第5話 月下の逆プロポーズ

 「ゴーシュさん、やっぱり私と結婚してください」


 夜、上手く眠りにつくことが出来なかった私は、偶然窓から魔法使いさんの姿を見掛け、彼を追いかけて話をした。

 それは月の光に反応して美しく輝く幻想的な花ムーンドロップの花のことだったり、その花を愛したお婆さんと、お婆さんの為に花を育てていた魔法使いさんのお爺さんのお話だったり。

 その中で、まだ聞いていなかった彼の名前を教えて貰った後、私はもう説得も交渉も関係なしに、ストレートに彼にプロポーズしてしまっていた。


「え?」


 名前を聞いてきた後、そのままの流れでそんなことを言われるとは彼も思っていなかったのだろう。完全にぽかんとしている。私だって思っていなかったんだ。当然である。

 でも、私からするともうそのタイミングしかない様に思えた。まぁ、気が付いたら口から出てきてしまっていた…と言う方がしっくりくるかもしれないけれど…。


「私、ゴーシュさんとなら上手くやっていける気がするんです。だから、どうか私と結婚してくれませんか?」


 嘘や取り繕いはすぐに相手にバレてしまう気がして、私は本音だけを口にする。例えばもっと彼の同情を誘うような言い方をした方が、哀れみでも結婚を承諾してくれるかも知れない…とか、そんな悪知恵が頭に浮かばなかったわけではないのだけれど、彼に対して少しでも誠実にいたいって、何故か、思ってしまったんだ。


 私がゴーシュさんを見つめて、そう言い切ると、彼は暫く硬直してしまったように動かなくなってしまった。私は辛抱強く、彼が動き出すのを待った。そう、最初に出会った時にも結婚の話を聞いた彼は酷く戸惑って動揺していたんだから、今回だってパニックになってしまっていても不思議はない。

 ゆっくりでいい、しっかり私の話を聞いて、そして答えを考えて欲しい。


「…メーデルさん、家族の為だからって、今日会ったばかりの見ず知らずの…こんな男と結婚したいなんて、俺はそんな風な無理を、女性にさせたくないんです」


「…違います。ううん、確かにきっかけや最初の理由は家族の為…でした。でも、そうじゃないんです。家族のことや、国のことがなかったとしても、私は貴方と話をして、貴方のことを少しだけ知って…。……貴方のことを、もっともっと知りたいって思っちゃったんです」


 月明かりの照らす庭に私とゴーシュさんは二人きり。

 私と彼の声と息遣い以外には、森の木々が風に揺られて、葉っぱたちが擦れ合いざわめく音しか聞こえない。

 私だって今まで異性にプロポーズなんてしたことがない。だから、とてもドキドキしていた。少なくとも出会ったばかりなのに…と言う彼の言葉は正論だった。私だって、会ったばかりの人にプロポーズなんてされても素直に受け入れることはしなかったと思う。でも——————。


「…私のこと、好きではなくてもいいです。でも、好きになって貰えるように頑張ります。だから————————もう少し、お傍に居させて欲しいんです」


「………」


 私は悩んで、戸惑っている様子の彼の手をそっと取って両手で抱くように握りしめながら、彼の顔をもう一度見上げた。

 手に触れられた彼の身体は一瞬びくっと小さく跳ねたけれど、私はそれをぎゅっと握り締めて離さなかった。


「…メーデルさん………」

「………ダメ、ですか?」


 ああ、声が震えてしまう。

 優しい彼でも、やはりこんな風な告白を受け入れてはくれないだろうか?

 気まぐれでも、同情でも良いから…なんて藁にも縋るような気持ちで、心の中で神様に祈ってしまうけれど、彼の答えを聞くのは、やっぱり怖かった。


「……本当に、本当に良いんですか?」

「え?」


 想像していなかった彼の言葉に、私は間の抜けた声を上げてしまう。


「俺みたいな…国中の人たちから嫌われてる魔法使いに嫁いだりなんかしたら、貴女だって変な目で見られることになる。…それに、俺はこんな風な見た目で…ちっとも美形ではないし…、………性格だって陰気で……女の人を喜ばせるような話も、全然出来ないし………」


 ぽつりぽつりと零れ落ちるゴーシュさんの言葉は、とても不安げで自信の無さがにじみ出ていて…。彼は背筋を伸ばしていれば凄く背が高いはずなのに、いつの間にか背筋を曲げて小さくなってしまった彼の姿は、まるで幼い子供みたいにも見えた。


「ゴーシュさん」

「は、はい」

「……私、貴方がお爺様やお婆様のお話をしてくれた時に見せてくれた優しいお顔だとか、あの時の穏やかな声色だとか、そんな風に…凄くすごく謙虚なところとか……たくさんたくさん素敵で、好きだなぁって思えるところ、もう見つけちゃっているんです」

「え???!」

「だから、心配しないでください。私の方も、ちゃんと貴方に好きになって貰えるように、頑張りますから…。貴方がどんな風な女性が好きなのか、後で教えて下さい」

「………メーデルさん」

「貴方のお嫁さんに、して貰えませんか?」

「……~~~っっっっ…!」


 ゴーシュさんの顔は、髪に隠れていてあまりよく見えないのに、それでも見える部分が真っ赤に染まっていて、私がしっかり握っているその手も、熱っぽさを感じるくらいだった。


「………ちゃんと、俺のことが嫌になったら教えてくださいね…」

「……そんな風には、きっとなりませんよ」

「……そんなことないですよ………………」

「……そんなことないなんてことの方が、ないですよ」

「…………………」

「…………………」


 少しの沈黙。

 数秒の後、耐えかねた様子で二人とも吹き出してしまう。


「…ふっふふ……何だか、可笑しいですね?」

「…ううっ……貴女は、本当に変わった人です……」

「…そうでしょうか?……そうかも知れないですね」


 そんな風に笑い合って、ゴーシュさんは小さくコホンと咳ばらいを一つしてから真面目な口調で話しをし出した。


「…それじゃあ、…メーデルさん。…えっと…」

「……は、はい」

「……正式に、貴女を妻として…俺の館へ招待させてください。………誰かと暮らすなんて久しぶり過ぎて、変なことをしちゃうかも知れませんが、その時は………教えて下さいね?」

「………はい!!!」


 私は、本当に本当に嬉しくて。握りしめていた手をぱっと放して、そのまま彼に抱き着いてしまった。


「わ、わぁあっ!!!!?ちょ、メーデルさん!!!!!?」


 ゴーシュさんの悲鳴みたいな慌てた大声が聞こえてきたけれど、彼は突然飛び付いた私を、思わずよろけつつもしっかりと抱きとめてくれて、それがまた嬉しかった。

 私を抱きしめる彼の腕は、細身の見た目よりもずっとずっと逞しくて力強かった。

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