのだ。
そんな彼女が、今はこうやってマネージャーの仕事をしているのだ。
「何か事情があったに違いない。それだけ苦労をしたのだろう?」
とも考えられる。
しかし、その逆の考えも頭に浮かぶ。
「彼女が焦って結婚したのは、彼とのわだかまりをごまかすためではないのだろうか? 相手の女にも何か事情があっての、世間の目をくらますための、偽装結婚というではないか?」
という考えである。
だから、ある程度まで結婚生活を続けた上で、時期がくれば離婚したとも考えられる。
もちろん、後者は、少し強引な考え方ではあるが、辻褄はあっているような気がする。ただ、今の美月の仕事ぶりを見る限り、
「マネージャーの仕事は天職だ」
と言わんばかりであり、見事に自分のマネージャーとしての仕事をこなしたうえで、今回のテンパイガールズのスケジュールも、ちゃんと組み立てていた。
それに彼女はテンパイガールズのメンバーに対しても気を遣っていて、いろいろ相談にも乗っているようだ。
「長門さんのようなマネージャーがいて、みのりちゃんは幸せよね?」
と、みのりがストーカーに悩まされているのを知らない他のメンバーは皆そう思っていたようだ。
ただ、一つ気になるのは、美月が女優をやっている頃に、彼女にはいろいろと噂があったことだった。
そのほとんどが、謂われなき中傷だろうと言われてきたが、謂われなき中傷ほど言われ続けるには、それなりの理由があり、火のないところに煙が立つはずもなく、
「何かあるとすれば、彼女の性格が影響しているのではないか?」
と言われていた。
女優というのは、誹謗中傷はつきもので、言われ続けるのもステータスだともいえるが、言われている本人にとっては、これほどつらいこともない。
そんな彼女がAV女優をやめなかった理由を考えてみた。いくつか考えられるが、まず最初に考えたのは、
「彼女には支えてくれるマネージャーがいたのではないか?」
と思えることだ。
そう考えれば、今の彼女がマネージャーになった理由も納得がいき、話に辻褄も合っている。次に考えたのが、
「彼女を支えたのは、彼氏であるが、それは晴香が好きだった彼じゃない」
という考え方である。
誹謗中傷は、ある時期になると一気になくなったという。誹謗中傷を受けているのが、その支えてくれた彼氏に関係があるのだとすれば、その存在を明らかにせず、世間にひた隠しにしていたという理由も分かる気がする。その後で、晴香も好きだった彼と付き合っていた時は、別に隠すわけでもなかった。別れた時も普通にふるまっていて、しかも、結婚も、彼の死に、自分がかかわっていないということを、口には出して言わないが、結婚することでそれを言わんとしているということを思わせた。
さらに、もう一つは、
「彼女自身が、メンタル的に非常に強い人間であった」
ということである。
「女優というのは、誹謗中傷を言われることは、覚悟の上」
と割り切っていたとして、最初から分かっていたことだとすれば、覚悟を持っての女優業だったとすれば、
「美月というのは、本当のプロだった」
と言えるのではないだろうか?
後になってみれば、いくらでもその時のことを想像することもできるが、決して彼女に対しての悪評は出てこない。それを思うと、
「やはり美月という女性には、マネージャーという仕事は天職なのではないだろうか?」
と言えるだろう。
そんな美月を、みのりがストーカーのように感じていたのは、少しおかしな気がする。
「美月はよほど、みのりに嫌われていたような気がする」
と晴香は考えた。
理由はよく分からないが、女性同士、しかも、マネージャーとアイドルという関係は、不透明なところが多く、それは晴香にも分かっていることだった。
晴香は今までマネージャーで悩まされたことはなかったので、
「これ以上のいい関係というのはない」
と思っていたが、主役はともかく、縁の下の力持ちの方とすれば、厄介に感じることも多いのではないだろうか。
しかも、マネージャーが元AV女優として、絶えず表に出ていた人であればなおさらのこと、美月がどこまで真摯にマネージャーという仕事と向き合っていたのか分からないが、今はやりがいのある仕事だと思っているのではないだろうか、そうでもなければ、自分からメンバーのスケジュール調整役に名乗りを上げるというのも普通では考えられないことで、その件については、誰もが頭の下がる思いだったはずだからだ。
一つ気になるのは、
「みのりが、美月の過去を知っていたのか?」
ということだった。
美月の性格からいって、自分から話をすることはなかっただろう。今の美月を見ていると、
「石橋を叩いて渡る」
というような、慎重さが感じられた。
もっとも、そんな慎重で検挙なところがなければ、とても、マネージャーなどという仕事はできないだろう。
しかも、完全に影の仕事で、普段の仕事をやりながらも、扇のかなめのような仕事をしているのだから、慎重なところがないとできないだろう。
それほど、忙しい毎日を過ごしている美月に、みのりのストーカーができるほどの時間があるはずもない。そういう意味でストーカーというのは考えられないと、なぜみのりは、そんな簡単な理屈が分からなかったのだろう?
「ひょっとすると、そんなことも分からないくらいに、美月のことを嫌っていたのではないだろうか?」
しかし、みのりが美月をそこまで嫌う理由が分からない。
表面上は、お互いに嫌っているというような素振りは一切見せない。それをプロ意識というのか、それとも、相手に感じさせないように、細心の注意をしているのだろうか?
そこで一つ考えたのが、
「みのりに対して、誰か第三者が、みのりが信じるようなみつきの悪口を吹き込んだのではないだろうか?」
ということである。
みのりが、
「この人のいうことであれば、かなりの信頼性がある」
と感じる相手であれば、そう思っても仕方がない。
吹き込んだ人がいるとして、その人が最初から、
「吹き込む」
という意識を持ってのことであったのか、それとも、吹き込んだとしても、それは意識的にではなく、世間話の中で、呟いた美月に関してのことを、変に歪んだ考え方で、みのりは解釈してしまったのではないかと言えることであった。
「ひょっとすると、その吹き込んだ相手というのが、自分だったのかも知れない」
とまで、晴香は考えたが、そこまでその時、晴香に相手に思い込ませるだけの説得力があったとは思えないし、みのりの方も、そこまで晴香を信用していたとは思えないが、いつ何時、人の恨みを買うとも限らないと言われるように、人を無意識のうちに、洗脳してしまうということもあるのだろう。
そんな晴香であったが、今では静かに影に徹している美月が、果たしていつ表舞台にでないと我慢できないようになってくるのかということが気になっていた。
「一度、スポットライトを浴びたことのある人で、ずっと注目され続けてきた人というのは、そんなに簡単にスポットライトを浴びることをあきらめきれるものだろうか? しかも自分はその人を支える立場であり、脚光を浴びる人を見ているだけではなく、自分が携わっていることで、嫉妬の嵐が巻き起こるものではないか?」
と晴香は思った。
晴香はそれを、自信過剰のようなものとして感じ、そこには、実績というプライドが見え隠れてしているのではないかと思わせた。自信とプライドは似ているように見えるが、微妙なところで相まみえない結界のようなものが存在している気がしたのだ。
マネージャーになろうと思った美月が、なぜみのりのマネージャーになったのかというと、最初から美月は、
「マネージャーになるなら、みのりのマネージャーになりたい」
と思っていたようだ。
その理由として、美月はみのりのファンだったのだ。
あれは、まだ結婚している時、昼間コンビニでアルバイトをしていた。すでにその時は、結婚に対して疑問を感じていて、結婚した相手が自分のことを大切にしてくれる様子もなく、しかも、他に女の匂いを感じていたのだ。
その女はかなり若い女の子で、
「こんなのバレたら犯罪じゃないか?」
と思うほどの年の差だっただろう。
美月の元旦那というのは、美月との間でも、十歳くらいの年の差があった。離婚当時で確か、三十五歳くらいだっただろうか。どうやら、お金目当てだったようで、優しさへのあざとさは、かなりのものだった、
美月も、あざとい演技では有名だったので、本当はそんなにあざといわけではなかったのに、あざとい女の気持ちは分かっていた。
だから、旦那が騙されているのが分かったので、
「あんた騙されているのよ。そんなことも分からないの?」
と言って諭すと、
「何言ってるんだ。お前だって、結婚前はもっとあざとかったじゃないか。俺はそれに団されたんだ」
と、美月への批判をしてきたのを聞いて、美月は急に冷めてしまった。それを聞くと、
「もういいや」
と感じたのだが、離婚までにはなかなか踏み込めなかった。
結局は、離婚調停によって、離婚が成立したのだが、それでよかったと思っている。二人だけでダラダラしていると、離婚もうまく成立しなかっただろう。
結局離婚が成立し、それから間もなくのことだった。なんと、離婚してすぐに、旦那は浮気相手に捨てられたのだった。
こともあろうに、元旦那は、どのツラ下げて、
「俺は騙されていたんだ。やっぱりお前がいいんだ。もう一度よりを戻さないか?」
と言ってきた。
「よりを戻すも何も、離婚したという事実をあなたは理解していないの?」
と聞くと、
「ああ、だけど、またやり直せばいいじゃないか?」
と。まるで、まだ美月が彼のことを好きなのだと信じて疑わない様子に、呆れかえってしまった。
「何、いったい? しかもあなたが捨てられることなんて、簡単に分かっていたことなのに」
というと、
「だったら、そう言ってくれればいいのに」
と、これ以上ないというくらいの言葉に、開いた口がふさがらなかった。
「あんなに騙されているって言ったのに」
と言いたかったが。どうせ、この男は、
「でも、別れることになるとは言わなかったじゃないか? そう言ってくれれば、俺だって考えたのに」
とでもいうだろう。
要するに騙されているという言葉をちゃんと信じられるなら、別れることがすぐに想像もつくだろうということをこの男は分かっていないのだ。この男は、自分に都合の悪いことは聞きたくもないし、考えたくもない。つまり不倫を続けている時は。
「お前のせいでこんなになったmじゃないか。嫌なことは考えたくない。そんな時に現れた女に惹かれただけじゃないか。お前は反省の意味も込めて、大好きな男が、他の女を抱いているという事実を受け入れて、大いに反省すべきなんだ」
と言いたかったことだろう。
そんな男だから、離婚となった時もあいまいにしてしまうと、後々まずいことになると思ったことで、調停離婚にしたのではないか。そんな意味も分からずに、どうして調整にこだわったのか分かるはずもないから、この期に及んで、抜け抜けと、
「よりを戻そう」
などと言ってこれるのだ。
その根拠が、
「美月は俺のことを愛している」
という、なんの根拠もない思いだったに違いない。
「ここまでバカな男だったとは……」
と、彼に対しての呆れというよりも、そんな男を少しでも好きになった、そして、信じていた自分のバカさ加減に愛想が尽きていたと言ってもいいだろう。
元々、この男はファンだったのだ。それまで付き合った男性というと、仕事関係の人ばかりで、男優であったり、監督であったりだった。
いい加減、さすがにプライベートまで仕事関係というのはウンザリしてきそうなものだったが、美月はそのあたりには、最初から無頓着だったのだ。だから、
「何か、おかしいな」
と思っても、この気持ちがどこから来るのか分からなかった。
「どうせ、付き合う相手なんだから、仕事相手の方が都合もいいか?」
と思っていたのも事実で、だがそれは、鈍い自分が鈍いということが分からず、何か変だと思っている矛盾を自分なりに解釈した時に出てきた答えだった。
安直に出した答えだったわりに、的を得ていたことで、珍しく、自分の考えが正しいと思い込んでしまったために、
「今のうちは、仕事関係者であっても、自分を癒してくれる人であれば、それでいい」
と思うようになっていた。
しかし、さすがに何度も失敗していると気づくこともある。
仕事関係者が相手だと、相手の行動も、考え方も分かっているので、便利だと思っていたが、実際には逆だった。
相手の気持ちが分かっているから、余計に、
「自分の気持ちもまるわかりなのではないか」
と思うと、警戒し、身構えてしまう。
そのことが、自分にとって、どれほどのプレッシャーを与えるのかということを考えてみると、やはり、
「仕事関係者では、相手に気を遣いながら、自分を悟られないようにしなければいけない」
という考えに至ることが問題だと思うようになっていた。
その気持ちもあって、
「もう、仕事関係は嫌だ」
ということで、ファンの中の人を選んだのだ。
しかし、ファンというものとくっつくということがどういうことなのか、分かっていなかった。
ただ、
「仕事関係は嫌だ」
というだけの安直な気持ちだったのだ。
そもそもファンというのは、自分の推しに対して、
「自分だけのものでいてほしい」
という気持ちが強く、しかも、自分で分かっているかどうか分からないが、
「ある程度の適度の距離を保っていることが大切なのだ」
と言えるのではないだろうか。
疑似恋愛を楽しむために、お金を使い、使ったお金の分だけ自分のものだと思う感覚、それを果たして愛情と言えるのだろうか?
そんな男は、実際に自分のものになると、
「もったいんsい」
という気持ちから、神棚にでも飾っておいて、リアルに求めるものは、他のものという考えに至るのだろう。
しょせん、アイドルやタレントのファンとの間の関係というのはそういうものだ。アイドルを引退して、普通の女の子に戻り、花嫁修業の果てに、料理がうまくなったとしても、旦那は喜んでくれると思うと大間違いだったりする。
もちろん、すべてのアイドルとファンのカップルがそうだとは言わないが、こういう感覚が普通なのだと分かっていないと、痛い目に遭うのはアイドルである。
「君はそんなことしなくていいんだよ。君はいつまでも僕だけのアイドルでいてくれればいいんだ」
と言って、神棚からひな壇に置かれてしまう。
自分のアイドルはアンタッチャブルで触れることができないと思い込んでいるくせに、男としての性欲は当たり前にある。したがって、不倫や風俗に嵌る人も多いだろう。さらにそこで、コスプレの風俗などに嵌ると、アイドルヲタクに飽きがくるだろう。
そうなってしまうと、ひな壇に置いておいたものに、意識もいかなくなる。下手をすれば、ただの飾りであり、興味もまったくなくなってしまうのだ。こうなると、夫婦どころか、ストレス以外でもなんでもなくなる。男がそこまで来た時、女の限界も超えているだろう。結末は悲惨なことは分かっているが、最後は実に静かに別れることであろう。
そんな彼との別れは最初から分かっていたような気もしていた。それは、
「正夢を見た」
と思っていたからだ。
その正夢というのは何であったのだろうか?
美月が見る、正夢というものの悌吾は、
「夢の中に初めて出てきた人を目が覚めてからも覚えていると、それは正夢である」
というものであった。
この感覚は美月だけのものではなくて、晴香にも言えることであり、みのりにも分かったいることなのかも知れない。
ただ、目が覚めて覚えていることが、すべて正夢に繋がるというのは危険な感覚で、思い込みすぎると、ロクな考えが浮かばないということにもなってくる。
自分にとってのファンと結婚することに対して、反対したのは、当時のマネージャーだった。
「ファンというのは、あなたの一部分しか見ていないんですよ。だから、あくまでもアイドルであるあなたしか知らない。それ以外をあなたが演じようとすると、すべて、彼にとっては物足りないと思うことなんですよ。ファンと結婚するということは、私が思うに、かなりの危険があると思うんです。できれば思い直してもらいたい」
と言っていた。
最初こそ、
「何言っているの。彼は私のことを愛してくれていると言ってくれているわ」
と言っていた。
確かにアイドルとしても、年齢が増していたのも事実で、恋愛も失敗した。このまま卒業しか残されていない自分に、現れた相手。結婚というものへの数少ないと思われたチャンス。これを逃すわけにはいかない。
だが、美月だってバカではない、それくらいのデメリットも考えていた。その両方ともを考えてみると、先に進むしかなかった。
その時、美月は、
「つり橋の上の自分」
という発想を思い浮かべてみるべきでもあった。
もちろん、それは結果論にしかならないが、
「結果論でしかない」
と言ってしまうと、それは逃げでしかなく、話の本筋から離れていくのではないかと感じるのだった。
「つり橋の上」
というのは、風も強ければ、綱のようなもので結ばれていて、足元もグラグラしてしまっている。
真ん中に近づくにつれて、その風の影響はどんどん深まっていって、気が付けば、前に進むにも戻ろうとしても、恐ろしくて足が竦んでしまって、前に進めなくなってしまう。
「このまま、どうすればいいんだ?」
と考えてしまうと、どんどん動けなくなってしまう。
「このまま、前に進むか、それとも元に戻るか?」
この時最初に考えることとすれば、
「私は、どうしてここにいるのだろう?」
という思いである。
「前に進むのは、どこか観光地に行こうとしているからだろうか? それとも真っすぐに進むことで、どこかの出口に行こうとしているのだろうか?」
ということであった。
では、後ろに戻るということはどういうことであろうか?
「来た道を戻るのだから、少なくとも、現状維持は保たれる。先に何があるのかは別にして、ここに来なかったというだけで、元々来る前に戻ることができるのは確実だ」
と言えるだろう。
元の位置に戻るのは、プラマイゼロであるが、先に進むことで得られるプラス分を、危険を犯してでも手に入れる必要があるのか、そしてもう一つは、先に進んでしまって、何かを手に入れたとして、それを持って。また元のところに戻るには、もう一度、この橋を渡る必要があるのだとすれば、もう一度、腹を据える覚悟を持つことができるであろうか?
何と言っても、帰りは、
「この先で手に入れるものも一緒に持っている」
のである。
来た時よりもさらに戻るのに危険がある。果たしてその危険に、打ち勝つことができるであろうか?
そこまで考えておかなければいけないということなのである。
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